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94話 月夜の決心


「今夜の月は綺麗ですね」

「そうだな」


 異様な盛り上がりを見せていた宴会からようやく抜け出した私たちは、縁側に腰を下ろして夜空を見上げた。


 今夜は朧月。

 霞んだ光が、日本庭園をやわらかく照らしている。

 池の水面に映る月がゆらゆらと揺れ、淡く煌めいていた。

 宴会は賑わっているのに、ここだけが別の世界みたいに静かだ。


「私、撫子さんの力になろうと思います」


 相談ではなく、考え抜いた末の決意。

 私はエルヴィスさんの目をまっすぐ見て告げた。

 私は必要とされている。

 だから怖くても、期待に出来る限り応えたい。


「分かった。さっき言った通り、何があっても俺が護る」


 その言葉と同時に、強く抱き寄せられる。

 胸に顔が触れる。

 彼の体温が、ゆっくり伝わってきた。


「はい。私はあなたの心の支えになります」

「……護られているのは、俺の方かもしれない」


 耳元で低く囁かれる。

 思わず顔を上げようとした瞬間、

 彼の腕が少しだけ強くなった。


「……デュークの気配を感じるだけで、恐怖に飲み込まれそうになる」


 声は低く、静かだった。


「だが穂香が傍にいてくれるだけで、踏み止まって立ち向かえる」


 弱音だった。

 でもそれを、ちゃんと私に吐き出してくれる。


――つまり私は、彼にとって心を許せる存在になれた。


 胸の奥が、じんわり熱くなる。


「焦らずゆっくり克服していきましょう。私、ちゃんとエルヴィスさんに合った方法を調べます」


 勢いで言ってしまったけれど、

 恐怖やトラウマを取り除くなんて簡単なことじゃない。

 慎重にやらないと悪化させてしまうかもしれない。

 せっかく彼自身でここまで回復ができているのに、私が壊したらどうしよう。


「助かる」


 断れない状況を作ってしまう。


「もちろんです。その代わり、夜は私に時間を下さいね? 本の虫になるのはなしです」


 すると彼は、ほんの少し困った顔をした。


「……努力する」


 視線を泳がせる。


 ……え?

 私、本(知識)に負けてる?


「もう。だったら知りません」


 そう思ったら、頬を膨らませて睨む。

 すると彼は少し考えてから言った。


「なら呼びに来てくれ」


 ……自分で直す気はないらしい。


「分かりました。呼びに行って無視したら許しませんからね?」

「怒った穂香も可愛いな?」


一瞬、思考が止まる。


 そんな返しを、どこで覚えたんですか?

 ケインさん?

 テキサス様?


 彼らしくない甘い言葉に、頭の中がパニックを起こす。


「話をそらさないで下さい。私は怒ってるんですよ」


 それでもなんとか平静を装う。


 ここで飲み込まれたら彼の思う壺。

 これから彼に指導権……もう握られてるからいいのか。


「どんな穂香でもたまらなく愛しい。……でもすまない」


 彼の声が少し真剣になる。


「俺たちの未来を勝ち取るためには、知識が早急に必要なんだ」


 ずるい。

 そんなことを言われたら、なにも言えなくなる。


「……エルヴィスさんを困らせたくないです」


 やっぱり彼は護りし戦士だ。


 メシアを護る使命がなくなったとしても、世界を護る使命はまだ残っている。

 それが私との未来のためでもあるなら、これ以上言うのはただのわがままだ。

 私もこれからは、メシアと護りし戦士の仲間として、世界平和を第一優先に考えないといけない。


 ……でも。

 正直に言えば。

 私の一番は、世界じゃない。

 エルヴィスさんだ。

 本当は、世界なんてどうでもいいと思ってしまう。

 でも世界がなくなったら、

 当然彼もいなくなる。

 それもいやだ。

 だとしたらやっぱり世界が優先?


「ありがとう。だがもし穂香か世界かと問われたら、俺は穂香を選ぶ。これだけは絶対だ」


 真っ直ぐな瞳で誓われる。

 私と同じ気持ち。

 嬉しいけれど、素直に喜べない。


「いいんですか? 護りし戦士なのに」

「いい。本心だ」


彼の手が、そっと私の手を握る。


 温かい。


「俺が世界を護る理由は、いつの間にか穂香がいるからに変わっていた」


 静かな声で続けた。


「穂香がいない世界など、なんの意味もない」


 胸がぎゅっと締め付けられる。


「そうですね」


 私は小さく笑う。


「私も同じです。エルヴィスさんのいない世界なんて、もういらないです」


 彼も笑い、私たちは静かに唇を重ねた。


 だから私は、

 ――この人と一緒に戦う。



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