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85話 捕虜の覚悟



「エルヴィスさん、怖かった……」


 私は彼の胸元に顔を埋めた。震えが止まらない。


「すまない。俺の判断ミスだった」


 低い声が、すぐ頭上から落ちてくる。

 情けない私を、幻滅することもなく、むしろ責任を背負うように強く抱きしめてくれる。


 どうしてあなたはそんなに優しいの。

 私は戦場で何もできなかった。ただ泣いていただけなのに。

 そんな顔、しないで。


「先輩、すみません。護れないどころか、あっさりやられてしまって……イテテテ」

「……そんなに強かったのか?」


 エルヴィスさんは私から視線を外し、現状確認を優先する。

 その声音は冷静だ。

 私はお礼を言おうと顔を上げ――テキサス様を見た瞬間、血の気が引いた。

 腕から血を流し、足を引きずっている。

 明らかに重傷だった。

 それを見たエルヴィスさんも、目を見開き息を呑む。


「本当にすみません……」


 それしか言えない。

 重荷どころか、迷惑ばかりかけている。


「このくらいどうってことないですよ。少し休憩はしたいとこですけどね?」


 苦笑しながら軽く言うけれど、とてもそうは見えない。

 私を気遣ってくれているのか、それともこれが戦場の常識なのか。


「ケタ違いの強さですね。そっちは?」

「たいしたことはなかった。男の方は取り逃したが、女の方は捕らえた」


 その言葉で、さっきの男の台詞が蘇る。


――弱いから見捨てた。


 胸が締めつけられた。


 もし私だったら、とっくに捨てられている。

 エルヴィスさんが優しい人でよかった。


 そう思う一方で、せめて心だけは強くならなければ、いつか愛想を尽かされる。


「煮るなり焼くなり好きにしなさいよ。負けたんだから……覚悟ぐらいは……できてるわよ」


 振り向くと、威勢のいいルシアの声。

 後半は涙で震えている。それでも叫んでいる。

 少女なのに、自分の立場を理解している。

 死を覚悟しているんだ。


「殺さねぇから安心しろ。いろいろ聞くだけだ」


 しゃがみ込み、穏やかに言うクロさんに、ルシアは激しく反発した。


「は、話さないわよ! だったら自害してやるんだから!」


 自害。

 そんな言葉を、こんな年の子が。

 そう教えられたの?

 これが戦場……。

 もしエルヴィスさんが敵に捕まったら、迷わず同じ選択をするのだろうか。


「ルシアさん、命を粗末にしてはいけません。そんな父親は、あなたから捨てるべきだ」


 リチャードくんが口を挟む。


「家族に甘やかされてぬくぬく育ったあんたに、あたしの気持ちなんて分かんないわよ!」

「ルシアさんだって、私の気持ちは分からないでしょう? 実力以上に過大評価されるのは、プレッシャーなんです。みんなが思っているほど、私は優等生ではありません」


 二人の言葉が激しくぶつかり合う。


 初めて聞く、リチャードくんの本音。

 でもそれは、本当に実力があるからこその評価だ。

 分かっていないのは、本人だけ。


「……あいつは、そう思っていたのか」


 リチャードくんを高く買っているエルヴィスさんは、放心したように呟き、寂しげな表情を浮かべた。


 違うって、言ってあげたい。

 でもそれが彼の重荷なら、今は踏み込めない。


――私がしっかりすれば、エルヴィスさんの悩みは減るはず。

 うん。しっかりしよう。


「エルヴィスさん、私はもう大丈夫です」


 不思議と恐怖は消えていた。

 背筋を伸ばす。

 けれど二人の言い合いはさらに加速し、今にも掴み合いになりそうな空気になる。


「おい、落ち着け。殴り合いはやめろ」

「リチャードくんも。理由がどうあれ、女性に手を上げるのはよくありませんよ」


 クロさんはルシアを、テキサス様はリチャードくんを止め二人を引き離す

 ルシアは怒ったままもがき、

 リチャードくんはハッと我に返り、固まった。


「おい、こら」

「なによ。こういう時まで女扱いしないで」


 その反応が、ルシアの怒りを更に逆なでしたようで、クロさんの腕を振りほどき、涙を浮かべたまま叫ぶ。


 そして――


 パチン。


 乾いた音が、その場を空気を凍らせた。


「……リチャードなんか大嫌い」


 叩かれた頬を押さえたまま、リチャードくんは立ち尽くす。

 私はただ、その光景を見つめるしかなかった。


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