15.これからの僕達 -『僕は見習い戦士レベル1になった。』
「さあ、朝ごはん出来ましたよ。」
下の階から寮母のジョーヌの声が聞こえた。
僕はベッドからのそのそと這い上がり、寮に帰ってきたことを実感した。
「ツカサ。おはよー。」
「おはよー。」
吹き抜けの反対側の部屋からスズネが顔を出した。
トントンと軽快な足取りで吹き抜け脇の階段を降りていく。
「ジョーヌさん。おはようございます。」
「おはようツカサ。疲れた顔してるわね。」
浅いカップに注がれたスープをテーブルに並べながら、狐の顔をした寮母のジョーヌが心配そうに声をかけてきた。黄昏色の輝く毛先が朝の光に柔らかく照らされて、普段より淡く色づいている。
「う…。」
僕は寝ぼけた目をこすりながら黙ってうなずいて答えた。
柔らかな毛並みをした狐の獣人はテキパキと朝食を並べ、テーブルにはスープと軽く火を通したバゲット、チーズと焼いたベーコンが並べられた。
「いただきまーす。」
「いただきます。」
僕とスズネが手を合わせるのを真似て、ジョーヌさんもポフッと音を立てて手を合わせた。
「あー。やっぱりジョーヌさんの料理がいいなあー。」
「なにを久しぶりの故郷に帰ってきたみたいなこと言ってるんだよ。」
「たった2日出て行っただけじゃないの。」
「それがすっごく長く感じる2日だったのよー。」
3人は和気あいあいと食卓を囲んだ。昨日の夜は寮に帰るなりすぐに寝てしまい、こうやってまた寮で食事をするのは久しぶりだった。
「ごちそうさまでしたっ。」
「ごちそうさまでした。」
スズネが手を合わせるのにつられて僕も毎回やってしまう。ジョーヌさんもそのたびにポフッと音を立てて合掌をする。
「今日の夜、ビスコタが来るから寄り道しないで帰ってきてね。」
ジョーヌさんが食器を片付けながら言った。
「分かったけど、何の用?」
「一昨日の試験でクラスが交付されるから、その説明ね。」
「クラスって?」
「仕事をする…資格って言えばいいかな?」
「ふーん。」
そのあたりについてもビスコタさんから説明が来るだろうと思い、僕は何も言わなかった。
「あと、そうだった。この寮もそろそろ一般生徒を入れることになるわよ。」
「私達の他に、新しい人が入ってくるってこと?」
不意に話題を出したジョーヌさんに、スズネが食いついた。
「そういうことになるわね。」
「異漂者ってわけじゃないよね。」
「そうね。ここはもともと特待生寮として使っててね。成績優秀でも通学が困難な人が学校に通うための施設なのよ。」
「エリート寮だったんだ。」
「まあ、そういうこと。」
ジョーヌさんは片付けの手を止めてスズネと話を続けた。
「ね、ね、来るのってどんな人?」
「えっとね。私が聞いてるのは、あなた達と同じでまだ新人の子。それがたった一人で、危険種に指定された魔物を倒すくらいのすごい実力者らしいわ。」
「へー、って危険種って何?」
スズネが、以前僕が言ったことと同じ疑問を口にした。
「危険種っていうのは、えっと、町に入ってきてすごく危険で、それも新人の子じゃ相手にできないような…。」
言葉を探しているジョーヌさんを助けるように、僕は隣から話に割って入った。
「人間の縄張りに入ってくる危ない魔物のこと。この前のナイトウォーカーみたいなやつ。」
「ふーん。」
もちろんジェットの受け売りをそのまま言っただけだ。
「へー、それを一人で…。」
「らしいな。」
「って…すごいじゃん。」
「だから成績優秀者として、ここに住むって話なんだろ。」
「あー、なんか緊張するかも。」
「どんなやつだろうな。」
スズネが言葉と裏腹にワクワクした顔をしていた。新しい人が来ると聞くと、どうしても不安とワクワクは同時に来る。
「女の子らしいわ。経済的な理由で特待生として寮から通うことを希望して、昨日の夕方頃に入寮依頼が来たの。」
「へー、なんか気になるー。歳は?」
「多分、スズネより少し下かしら。」
「背は高い?特待生ってくらいだし頭いいのかな?」
「私もまだ会ってないし、詳しいことは知らないわよ。早ければ今日の夜に着くらしいわ。」
スズネは目をキラキラさせていた。心の底からワクワクしているような顔だ。
この寮に新しい住人が来るとなると、僕はどちらかと言えば不安のほうが強かった。
もともと人付き合いが得意なほうでは無かったからかもしれない。
「ほら。あんまりおしゃべりしてないで、学校は?」
ジョーヌがこの話はこれでおしまいと言うように、テーブルの片付けに戻った。
今日も朝から夕方まで剣の練習をみっちりと入れた。
実戦で経験したことをクラーロに話すと、盾を使った訓練も入るようになった。
しかし今日はジェットの姿が無く、一日僕一人で授業を受けた。
そういえば、昨日から一度も彼の姿を見かけていなかった。
「ただいま~。」
今朝の言いつけ通り、僕は足早に寮へ戻った。
「おかえりなさい。」
「ああ、お帰り。」
「やあ。ツカサ。」
3人の返事が帰ってきた。ジョーヌさんとビスコタ、それと何故かジェット。
「ジェット!?」
「ああ。これから世話になる。」
椅子に座ったジェットがこちらに向き直った。薄青緑色のフワフワした髪が気後れせずにたなびいている。
「今日の昼に入寮依頼を貰って、手続きをしているところだ。」
机の上に書類を広げたビスコタが、手元を動かしながら事務的に答えた。ピンと尖ったエルフの耳に銀縁の眼鏡のツルが光った。
「えっと、それでジェットが…?」
「急な連絡で申し訳ない。本日からこの寮の世話になる、ジェット・グリーンだ。よろしく頼む。」
「あ、ああ。」
ジェットが周りにいる人を見回して言った。
「賑やかになるわねえ。」
ジョーヌさんがにっこりとほほ笑みながら返した。
「女の子が来るって聞いてたけど。」
「こちらとは別件だ。今朝急に連絡が入って、手続きをしているところだ。入寮にあたって、成績も人柄も申し分ない。」
ビスコタはカリカリとペンを走らせながら、器用に返答した。
「それで今日学校に来なかったのか。」
「ああ、なにぶん整理することが多くてな。」
「なんでまた、急に?」
「今までは、領事を担う別邸に身を寄せていたのだ。貴族の身分だからな、家のものには良くしていただいた。」
「うん?」
「しかしながら、今の私はピパーミントの領名を持ってはいない。つまり貴族ではなくなったわけだ。」
「あ、ああー。」
僕がジェットの持つ貴族の証が、今ノチェロの手に渡っていることを思い出した。
「もちろん。家のものは変わらず良くしてくれているが、私としてはあまり甘えるわけにもいかないからな。」
「なんか複雑だな。」
「独り立ちするいい機会だ。」
ジェットは相変わらず自信満々に、耳をピンと立てて答えた。
「それで住む場所を探して、この寮に依頼を出したと言うわけだ。」
「ちょうど一般生徒の入寮を、許可するタイミングだったからな。空き部屋も十分にある。」
ビスコタは言い終わると同時にペンを置き、広げていた書類を持ち上げてジェットに差し出した。
「入寮を許可する。監督官のビスコタだ。」
「ジェット・グリーンです。宜しくお願いします。 元は貴族ピパーミント家、第27席の領名を配されていましたが、故あって貴族の名を捨てています。学校では貴族の名を使わずに身を立てるつもりでいます。」
「見上げたものだ。領名を捨ててなお、貴族たりえる振る舞いではないか。」
「貴族の名にしがみつくことが、貴族の本質ではございません。ピパ-ミントの名を一度でも冠した者ならば、皆そう答えるでしょう。」
「学は冠へ宿るにあらずだな。」
ビスコタから手渡された書類を、ジェットはクルクルと丸めてリボンで縛った。堂々としてちょっぴり偉そうな振る舞いは、貴族でなくなってもジェットのままだった。
「ういっす。ただいま~。」
スズネが寮の扉を開いた。
「あら、おかえりなさい。」
「おーう。」
「お帰り。」
「やあ。スズネよ。」
テーブルに向かった4人がそれぞれに言葉を返した。
「ジェット!?」
ジェットは先ほどと同じ説明を、スズネにもう一度繰り返した。
「スズネも揃ったことだ。クラスを交付する。」
「そのー。クラスって何ですか?」
ビスコタの言葉に、スズネが先に質問した。
「国の定める機関が交付する実力を定める証書だ。持っているクラスによって受けられる仕事が変わるし、個人の実力を測る目安にもなる。」
「うん。」
「学校を去った後は、カンパニーに属することもあるだろう。その際にも持っているクラスで実力を選別されることもある。」
「資格試験みたいなものですか?」
「ふむ。クラスは試験の他に、仕事の実績によって交付される。まあ、今回のように学校の定める試験で入手することが一般的だな。」
スズネの質問に、ビスコタは手短に答えた。
「まず、マツノ・ツカサ。」
「は、はい。」
ビスコタに呼ばれて少し裏返った声で返事をしてしまった。
「認定試験を合格を以てツカサに、見習い戦士レベル1の称号を与える。」
「ああ、はい。」
「これがあれば、見習い戦士レベル1までの仕事なら受けることが出来る。」
ビスコタは小さな手帳を手渡した。表紙には学校でもたまに見かける紋章が大きく刻印されていた。
「身分証明にもなる。くれぐれも無くすなよ。」
「りょ、了解です。」
ビスコタの睨むような視線に、僕はおっかなびっくり受け取った。
「見習い戦士レベル1か…。」
渡された手帳をまじまじと見つめながら、ファンタジーじみた世界を再度実感した。
「誰でも駈け出しはそうだ。」
隣に座ったジェットが僕に声をかけた。
「なんかRPGみたいだな。」
「RPG?」
「なんでもない。」
「異世界にも似たような試験制度があったようだな。」
「ま、まあ。ちょっと違うけど…」
ジェットと小声でやり取りをしながら、向こうの世界での国家資格みたいなものかと少し納得した。
つまりは英検3級をとったとか、司法試験に受かったとか、そういう感覚で見習い戦士レベル1とかが扱われているらしい。
「ジェット・グリーン」
ビスコタの声に呼ばれ、ジェットは背筋と一緒に頭から伸びた猫のような耳をピンと伸ばした。
「認定試験を合格を以てジェットに、見習い戦士レベル2の称号を与える。」
「拝命いたしました。」
ジェットは恭しく手帳を受け取った。
「ひとつ上なのか。」
「そうだな。戦闘は初めてだったが、私は戦士職以外のクラスを持っている。そのあたりが評価されたのだろう。」
「クラスって戦うだけかと思った。」
「仕事により様々だ。見習い魔法士を目指すなら、筆記試験を課せられる場合もある。」
「そういや、クラスのレベルって最大いくつ?」
「知られている範囲でレベル7だな。それ以上の称号を与えられる偉人はまだ存在しない。」
僕の質問に、ジェットは当たり前のことを説明するように淡々と言った。
「ミマサカ・スズネ」
「はい。」
呼ばれることを先の2人で知っていたスズネは、元気よく答えた。
「認定試験を合格を以てスズネに、弓射術戦士レベル1の称号を与える。」
「はい。」
スズネはビスコタから手帳を受け取った。
「スズネだけ、なんか違くない?」
隣に座ったジェットに僕は小声で聞いた。
「弓術には訓練が必要だからな。」
「見習い戦士より強そうじゃん。」
「私達とは少々区分が異なる。加えてスズネは、少し特殊なケースになる。」
「区分って?」
「一般的にクラスは見習い戦士をレベル3まで得て、それぞれ専門職を選ぶ形になる。」
「専門職ってのは?」
「色々あるが、一般的なのは4種類だな、重量盾戦士、遊撃盾戦士、遊撃突戦士、重量突戦士。それぞれ戦闘での役割で分けられている。」
「武器で分けるとかじゃないんだ。」
「武器で?なぜそう思う。」
「いや、別に…。RPGとかだと、斧使いとか、双剣使いとか…」
「ふむ。先のRPGと呼ばれる区分ではそうだったのかも知れぬが、こちらの世界では仕事の立ち位置で分ける。例えば遊撃突戦士が短刀を使おうが槍を使おうが、それは重要では無い。」
「RPGってそういう意味じゃないんだけどな…。」
ジェットはクラスについて簡単に説明してくれた。
およそ戦いのポジションごとにクラスは分けられていて、スズネの場合は弓だから僕達と違って直接専門職のクラスになったらしいことまで理解できた。
「それと、見習い魔法士から目指す場合は、専門の魔法によって区分が分けられる。」
「炎魔法使いとか?」
「まさにそれだ。火術魔法士、氷術魔法士、光術魔法士、魔法の学術分類の数だけある。」
「ふーん。」
ジェットが事も無げに言った。
この世界にある当たり前の職業を説明しただけなのだろうが、僕は聞きながらゲームのキャラメイクみたいだと思ってしまった。
「やはり魔法のクラスに興味があるか?」
クラスの交付が終わって一息ついたビスコタが、僕たちの会話に入ってきた。
魔法の話になったからか、メガネの縁がキラリと光ったような気がした。
「いえ、ジェットにクラスについて話を聞いていたところです。」
何も否定することは無かったが、慌てて答えてしまった。
「そうか。魔法は奥が深いぞ。それに純粋な魔法を基礎から学べば、受けられる仕事の幅も広い。」
「仕事の幅…ですか。」
「何も魔物と戦うだけが仕事ではない。例えば村の街灯整備の仕事を受けるなら、光術魔法士のクラスが必要だ。他にも火術魔法士のレベルが高ければ、町で暮らすには何かと役に立つ。」
「なるほど。」
僕は返事をしながら、そんな選び方もあるのかと関心した。
「自分の仕事を一つ決めて一直線にレベルを上げるのも良いが、この先のことを考えて別のクラスを得るのも大事な選択だ。そういった幅を持たせる意味でも、魔法を学ぶのは良い経験になるだろう。」
「仕事の幅…。ですか。」
「もちろん、魔物討伐の仕事に魔法を使いたいならそれも良い。」
確かにそういう意味では、魔法は学んでおくと便利かもしれない。
前にキミアの言っていた、就職に有利だから魔法を学んだということも頷ける話だった。
「それに魔物の討伐の仕事は、何も戦うクラスだけではないぞ。」
ビスコタは顔を上げて、皆に説明するように言った。その口調はいつの間にか、学校で授業をするかのようなしゃべり方になっていた。
「加工職人を目指すならクラフターのクラスを得ることになるが、討伐遠征の仕事には重要視されることだってある。」
「どういうことですか?」
急に始まったビスコタの授業に、スズネが相槌を打って聞き返した。
「魔物討伐の仕事でも、遠くに遠征するなら鎧の手入れが必要だ。そういう事態を見越して、遠征部隊の仕事は防装具技師を募集することがよくあるのだ。もちろん遠征は危険な道中になる。戦うクラスと一緒にクラフターのレベルがある者は重宝されると言うわけだ。」
「へー、遠征かー。面白そうかも。」
「遠征が無ければ、町で体を休めながらクラフターの仕事を受けるというのもいいだろう。どんな仕事をしたいかも重要だが、どんな生き方をしたいかも考えると良い。」
「なるほど…。」
ビスコタの話を受けて、スズネはふむと悩むように押し黙った。
僕も話を聞きながら、自分の身の振りを少し考えた。
魔物討伐の仕事は悪くない気がするが、それだけを一直線でやるってよりは、もう少し他の仕事も考えたほうが良いのかもしれないな。
コンコン
話の節目を見計らったかのように、玄関のドアがノックされた。
「はいはーい。」
ジョーヌが返事をして扉を開くと、少年のような姿が扉から顔を覗かせた。
栗毛色の髪からはぺたんとした犬のような耳が伸びており、その顔はつい最近見たことのある顔だった。
「お、おじゃましますであります。」
大きなリュックを担いだ小柄な女性は、軽く礼をして寮の吹き抜けに入った。
「キミア!?」
僕とスズネは同時に声を上げた。隣でジェットも驚いたように目を丸くしていた。
「あ、あれ?ツカサさんに、スズネさん、ジェットさんも…?」
キミアは丸い目をパチクリさせながら僕達を見回した。
「知り合いだったのか?顔が広いのだな。」
ビスコタがメガネを上げて、僕の方を見ながら言った。
「ちょうど良かった。新しく寮に入ることになるキミアだ。」
「よ、よろしくであります。」
「よろしく。監督官のビスコタだ。」
「キミア・クムカットであります。」
ビスコタが席を立って、キミアに向き合った。キミアは緊張した様子でビスコタと挨拶を交わした。
「あれ、今日の夜来るって言ってた女の子って…?」
スズネは驚きを隠せない口調で言った。
「キミアは昨日の昼頃に依頼が届いてな。村落に出没した危険種の魔物、ナイトウォーカーを単独で討伐し、その功績を讃えて王都商会から推薦が来たのだ。」
ビスコタはキミアを紹介するように向き直って話をした。キミアは背中に担いだ大きなリュックを下ろし、僕達の方を向いた。
「キ、キミア…?」
「そういうことになった、みたいであります。」
僕が不思議そうに言うと、キミアは縮こまって答えた。
「一昨日、ツカサ達が村で立ち往生する原因になった魔物だ。討伐場所も近い、それで知り合いだったのか。」
ビスコタは銀色の髪を揺らして、ちょうど合点がいったように言った。
実際には報告書に王都商会の改ざんが含まれていて、本当にナイトウォーカーを倒したのはキミアの単独行動でなく、ここにいる4人で力を合わせた結果であることは知られていないようだった。
僕がキミアの目をじっと見つめると、キミアはごめんなさいと言うような顔で黙って首を振った。
「本人の希望もあって、独学だった魔法を学校で一から学び直すつもりらしい。実に殊勝で謙虚な心構えだ。」
ビスコタは秀才を褒めるように言った。
3人の視線を感じたキミアは、これ以上小さくなれないくらい縮こまった肩をしていた。
「私は魔法、特に火術を中心に教鞭をとっている。教師としてもキミアのような優秀な魔法士を歓迎しよう。」
「え、えぇ。」
キミアの目はグルグルと落ち着きなく泳ぎ、なんとも自信のない返事を喉から絞り出すのが精一杯の様子であった。
「それから、商会からの推薦を踏まえて新たにクラスを交付する。」
「いや、いいであります。受け取れないでありますよ。」
「何を言う。謙虚も美徳だが、賞賛は受け取らねばなるまい。」
「本当に、受け取れないであります…。」
僕達3人の遠い視線を背中で感じて、キミアの顔は真っ赤になっていた。
「キミア・クムカット。」
「…。」
「単独行動での危険種討伐の功績、ならびに王都商会からの推薦を以て王都商会所属魔法士キミアに、火術魔法士レベル4の称号を与える。」
「…ぇぇぇぇ。」
キミアは小声で驚愕の声を漏らして、ビスコタから手帳を受け取った。
「レベル4…。」
「魔法士として一人前と言っていいランクだ。」
僕の言葉にジェットが短く答えた。
見習い戦士レベル1とくらべて、随分と差がついてしまっていることに少し釈然としない気持ちが湧いた。
「水を開けられているように感じるかも知れぬが、独学の魔法を学校で学び直すつもりだと聞いている。君たちと同じ授業を受けることもあるかもしれないが、邪険にしないでほしい。」
「よ、よろしくお願い…であります…。」
ビスコタの説明に、キミアは震えるように頭を下げた。
そういう設定になっているのかと、僕はノチェロの筋書きを頭の中で理解した。
今日は食卓にビスコタが加わり、6人の賑やかな夕食になった。
大きな吹き抜けに談笑の声が響き、新しい2人の入居者を歓迎した。
食事を済ませテーブルをあらかた片付けると、僕は暖炉に向かっていつものソファに座った。
「試験合格、おめでとう。どんな仕事を選ぶにしても、体験することは大きな一歩だ。」
ビスコタは恭しく口を開きながら僕の隣に座った。片手にはロックグラスと琥珀色に輝く液体が注がれていた。
「どうも、ありがとうございます。」
僕は振り返って答えた。
「お前も飲むか?」
ビスコタは琥珀色のボトルを僕に薦めてきた。
「お酒はあまり」
「飲めない歳じゃないだろ?」
「強い酒は苦手で…。」
「琥珀酒は好まんか。まあいいさ。」
ビスコタはグラスを傾け、艷やかな薄い褐色の唇を滑らかな琥珀色で湿らせた。
「ちょっと失礼。」
スズネが6人分のグラスとボトルを持って暖炉の前にやって来た。
「引っ越し祝いとか諸々入れて、ちょっと飲みましょうか。」
ジョーヌがボトルに入った果実酒をグラスに入れて薦めた。
見た目は白ワインのようなお酒が僕の前に注がれた。
「お、お酒かぁ」
「いいじゃん。お祝いなんだし、飲もうよ。」
苦手な酒に加えて見慣れないボトルに尻込みする僕を尻目に、スズネはグラスを片手に楽しそうにしている。
「ちょっと詰めてよ。私も座りたい。」
「え、ああ。」
ソファの反対側にはビスコタが肘掛けに寄りかかりながら足を崩して座っていた。その反対側にスズネが体を入れてきた。3人くらいは十分座れる大きさのソファだが、スズネとビスコタに挟まれて座ると少し収まりの悪さを感じてしまった。
「ありがと、グラスを1つ頂戴しよう。」
「ありがとうであります。」
ジェットとキミアも暖炉の前に顔を出した。椅子が足りなかったので、吹き抜けの椅子をいくつか持ってきたようだった。
「それでは、そうだな。ジョーヌに。」
ビスコタがグラスを手に持ってジョーヌの方を向いた。
「私?そうねぇ。」
黄昏色の毛並みが暖炉のオレンジ色で鮮やかに照らされた狐の獣人は、すこし考えこんだ顔をした。
隣でジェットとキミアがグラスを持って待っている。どうやら乾杯の空気らしいことは、なんとなく分かった。
「皆さん、これから仲良くしましょう。」
そう言うとジョーヌは軽く咳払いをして顔を上げた。
「若者たちの前途に…。」
ジョーヌがグラスを軽く持ち上げると、他のみんなも同じようにグラスを持ち上げた。
さっきのが乾杯だったらしく、みんな思い思いにグラスに口をつけた。
「この世界の酒はどうだ?」
「おいしいです。」
隣に座るビスコタが声をかけてきた。僕は正直な感想を返す。
「それは、なによりだ。」
飲み口はほんのり甘く、ワインのような風味だが後味が無く、すっきりとした味わいに驚いた。ブドウともリンゴとも違う独特な甘い匂いだけが余韻に残った。
暖炉の火を見つめてグラスを傾けて、ぽつりぽつりと会話が広まった。
「大ネズミとの戦い、ツカサはまさに猛る剣が轟音を纏う勇猛果敢なる様。初めての実戦とは思えぬ、堂々とした剣さばきだった。」
ジェットは大ネズミとの戦いを、劇場の語り口のように大袈裟な手振りで話している。
「変な誇張するなよ。」
「いや実に堂々とした戦いぶりに、最後に放つ剣の一閃は息を呑む鋭さだった。」
ジェットは止める様子なく続けた。ビスコタとジョーヌは面白おかしいみやげ話に興味深そうに食いついていた。
「ツカサさん、ジェットさんは酔っ払ってるんでありますか?」
「そんなに飲んでないと思うけどな。」
キミアが小声で聞いてきたので、僕は率直に返した。
「じゃあ、いつもこの調子…?」
「うん、だいたいこんなもん。」
「えー…。」
ぺたんとした耳のついた顔は、この先不安そうな表情を少しよぎらせた。
「機の悪いことに、戦いに赴いた場所には2匹目の大ネズミ。初戦の私達は息も絶え絶えに撤退を余儀なくされた。しかしながらツカサの機転が冴え、1匹を戦わずして追い出す作戦に打って出た。」
「縄張り同士で相打ちさせたわけだな。」
「さすが聡明なるお方だ。ビスコタさんがまさに言った同じことを計画し、かくして1匹残ったのは争いに勝る巨大な大ネズミ。全くもって手に余る大物であった。」
「初仕事でずいぶん苦労したようだな。」
「討伐の証として爪を拝借してきた。ツカサが持っているはずだ。」
言うと、周りの目が僕のほうを向いた。
「たしか鞄に入れっぱなしになってる。」
僕は席を立って、普段使っている肩掛けの鞄を手にとった。
中を探るとナイフくらいの大きさの爪を手に取った。表面は赤黒く、ギラリと鋭い爪先には暗い禍々しさがあった。
「あー、これはあっちのほうか。」
掌に握った爪をまじまじと見つめた。じっと見つめると吸い込まれそうな黒色が、死にそうになった夜を思い出させた。
「どうかしたかしら?」
ジョーヌさんが心配して、後ろから声をかけた。
「なんでもないよ。これです。」
僕はとっさに赤黒く光るナイトウォーカーの爪を鞄の中に隠して、もう一つの大ネズミのほうの爪をジョーヌさんに手渡した。
「あら、確かに大きいわね。これだけの大きさは見たことないかも。」
ジョーヌさんは爪を手に取って感想を言った。
「たしかに、新人がぶつかるには大きい個体だ。」
ビスコタもメガネをかけ直して爪を眺めながら言った。
「スズネの弓が木々の間を針のようにすり抜けて膝を穿ち、私の翻す剣閃が牙を削り、ツカサの迷いなき一閃がとどめを刺した。」
「ジェットは頭から泥沼に突っ込んだ。」
ジェットが話を続けると、スズネが面白がって茶々を入れた。
隣でブッとキミアが吹き出していた。
「お、思い出したら…笑いが…ハハハッ」
「アレはサイコーだったよねー。」
キミアは堪えられないように笑い出した。スズネもつられて笑い始めている。
「大ネズミが倒れるときに、大ネズミの肩に乗ってたジェットがぬかるみに頭から刺さったんですよ。」
「そしたらちょうど半分だけ泥だらけになって…ククク…。」
状況が飲み込めないビスコタさんとジョーヌさんに、僕とスズネで説明したがスズネは笑いを堪えられていなかった。
「その格好のまま村に来るから、役場で思わず笑っちゃったであります。」
「それは滑稽だな。見てみたかったものだよ。」
暖炉に向かってひとしきり笑い声が響いた。ジェットはまたかと言うように口を閉ざした。
それから村に戻って大きな温泉の話や、食べた夕食の話もした。翌日は村中が休日のようになっていたこと。
話してはいけないことについては、4人で顔を見合わせて黙った。
学校で学ぶこと話、魔法の話、これからの進路の話、寮でのルールの話。
話の話題は尽きなかった。
他愛無い話をしながら僕はふいに隣のスズネを見ると、目が合ったスズネはニッコリと微笑み返した。
暖炉の炎でオレンジ色に照らされたスズネの笑顔が、一昨日前の夕日に照らされたスズネの顔と重なった。
同時に夕日に照らされながら言ったスズネの言葉が、僕の脳裏によぎった。
―…『だから私、今度はこの世界を好きになることからはじめようと思う。』
風の通り抜ける小高い丘で、夕日に照らされながらスズネはそう言っていた。
暖炉を囲んで他愛ない談笑とちょっぴりのアルコールに酔いながら、僕はみんなと夜更かしをした。
今度はこの場所が、僕の帰る場所になったんだ。
そう思ってもいいかもしれない。
僕は暖炉の温かいぬくもりと、柔らかなまどろみに包まれた。
僕はこの世界のことが、結構好きだ。
読了感謝。
話の区切りもついたことで、一旦完結です。
続きについてはぼんやり考えてますが、今後の様子を見て。
読んでくださった方々に只々感謝。
ありがとうございました。




