54話 努力は報われない
「そろそろ昼飯にするか」
「だな。姐さん、大丈夫か?」
「もうダメ……」
人生初の筋トレを、みっちり三時間。
ようやく昼休憩がもらえた途端、その場に這いつくばった。全身が悲鳴を上げていて、動かさなくても痛い。それなのに、お腹だけはしっかり空いている。
二人の教え方は丁寧で分かりやすい。けれど、とにかく厳しかった。
少しでも姿勢が違うと、すぐに叱られ、容赦なく指導が入る。……当たり前か。
何度も諦めそうになったけれど、ここで投げ出したらすべてが終わってしまう。そう言い聞かせて、歯を食いしばって頑張った。
最初はダメダメでも、とにかく続けていれば、きっと成果はついてくる。そう信じている。
「やる気と根性は認めてやるが……どうやらお前には素質がないらしい。この調子だと、形になるまで半年以上はかかるな」
クロさんに突きつけられた現実が、重すぎて。
うっとなり、目の前が真っ白になる。
素質がないのは、分かっている。
それでも頑張れば、なんとかなると思っていた。でも――現実は、そう甘くなはない。
「姐さん、昼メシ食ったら支援魔術を教えてやるよ。自分の身を守るなら、それが一番だろう?」
見かねたのかアーロンが気を遣ってくれ、フォローを入れてくれる。
嬉しい反面、自分の不甲斐なさを改めて突きつけられた気がして、少し苦しい。。
もし支援魔術の才能までないと言われたら。
私はただの足手まといで、役立たず。
でも――魔力はそれなりに高いし、ラッキーガールαで聖職者にスカウトされたこともある。
だから……大丈夫、だよね?
「了解。じゃあ昼メシに行くか」
「ううん……もう少し、休ませて」
まだ動くのがつらくてそう言った瞬間、身体がふっと宙に浮いた。
「だったら、こうして担いで行ってやるよ」
クロさんの茶目っ気のある声が近くで聞こえる。
天地が逆になり、視界がぶらぶら揺れ出す。
「え、あ、ちょっと! 下ろしてください!」
このまま食堂に行くなんて、恥ずかしすぎる。
誰かに見られたら、死にた……。
「――!?」
運悪く、正面からエルヴィスさんがやって来た。
私を見ても、何の反応もなく、まっすぐこちらへ向かってくる。その少し後ろに、撫子さんの姿もある。
最悪。
「よう、旦那。あんたも食堂に行くのか?」
私を担いだまま、クロさんが気さくに声をかける。
「撫子がどうしてもと言うから、仕方がなく」
私とは一切、視線も合わせず。淡々と答えるその声音に、胸が少し痛む。
彼の昼食は、自家製プロテインのようなものだけだと聞かされた。
それでも一応、お弁当は作ってみたけれど……無駄になりそうだね。
「相変わらずだな。メシア、オレたちも一緒に食っていいか?」
「もちろんです。……それより、どうしてクロさんは穂香さんを担いでいるんですか?」
案の定、スルーはされなかった。
ほんの少し、冷ややかな視線を感じる。
「鍛えたいって言うから見てやってたら、体力使いすぎてこうなった。飯食えば復活するだろ」
雑すぎる説明。
私という存在が、またしても妙な方向へ誤解されていく。
後ろで、アーロンが笑いをこらえているのが分かった。
クロさんとは、まだ会ったばかりなのに。
洞察力が鋭いからなのか、もう私のことを全部把握し、その上で弄んでくる始末。
「そうなんですね。でしたら、早く食堂へ向かいましょう」
そして、あっさり鵜呑みにされ、爽やかなスマイルが返ってきてしまった。
この子には、疑うという言葉は存在しないのだろうか?
こんなに純真無垢なのに、本当に武道派を隠しているとしたら……相当な強者だ。
「だな。ってかおい旦那、どこ行くんだ?」
「撫子。食事はクロたちと取れ。俺はトレーニングルームにいる。終わったら呼びに来い」
どこかに行こうとする彼をクロさんが呼び止めるけれど、なぜか返答を撫子さんに言い 残し、さっさと私たちから離れていく。
その様子を三人は“やっぱりか”と言わんばかりの表情になり、食堂へと再び向かう。
――私がいるから、避けている。……じゃないよね?
だんだん小さくなる彼の後ろ姿を見つめながら、不安に思う私がいた。
そう言えば私、仮面の彼に――名前を呼ばれたことないや。




