3蛇と呪いと契約と
「さてさて、どうしたもんかね」
「いやいや、あんたがどうしたもんかでしょ。人の部屋に突然現れないでよね」
風呂をすませ部屋に戻って明かりをつけると、ナギの上に不生がいた。今回は呼んだ覚えがない。
「私呼んでないんですけど」
「まぁまぁ。女の子の部屋に勝手に入ったのは悪いと思ってるよ」
あっさり。絶対に悪いと思っていない。
「それにしても、君は無理がすぎるね」
由起葉はどきっとした。沙英のことを言っているのだろう。
「正義の味方にするために君と契約したわけじゃないんだが」
「わかってるわ。でも、見えたから助けたわけじゃない」
「確かに、君の性格からしたらそうだろうね。けど、見えなければそもそも彼女に関心を持ったかどうか」
それを言われると言葉に詰まる。
「この子がいなかったら、今頃君は大変なことになっていただろうね」
「ナギには助けられたわ・・・」
「ナギという名にしたのか。なかなかいい名前だ」
不生はナギの頭をなでた。
「ねぇ、フキ。私、見て見ぬふりなんてできないよ。全然知らない人だって、見ちゃったらやっぱり気になると思う」
「人選ミスかな・・・。もう少し無関心な子と契約すればよかった」
「なによ。私から眼をもらえてよかったとか言ってたくせに」
「君の光自体はかなり好きだよ。ワタシとしては君のような子と契約できてうれしい。だからこそ心配してるんだ。そうじゃなきゃ、わざわざ呼ばれてもいないのに出てきたりしないよ。普段なら呼ばれても出ていかないこともあるのに・・・」
「呼ばれたら来るのがマナーとか言ってなかったっけ?」
「そうだな。呼ばれたら行くのがマナーだ。ワタシもそう思う」
何が言いたいのかわからなくなってきた。
「とにかくだ。君はもう少し自分を大事にしなければいけないよ。君にできるのは見るということだけだ。その結果首を突っ込むことになっても、今回のようにうまくいくとは限らない。気付いたときには君だけじゃなく、大事な彼も巻き込まれているかもしれない」
「タカヤのことは私も考えてないわけじゃないの・・・」
自分のことをいつも心配してくれる多加弥。もし自分の傍にいることで多加弥に呪いの影響があったりしたら。そのとき由起葉には守る術がないことくらいわかっている。
「タカヤは関係ないんだもんね・・・」
「君は大事なことを忘れているようだ」
「大事なこと?」
「彼が君のことを気にしているのは、恋人だからという理由だけではないはずだよ。関係ないなんて、まさか、関係大有りだよ。だって彼には君の魂が宿っているんだから」
「あっ・・・」
「君に危険が及べば、少なからず彼にも伝わる。そして、君が死ねば当然彼も死ぬ。君たちはもう、二人で一つなんだよ」
「そういう・・・ことなのね・・・」
初めて知ったことではない。だが、そんな風に言われることは衝撃だった。多加弥とのつながりは、もう今までとは違うのだ。
少しくらい危ない目に合ったとしても・・・。それは多加弥を危ない目に合わせたとしても、に変わるのだ。自分が危険に飛び込むのは、多加弥を危険に飛び込ませるのと同じ。今まで突っ走ってきた由起葉には重い足枷だった。
「彼は君にだけはとにかく真っ直ぐだ。魂を分け合う前からそれは変わらない。君のすることに彼は寄り添うだけ」
「そう・・・。タカヤは私を、きっと止めない」
「苦しめるつもりで言ってるんじゃないんだ」
「わかってる。・・・わかってる・・・」
二人分の命を背負っているという自覚。責任の重さを考えると頭痛がした。
「もうあまり無茶をしないでくれることを祈るよ。じゃあ、失礼するとしよう」
不生は立ち上がった。
「フキ」
「なんだい?」
消えようとする不生を由起葉は呼び止めた。
「私は・・・私はたぶんどうしようもない子なの・・・」
「・・・・」
不生は由起葉の頭に手を伸ばすと、ぽんぽんと優しく手を置いた。
「そうかもしれないな。まぁ、君に呼ばれたら出てくるのは、守るべきマナーとしておくよ」
不生は優しく笑うと姿を消した。