・蛇と呪いと契約と(2)
「ユキハ?」
のぞきこんでくる多加弥に気付いてはっとなる。
「どうしたの?サエちゃんのことが解決して喜んでると思ったら、最近また考え事してるみたいだし」
「ごめん」
「謝ることはないんだけどさ。俺じゃ力にはなれないことなの?」
もうすぐ多加弥の家だ。一緒に帰るときはいつも、多加弥が由起葉の家まで送ってくれるのだが、今日は由起葉からの申し出で多加弥の家まで向かっていた。
「うまく言えなくてごめんね。でもタカヤにはもう充分力になってもらってるんだ。だからこれ以上いろいろしようとか思わなくていいから」
優しさは時に人を傷付ける。多加弥の優しさは由起葉を苦しめ、由起葉の優しさは多加弥を突き放してしまう。
恋人同士のすれ違いとは質が違うが、このままでは心が離れてしまいそうだ。傍にいたいのに、相手を思うがゆえに近付けなくなってしまう。
「ユキハ、俺・・・・うわっ」
角を曲がったときだった。由起葉に気をとられていた多加弥は、何かにぶつかってよろけた。側ではどさっという音がして、由起葉の前に女の子が倒れこんできた。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「はい。すいません、ちゃんと見てなくて・・・って、タカヤお兄ちゃん?」
「梢ちゃん?」
どうやら二人は知り合いらしい。
「結構勢いよく当たったけど、本当に大丈夫?」
由起葉は手を差し伸べた。大丈夫ですと言いながら梢も手を伸ばす。その瞬間、カーディガンの袖から出た白い腕に、由起葉は見てはいけないモノを見て思わず引き寄せた。
「どうしたのっ、それ」
「えっ?えっ?」
由起葉は右手首の辺りをじっと見つめている。
「あ、これはちょっと前にできた痣で、今ぶつかったせいじゃないですよ」
「そういうことじゃな・・・」
そこではっとした。一度目を閉じてから、もう一度改めて見てみる。梢の言うとおり、それはただの痣だった。
「あぁ、そうなんだ・・・」
由起葉は手を放した。
「ところで二人はどういう関係なの?」
「梢ちゃんとは近所なんだ。梢ちゃんは一人っ子だから、昔はよく俺の姉さんと三人で遊んでたんだよ」
「だからタカヤのことお兄ちゃんって呼んでるんだ。梢ちゃんは今いくつ?」
「十二歳です。来年中学生になります」
「一緒に遊んでた頃からみると、ずいぶん大きくなったよね」
「日々成長してますから」
にこっと笑う顔はやはりまだあどけなく、ピンク色の頬がなんとも可愛らしい。全体的に色素が薄いのか、肌の色は白く、瞳の色も髪の色も黒というよりは茶色に近かった。
「タカヤお兄ちゃんの彼女さん、だよね?」
「うん。俺の大事な人」
小学生を前にして何を言っているのか。由起葉は急に恥ずかしくなった。
「岬由起葉です。改めてよろしくね」
「ユキハさん」
梢は確認するように復唱した。そしていきなり由起葉の手を取ると、ずいっと寄ってきた。びっくりした由起葉は思わず体を引いてしまう。梢はそんなことにはお構い無しだった。
「あなたがいてくれなかったら、きっとタカヤお兄ちゃんはあの頃のままだったと思います。タカヤお兄ちゃんを変えてくれて、本当にありがとうございます」
「梢ちゃん・・・」
「詳しい話を聞いたわけじゃないんですけど、タカヤお兄ちゃんが変わったのは彼女さんができてからだって知って。その人がどんな人なのかわからなかったけど、きっとステキな人だろうなって思ってたんです」
「私はタカヤに何かしたってわけじゃないよ。ただきっかけを与えただけなの」
「なんでもいいんです。私はタカヤお兄ちゃんに昔みたいに優しくなってほしかったから・・・。タカヤお兄ちゃんが恐くなって、周りの人にももう遊んじゃダメって言われて、昔みたいに仲良くできなくなってすごく悲しかったんです。でも今のタカヤお兄ちゃんならまた前みたいに一緒にいられます。お父さんもお母さんもダメって言わないし、また家に来てもらってもいいって言ってます」
「本当?」
「はい。本当はもっと前から言われてたけど、なかなか会えなかったし、わざわざ会いにいくのもなんか恥ずかしくて」
「そうなんだ。うれしいよ。また遊びに行かせて」
「はいっ。あ、ぜひユキハさんも一緒に来てください」
「ありがと。機会があれば、ぜひ」
失礼します、と頭を下げて梢は走っていった。後ろ姿がとてもうれしそうだった。
「あんないい子まで悲しませてたとは・・・」
「あのときの俺は何も見えてなかったんだよ」
由起葉は改めて多加弥を見つめる。由起葉が初めて出会ったときのギラギラとした、行き場のない怒りを押し込めたようなオーラは今はない。本当に変わったなと思う。
でも、あのときの多加弥も今の多加弥も、どちらも本物だと由起葉は思う。怒れる心を、ただ鎮め《しずめ》ておく術を得ただけだ。多加弥の心は優しすぎるがゆえに荒れ狂い、強すぎるがゆえに暴れだす。心自体がなくなったわけではない。だから多加弥は今までの全てを内に秘めて立っているのだ。
「今は見えてるんでしょ?だったら無くしちゃダメだよ、いろんなもの」
「うん。たぶん、大丈夫」
「なんでたぶんなのよ。そこは自信を持って言い切ってよね」
「わかってるよ。だから・・・・」
多加弥は真っ直ぐに由起葉を見つめた。
「だから不安にさせないで」
由起葉はどくんっと心臓が鳴るのを感じた。
いったい何度ため息をついただろう。ナギが心配するように顔を寄せてきた。
「ナギ・・・。どうしたらいいんだろ、私・・・」
今日のことが気になってなかなか眠れない。
「見えちゃったんだよ、また」
由起葉はナギに抱きついて顔を埋めた。今度こそ関わらないでおこうと思ったのに、よりによって多加弥とつながりのある人物に呪いの気配を感じてしまうなんて。
梢の白い腕にできた痣。あれはただの痣ではない。由起葉には見えたのだ。そこに蛇の跡があるのを。
「放っておいたらどうなっちゃうんだろう。蛇なんて、きっと危ないタイプの呪いだよね。フキならわかるんだろうけど・・・」
呼ぶわけにはいかない。呼べばきっと関わるなと言われる。
わかってはいるのだ。見て見ぬふりなんてできないことも、関われば今度こそ多加弥を巻き込むことも。
そして、多加弥も何かに気付きはじめている。由起葉を見る目に不安の色が濃く浮かぶようになった。このまま何も知らせずに押し通すことは難しいのではないだろうか。
「どうしたらいいのかわかんないよぉ」
由起葉は苦しみで胸がつぶれそうだった。泣くつもりなんてなかったのに、涙がにじんでくる。
そのまま眠ったようだが覚えていない。目覚めたときにはちゃんとベッドの中にいて、傍には変わらずナギがいた。




