第99話 閑話 森が終わる国。
「……森が、終わる」
キュロスはそれを――本当だと、理解していた。
あの地下での出来事。
あれは、幻とも思えなかった。
エリナ王女が呼び出した存在。
アレは何だったのかわからない。
森にかつていた守り人たちが護っていたものとは、つまりアレだったのか。それとも儀式や――それに生贄がいるという秘密こそを護っていたのだろうか。おそらくは、それだろう。
だがしかし、アレが恐れた存在があの場所にはあった。
それが自分たちの命を救ってくれた。
正しくは、一緒にいた白銀冒険者の命を救うのが本来で。自分たちはついでか流れで助けてもらえただけだろう。
ドラゴン。
伝説や伝承とはあまりあてにならないものだとも。
翼や牙、長い尾も、無かった。
けれども本人(?)がドラゴンと言ったのだし、自分たちが身動き取れなかった場所で、あれだけがまったく影響受けずにいたのだから――つまりは偽りなく上位存在だったのだろう。
キュロスは薄っすらとそれが自分の身を助けたのだと――そう、薄っすらと感じていた。
あの時、共にいた騎士たちを止めて良かったのだ。
ドラゴンに逆らわなくて。
――それがドラゴンの慈悲を少しだけだが招いた。
けれども状況は以前変わりなく。
キュロスは城に戻り、すべて報告した。
報告、したのだ。
「夢でもみたのではないか?」
王は、姪が儀式をしている最中に消えたことに――悩みの種が消えたと喜んで。
エリナが儀式をしなければ森の継続がないのだと言っていたと説明しても。城の窓からも見える森は緑豊かなままだから。
いつ消えるかわからないから、準備しなければならないのだと――この、森の恵みに頼った政策を。
兄の死により王座に座った現王は、過去の王たちが取らなかった政策で国を豊かにした。
森に手を出した。
木々を切り。実りをもぎ取る。皆の飢えを満たすためではなく、他国に売りに出すために。今までの王たちが決して許さなかったことを。
現王は長子優先で何もかも引き継がれることに長年不満を持ち、兄王が亡くなったことにより一時手に入れられたことを。
親や兄にどれだけ語っても聞き入れてもらえなかった政策を。国を豊かにする方法を。
それをやっと現実にしているに過ぎない。
キュロスも、森に行くまではそれを支持していた。
そのために――婚約者を、エリナ王女を裏切った。
彼女の従姉妹姫――現王の娘を選んで。
彼女が一時、叔父が養父となったことにより義理とはいえ妹となった従姉妹を虐げてなどいなかったのは、よく知っている。
むしろ従姉妹姫の方がエリナの装飾品やドレス――その王女の部屋すら奪ったことを。
知って、理解していたのに。
キュロスはエリナではなく、新しい政策を取る彼ら側の方についた。
まさか森が。あんなふうに存在していただなんて思いもしていなかったから。
始祖の身体なのだ。
そして長く「贄」によりこの国は。
自分たちはそれにより生き永らえてきた。
王家が長子相続なのは、これらの秘密や秘儀を受け継ぐためだろう。
こんなにも生臭い国であるだなんて、明らかにできるはずがない。
そしてこんなことを弟妹に背負わせたくない気持ちがあったのだろう。
キュロスでもそれを察することができた。
同行した騎士隊の何人かも、きっと気がついただろう。
彼らも仲間や同僚に「森が終わってしまう」と訴えたそうだが。
「森に行って気が狂って帰ってきた」
そんな扱いをされるようになった。
何人かは騎士を辞めたらしい。彼らが旅人などにも出来事を話しているのを先頃、王が止めるようにと取り締まった。
今や彼らと同じようにキュロスも。
かつては王配となるよう、皆から大事に扱われていたキュロスは、今や気狂いだ。
「エリナを殺したのは彼らだろう」
森で行方不明となり、住まいとなった国の外れにエリナが戻らなかったことも、また問題となり。
すべてがキュロスたちの責任とされた。
エリナを殺した罪の重さから、自分たちは「森が終わる」だなんて言い訳をしている。
そんなふうに陰口や、時には石すら投げられた。
自分の新しい婚約者となった現王の娘からはいつしか婚約破棄をされて。
森の恵みを他国に売った金で着飾った彼女はまるで森の虫をみるような目でキュロスを……。
――その半年くらいあと。
遠い遠い獣人の国が。
ドラゴンを王としたと噂になった。
それからまた半年後。
森は一夜にして砂となって消えた。
キュロスたちが訴えていた通りに。
国に伝わる話とは逆に、一夜にして成った森は――また一夜にして。
そのドラゴンが森から離れるための一年の、猶予をくれていたとは誰も知らなかった。
あの神殿で。
彼が仲間を止めたから。それによりドラゴンがわずかでもまだ、この国に同情を残したことを……。
本当ならとっくに終わったはずが。ペンドラがつぶやいたおかげで猶予を。
それはある意味、自分から生贄になった王女の願いでもあり。
彼が、一人でも最期に正気を、まともをみせたから。
こうして地図から国が一つ消えつつあり…。




