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夢から覚めて……

更新が遅くなり大変申し訳ありませんでした。

柚乃と葵の過去回想は一旦前回のもので終わりです。

現実に戻ります。

「ワフ……」


「しー……。葵が起きちゃうから静かにね」


 暗闇を淡く照らし出すオレンジの光を受けながら、身を起こした私にすり寄って来た桃鷹の口元に指先で添える。体調を崩した葵の看病をしていたら、いつの間にか眠っていたようで……。

懐かしい夢を見た私は、呼吸の落ち着いた葵の頬を撫でた。

葵と家族になってから十年と少し……、時が経つのは、本当に早い。


「葵……」


「ん……、柚姉?」


 体温の差を感じて起こしてしまったのか、私の少し冷たくなっている指先の感触を受けて葵が薄らと目を覚ました。横の布団に寝ている私にぼんやりと視線を向けながら、ゆっくりとその目を瞬く。


「俺……、いつ、布団に入ったんだ?」


「体調を崩した事、忘れちゃ駄目でしょう? 青來さんに診察をして貰ったから、もう大丈夫……。薬も呑んだし、明日、というか、もう今日ね。今日一日ゆっくり休んだら元気になれるわ」


「あ~……、そういや……、なんか、青來アイツの声が聞こえた気も……。悪い。迷惑かけたたな」


 何を言っているのだか……。大切な義弟の面倒を見るのは、義姉として当然の事じゃない。

 微笑ましさを感じさせる苦笑を零した私は、布団から立ち上がりお水を取りに行った。

 魔術と呼ばれる神秘の力が存在するこの世界では、便利な物がとても多い。

 ちゃぶ台の上に設置してあるポットに似た物体に手を翳すと、グラスの中に冷たい水が注がれてきた。どの時間に使っても、必ず冷たいお水が出てくる。その横にあるポットは反対に熱いお湯が出る仕様になっている。


「はい、どうぞ」


「ん……」


「どう? 少しは気分、良くなった?」


 一気に冷たい水を喉の奥に煽った葵が、ふぅ……と、ひと心地着いた。

 この異世界、フェルクローリアでの生活経験がある葵は、私達家族と再びこの世界に戻って来てから、ずっと頑張り通し……。勇者であるレイジェスティさんの手伝いをしたり、国内の色々な事に駆り出されているらしいのだけど……、それも全部、私達家族の為なんだと思う。

 勇者様御一行のメンバーとして世界を救った葵だけど、与えられるままにこの国の恩恵を甘受し続けられるほど、恩知らずな子ではないから。

 自分達家族がお世話になっているお返しとして、出来る事は何でもしたい。

 そう、大国の王様を相手にしても動じる事のない葵は、自分から王国に貢献する為の旨を申し出たのだ。私も王宮内で女官さん達のお手伝いをさせて貰ったりと、自分に出来る恩返しはやっているつもりなのだけど……、葵に比べれば、全然。

 それに、私は星麗石職人フィヴェル・ディーナとしての勉強に入ってしまったから、ますます葵一人が頑張る形になってしまって……。


「ごめんね、葵……」


「ん? 何がだよ」


「こっちに来てから、葵にばっかり負担をかけてるなって……、そう思ったの」


「……柚姉は、こっちに来た事、後悔してるのか?」


 葵の身体の事を心配して謝っているのに、何故か返ってきたのは私に対する問いだった。

 この世界に来る前、悪質なセクハラを続けていた上司に逆らった為に、大型書店をクビになってしまった私は、後悔こそないものの、これから先の自分の歩む道について悩む事になったのだ。

 元々、本の類が好きで正社員として入った書店は、同僚達との仲も良く、数年の間は問題もなく幸せな日々を過ごせていた。……けれど、心優しかった店長さんが寿退社で辞めてしまい、後任でやってきた新店長が真逆の最悪最低の男性だった為に、私の日常は儚く砕け散った。

 新しい仕事を探す元気もなく、暫く自分の人生を考え直してみるかと、仕事のない日々を過ごしてから暫くが経った頃だ。――葵から引っ越しの話が持ち上がったのは。


「後悔なんてしてないわよ。そりゃあ、最初は引っ越しとか言って、異世界に連れて来られた事には心底驚いたけれど、……ここは、私に合ってると思うのよね」


「本当か……?」


「ええ。幼い頃から好きだった、童話や別の世界のお話の世界が、目の前にあるのよ。仕事は失ってしまったけれど、普通に生きていたら、こんな経験出来なかったもの」


「そっか……。柚姉がそう思ってくれるなら……、うん、俺もこっちに戻って良かった」


 正直、まだ永住するかどうかは未定だけど、とりあえず二年間。

 私達は異世界の地で新しい時を刻む事になっている。

 居心地が良ければ、そのまま永住でもいいかな~と思っているのだけど、それにはまず、身を立てる職を手に入れなくてはならない。

 まぁ、幸いな事に、元いた世界のように面倒な手続きとか縛りが軽減されているので、居着いちゃいそうな予感はしている……、の、だけど。


「葵、私の方は毎日が楽しいし、何も不満はないのよ? だけどね……」


「じゃあ、何も問題はないな。ふあぁぁ……、明日も早いから、俺もう一回寝るわ」


「えっ、ちょっ、そうじゃないでしょう!! 頑張ってくれるのは有難いけれど、もう少し仕事量をセーブしてちょうだい!!」


 布団に潜り込もうとする葵の腕にしがみつき、そう叫ぶと、奥の部屋から襖が開く音がした。

 お祖母ちゃんが安心して眠れないだろうと、そう文句を言いたげな桃虎と桃鷹の二頭だ。

 前足で私と葵の腕にのしかかり、小さく唸る。


「ご、ごめんね、桃虎、桃鷹」


「ガウッ……」


「はぁ、柚姉が大声を出すからだぞ」


「バウッ……」


「は? 俺も悪いって言うのか?」


 ぐりぐりと濡れた鼻先をお互いに二頭の犬達から頬に押し付けられ、とにかくさっさと寝ろとばかりに布団に押し倒されていく。

 私達の家に来た時は、小っちゃくて可愛い子犬ちゃんだったのに……、気が付けば私達の保護者のように行動する性格になっていた。


「ワンッ、ワンッ!!」


「ワフッ!!」


 基本的に、桃虎と桃鷹はお祖母ちゃんの為に動くのよね。

 だから、夜中に騒ごうとした私と葵を「めっ!」と叱りに来たわけだ。

 でも、これは変よね。私を葵と同じ布団の中に押し込むのは、どう見ても変。

 そりゃあ昔は一緒のお布団で眠る事もあったけれど……、なんというか。


「ん……、葵、ごめんね」


「いや……、この状況じゃ……仕方、ないから、な」


 どっしりと布団の上に乗って居座ってしまった二頭のせいで、私達は向き合う形でひとつの布団の中で眠る事になってしまった。う~ん……、今の葵は、元いた世界の時の実年齢よりも、少しだけ、大人の姿へと成長してしまっているから、こう密着した状態になってしまうと……、ちょっと、落ち着かない、のよね。

 葵からの説明では、この異世界フェルクローリアと、私達の暮らしていた世界は時の流れに差があり、それらが複雑に干渉しあったその結果……。


「お姉ちゃんより大人になるのは、どうかと思うのよね……」


「は? 何がだよ」


「ふぅ……。可愛い弟が、とんでもない美形男性になってしまったお姉ちゃんの寂しさなんて、一生わからないわよ……」


 元から葵は顔が良くて学生時代から女の子にモテモテの優良物件だったけど、完全な大人の男性へと変化してしまったせいで、さらに好奇の視線を浴びるようになってしまった。

 勇者様御一行のメンバーであり、その上美形な義弟と一緒に行動すると、色々苦労も多い。

 だけど、そんな事は些細な事で……。私が一番やるせないのは……、幼さの残っていた義弟が、一瞬にして大人の階段を登ってしまった事だったりする。


「もう少し……、ゆっくり大人になってもいいのに」


「いや、それは俺に言われても、なぁ……。柚姉、この姿の俺は嫌なのか?」


「嫌……じゃ、ない、けど。何て言うのかなぁ……。今は少しだけ慣れたけど、最初は知らない男の人みたいに思えて、変にドキドキしちゃったりもしたのよ」


「……マジ?」


「うん……」


「そっか……、ドキドキ……、したのか」


 真っ暗闇の中、葵が僅かに身動ぐ気配がしたかと思うと、その手が私の背中へと添えられた。

 嬉しそうに笑う小さな音と、葵が私を見つめているような感覚……。

 急にどうしたんだろう……。二頭の重みを感じながら、無言になった空間に居心地の悪さを感じてしまう。


「なぁ……」


「ん?」


「柚姉は……、その、か、彼氏、とか、興味あるのか?」


 彼氏……? 急に飛び出てきた単語に、私は首を傾げてしまった。

 まぁ、年齢的にも彼氏という恋愛的な対象がいてもおかしくはないのだけど……、告白される事はあっても、恋人を作った事は……ない。どうしてもそういう気になれなかったというか、気が付けば彼氏なし、経験なしの二十二の歳を数えてしまっていた。

 自分的には、別に焦る気持ちもなかったし、今も急いで相手を作ろうという気はない。

 あれ、でも、そういえば……。


「葵って、彼女作らないの?」


「は……?」


「考えれば、葵も十九歳なわけだし、私が知らないだけで、実は秘密の彼女さんがいるとか、もしくは好きな人がいるとか、お姉ちゃんは予想しているわけなのだけど」


 でも、異世界にまで引っ越したという事は、向こうの世界に特定の女性、または、意中の相手がいなかったという事になるのかしら?

 自分の予想を葵にポンポンと投げていると、何故か一気に身体と心が氷山の只中に立たされたような気配が布団の中に生じてしまった。……あれ。


「柚姉のアホ……」


「お姉ちゃんをアホという子は、もう義弟じゃありませんからね!」


「はぁ……。アホじゃなかったら何だって言うんだよ」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんです。それよりも、明日からはもう少し加減してお仕事をしてちょうだいね。でないと、私とお祖母ちゃんが心配しちゃうから」


 葵がまた熱を出して倒れたりしないように、二度、三度と注意事項を口にして言い含めると、葵は観念してくれたようで、「わかった……」と、小さく了承してくれた。

 

「さてと、じゃあもう寝ましょうか」


「この状態で……か?」


「ん? あぁ、確かにこの年齢で一緒に義姉弟が寝るのは一般的に考えると変よね。だけど……」


「ワン!」


「ワフッ!」


 二頭の番犬達が上に乗っている以上、身動きはとれないのだもの。

 久しぶりの義姉弟水入らずの時間だと思って、ここはひとつ、ぐっすり夢の中に行くしかないだろう。そう言って笑うと、葵の方は考えが違うようで、何か小さくブツブツと呟いている。


「どうしたの、葵」


「柚姉……、なんか……、胃が痛くなってきた」


「え!? ちょっ、お、お医者様呼んで来た方がいい?」


 やっぱりまだ身体がきついのだろう。密着した状態で感じる義弟の体温は先ほどよりも熱い。

 葵の異変に気付いたらしい桃虎と桃鷹が、布団の上で少し動揺したのがわかる。

 けれど、葵は大丈夫だからと溜息と吐いて、薬の代わりを求めるように、私の左手をその熱に包み込んだ。


「ちっちゃいな……、柚姉の手」


「アオイサン、コレデモオネエチャンハオトナデスヨ?」


「年齢だけ重ねた、中身お子様のお姉ちゃん、だろ?」


 たった三歳、されど三歳の差……。昔は『ゆずおねえちゃん』と、可愛らしく泣いて私の後をついて来ていたくせに、いつの間にか義弟は、姉の面倒を見るしっかり者のポジションを得たとばかりに軽口を叩くようになってしまった。誰よりも早く大人に、義姉である私の先を駆け抜けて行くかのように、葵はいつも先に行ってしまうのだ。

 大切な義弟で、幸せになってほしいと思うのに、葵がどこか遠くに行ってしまうかもしれないと思うと……。こういう感情を何ていうのかな……、あぁ、そうだ。


「何だか私、葵のお母さんになった気持ちがするわ」


「何言ってんだか。……ってか、三歳差の母さんは募集してないぞ……」


 布団の中の空気が一気に残念な気配へと変化した後、私達は布団の上で前足をべしべしと叩く二頭からの催促によって、しぶしぶ黙って寝る事にしたのだった。

 大丈夫よ、葵。いつか可愛いお嫁さんが来たら、私は義姉として立派に貴方達の門出を祝すからね。

 それが声に出ていたのだろう。何だか葵に睨まれているような視線を感じた私は、繋いだ左手をぎりぎりと痛みを付加させるような握られ方をしている事に気付いた。

 もしかしなくても……、私、なんか葵の地雷でも、踏んだ?

普通の姉弟が大人になってから添い寝……というのは、

どう考えてもよろしくない、と思うのですが、

二次元仕様ですので、その辺はスルーでお願いいたします(笑)

布団の上に桃虎と桃鷹が睨みをきかせてどっしり乗っかってますので;


そして、葵には不憫スキルがデフォルトでついてます(え)

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