53話 魔王の息子
「姐さん、ありがとう。オレを頼ってくれて」
「え、あ、うん」
広間にいたアーロンを捕まえ、筋トレを教えてほしいと頼むと、なぜかお礼を言われ、めちゃくちゃ喜ばれた。
なぜ?
それ、こっちの台詞では?
「まずは姐さんの限界を知りたいから、トレーニングルームに行こうぜ?」
「そんなのあるんだね?」
「もちろん。護りし戦士は体力作りが基本だから、最新設備がそろってる」
確かに。
そう納得しながら、私たちはそのままトレーニングルームへ向かう。
トレーニングルームには、先客がいた。
人の姿をしているけれど、人間とは異なる人種。
一言で言うならば、狼男。
身長はエルヴィスさんよりも更に高く、体格も良い。
ザ・俺様の風貌で、私のタイプどストレート。
ドキドキして見惚れてしまうけれど、それは推しを見つけた感覚。
決して恋愛感情なんかじゃない。
「魔族のクロだ。あいつも護りし戦士……姐さん?」
「クロさん、初めまして。穂香です。これからよろしくお願いします」
アーロンに教えられると、ドリンクを飲んでいるクロさんへ突撃。
驚いて手を止め、私を見つめられる。それでも構わず、愛想よく名を名乗り、手を差し出す。
「ほぉ~、君が噂の穂香ね? ずいぶん積極的な女だ」
私を知るなりニヤリと笑われ、意味深なことを言われながら手を握られる。
「噂って?」
「このアーロンを舎弟にし、エルヴィスの旦那の女なんだろう? どんな女か気になってたんだ」
嫌な予感をしつつ聞いたら、案の定で笑顔が引きつる。
アーロンは、勝手に舎弟になっただけ。
エルヴィスさんは……まぁ、うん。女だね。そこは素直に嬉しい。
でも、それで期待値を上げられても困るんですが……。
私自身、いまだにどうしてエルヴィスさんに愛されたのか分からない。
「姐さんはエルヴィスのために、自分の世界を捨てて戻ってきたんだぜ?」
「え、ちょっと」
アーロンが偉そうに口を挟むけれど、それは余計でしかない。
するとクロさんは、ピューっと口笛を吹いた。
「異世界の女は面白いんだな?」
またもや意味深発言。
「え、それって?」
「メシアも、ってことだよ」
「は? 撫子のどこがだよ? あいつはいつも一生懸命で、誰にでも優しい奴だろう?」
ムッとしたアーロンが即座に反論する。
撫子さん“だけ”?
私は面白い女確定?
「そうだな。だが、あいつは無理にか弱い女性を演じてる気がする」
「何を根拠に?」
「経験上戦闘スタイルで、おおよそのことはわかる。あいつは武道派だ。メシアにしておくのは、もったいない」
『…………』
自信満々に言い切るクロさん。
まさかの内容に、私はきょとんとする。
アーロンに至っては、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
あの可愛らしい見た目の撫子さんが、よりにもよって武道派?
確かに学園長も「何かを隠している」と言っていたけれど、いくらなんでもそれはないでしょう?
「まぁ、この世界があいつをメシアに選んだ以上、役割を全うするのが筋ではあるがな」
そう言って勝手に話をまとめ、ドリンクを飲み干す。
クロさんの思い違いかもしれない。
けれど、調べてみる価値はありそうだ。
でももし本当に撫子さんが武道派だとしても、
クロさんの言う通り、どうにもできない。
メシアは唯一無二の存在なのだから。
「ところで穂香さんは、どうしてここに来た? ここはおまえが来るような場所じゃないんだが」
話題は変わり、ジロジロ見られた末の厳しいお言葉。
またか。
「筋トレをしようと思って。エルヴィスさんに鍛えてもらえるまでの身体を、作っておきたいんです」
「旦那に? 死ぬぞ?」
眉を細め、容赦ない台詞。
死ぬ?
「旦那の修練は、鍛えられた兵士でさえ過酷だと言われてる。あんたみたいな素人が、到底耐えられない」
厳しい現実を突きつけられても、私は首を横に振る。
「それでも、私はせめて自分の身は自分で護れるぐらいには、強くならないといけないんです」
「だったら、オレとアーロンで、あんたを鍛えるのはどうだ? な、アーロン」
「え、あ、何の話だ?」
思わぬ提案だった。
アーロンはここでようやく我に返り、現状を読めず戸惑った声を出す。
――そうか。
エルヴィスさんに鍛えてもらわなくても、いいんだった。




