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7話 「わたくしを養ってほしいのですが!」

 卓上デスクのベッド側にはウチとモモカが。正面には樫宮さんが正座して粗茶を飲んでいる。悪くはありませんわね、と一言。


 ついモモカに部屋をきれいにしてもらって見違えるくらいピカピカになったのに、もっとピカピカな存在が現れたよ。佇まいや所作からしてお嬢様だよ。どこの貴族学校に通ってるんですかっている服装だし、対する自分は黒いボトムスにぶかぶかのホワイトパーカーだし。ジャージよりかはマシだけど。棲む次元が違うよ明らか。


 ともかく、なんだか瀟洒で気の強そうな女の子だ。


「で、いつのどこかでウチがあなたを助けたと」

「その通りでございますわ」と一言。それにモモカが両手を握って感激する。


「私に続いて人助けしたんですね! さすが良野さん!」

「いや、別に大層なことは」

「でも私が一番愛してますよ!」


 知らんがな。


「けどなんかしたっけウチ」


 麦茶を飲み、心を落ち着ける。モモカほどじゃないが、そのしゃなりとした服からでもわかる。大きなものを押さえつけ、しかしそれでも主張してしまっている胸部のふくらみ。こいつも巨乳か畜生。足もきれいだし、肌もきめ細かいし。ハンカチのくせに。


 対する相手は冷静沈着。優雅という言葉が具現化したような御方ですな全く。


「やけにお金持ちと思わせる女と会いませんでしたこと?」

「あー……そういやこの前、香水すごかった金髪の人がハンカチを落としたからそれを拾――まさかあの肌触りのよかったハンカチか!」

「ええ、そうですわ。あの女を口説くのにはまだまだ素人でしたが、それでもわたくしのことをストレートに褒めてくださったのは貴方が初めてですの」

「良野さん。浮気ですか?」

「同性に限ってそれはない!」


 若干笑顔だけど声のトーン違ったよね今。軽く怖いってこの娘。


「でも彼女、口説いてたって――」

「いやあれは口説いてたわけじゃなくて、ただ本当にいいハンカチだったからどこで買ったんだろうって気になって、あわよくばお友達になってなにかちょっとした買い物で奢ってくれたり誕プレが豪華だったりしたらいいなーって。ほら、見た目明らか大学デビュー頑張りましたみたいな女子大生だったし」

「お言葉だけど、それ一生友達出来ない人の考え方ですわ。悪いことは言いませんが改めてくださいまし」


 ハンカチに友達できない宣言された……。


「でも私がいますよ!」


 だから知らんて。

 淹れてもらった味の濃いココアに口をつけて事の顛末を思い出す。思い出すほど、後悔が募る。

 あああ……そうだったなー、綺麗だったし年上だったしなんか話しかけてあわよくば連絡先交換したい一心になってて血迷ったことを言ってた気がする。


「このハンカチ、とても艶やかで触り心地がいいですね、綺麗ですし、どこで買いましたか?」って言ってたよウチ。


 今思えばなんであんなこと言ったんだろうなぁ。(経済的な)下心だなぁ。(結論として)ゲスいなぁ。


「そ、それはどうも……」

「あなたがいなければ、わたくしは今でもあの汚らしい地面に横たわったまま、人に踏まれ、雨に濡れて、老婆の如く縮んでシミだらけになるところでしたわ」


 こうやって言葉にされると重みが違うな。ちょっとぞっとしちゃった。そんな私とは対照的にますます惚れたような声を出す女が隣で感心する。


「はぁー痺れます良野さん! もういろんな方にお優しいんですね!」


 そりゃあ、自分の血を吸ってる蚊を殺さず見逃してるからね。人類全員私だったら世界は衰退レベルで平和だと思うよ。


「それにしても、持ち主の方、困ってると思うんですが。ほら、勝手に高級ブランドのハンカチがなくなったら探すだろうし」

「いいですのよ。わたくし、粗雑に扱う方は嫌いなんですの」


 美女にもリアルがあるんだな。


「あなたに拾われたとき、とてもやさしさを感じましたの。ここまで滑らかで、最大限配慮されたような拾い方に感服いたしましたわ。あなたようなジェントルマンに使われたら、どれだけ幸せなことか……!」


「そりゃ人の私物だし」という声は届かず。


「はぁ、わたくしの買い主も、あなたみたいなやさしいお人と出会えましたら、交際に苦労せずに済むというのに」

「ツッコミ忘れてましたけど……ウチ、一応女ですよ」

「紳士的行為に男も女も関係ありませんわ」


 ああもうどうしてこう、価値観が理解の度を超える輩がウチに来るの。前はモノだったから人間として育ってきてなかったのもあるだろうけどさ。

 こほん、ときれいな咳ばらいを一つ。姿勢を改め、凛とした蒼の瞳で私を見つめた。いや、きれいすぎて直視できねぇよ。


「ですので、あなたの手元に置かせていただきたいのです。当然、ハンカチとしての義務も果たします」


 ハンカチが義務の志をもつとは、時代も進んだな。

 ……いやハンカチの義務ってなに。お水こぼしたとき君の頭を押し付ければいいの? 背徳感やばない?


「貴方様にお会いしたいと強く願った結果、このような身体になったわけですし、ヒトとして役立てることがあればなんだって致しますわ」


「あぁ、そりゃどうもありがとうございます」としか返せないよ。我が強そうだもんこの娘。

「でもそれは全部私で間に合ってますので」


 突然として大きな胸に手を当てて、膝立ちになってまで意見を主張するモモカ。

 なんだこの目つき……っ、まさか嫉妬か!


「でも、さすがに二人も養えないよ。バイト代だけじゃ限界がある」

「ご心配なく。この世界では住むためにお金が必要だというのは存じておりますわ」


 あら、しっかりしてんのね。

 彼女が机の上にバンと出してきたのは札束。……諭吉さん10枚。


「これでいかがかしら」

「えー……一つお伺いしたいのですが、このお金の出所は」

「元主からくすねてきましたわ」

「ご自身共々元の場所に返してきてください」


 しかしあの人、本当にお金持ちだったとは。やっぱり友達にするべきだったな。


「不服でございますか。では元主の口座番号と暗証番号を」

「法を知ってから人間になってきてください」

「まさか……いえ、そんなはずがありませんわ。人間は金に目がないという話は嘘だとでもいうの……!?」

「常識を弁えているだけです」


 そんなことで動揺を見せないでください。鼻から小さいため息が出てしまったけど、予想通りと言えば予想通りだ。

 近所の子どもたちの騒ぐ声。もうそんな時間か。


「紳士たるもの、欲に踊らされず。さすがですわ。わたくしもまだまだ未熟でしたようね」


 あぁもうこれ以上ツッコまないから。


「で、お金ないんでしょ。どうするの?」

「良野様。アルバイトと言うものをご存知かしら」

「あ、ふつうに働くんだ」

「ご察しがよろしいですこと。ひとつご提案があるのだけれど」

「うん」

「ここで働いてもよろしいこと?」

「ウチ、職場じゃないんで。ただの住宅なので」

「あらそう。それなら手伝えることは」


「私で間に合ってます!」とモモカ。この座はなんとしてでも奪われたくないようだ。

「そう……どうしましょ」


 普通に途方に暮れちゃったよ!


「わたくしとしても、あなたのために尽くしたい限りで、この体を手に入れましたのに……ここに住めないとなれば、またあの女の元に帰らなくてはいけないのですの……?」


 ハンカチの膝が崩れる音。いや膝が折りたたまれるといった方が正しい気もするけど。絶望に瀕した顔を浮かべるあたり、本当にひどい目に合ってきたんだろうなと同情をせざるを得ない。


「そ、それは嫌ですわ……!」


 こちらに寄って来ては私の服をつかんで、命乞いするような真剣な眼差しですがり寄ってくる。


「わっ、ちょ」

「ローランちゃん! お気を確かに!」とモモカ。ご乱心はおやめになって。


「お願いします良野様。わたくしをここに住まわせてくださいまし! 貴方様のためなら、何でもしますわ!」

「う……といわれてもなぁ」


 ハンカチがプライド高そうな人間になってしまったら、それもうただのかさばった低コスパの塊だもんなぁ。モモカもどうしましょうという顔で私の方を見てくるし、当然ながら私の意志決定次第だろう。


「わ、私はハンカチの身ですので、おそらく食事も睡眠も不要でありますわ。ここに居させるだけでも――」


 くりゅう、と聞いたことのある音。腹の虫だとすぐにわかったが、それは樫宮さんのおなかから聞こえた。


「……まぁ、人間の体だもんね」

「いえ、こ、これは布のこすれた音で、わたくしレベルになると音色も奏でられるのですのよ」


 完全にごまかしてるよなぁ。顔が赤いもん。恥ずかしかっただろうな。わかるよその気持ち。

 私が立ち上がると、樫宮さんはなぜかびくっと体を震わした。けどあえて気にせず、台所に向かう。


「え、あの、どちらへ」

「おなかすいてるんでしょ。庶民の手料理だけど、なんか作るから」

「っ、そんな! とんでもありませんわ」

「いっしょに住もうと図々しく上がってきておいて、そこは謙虚なんだね」

「も、申し訳ありませんわ」


 一応、恩を返したい気持ちはあるようだ。

 まぁわかってはいたけど、養うんだろうな、この娘も。


「いいよ。ここに住んで」

「……え?」

「どうせ行く当てもないんでしょ。そんな金銭感覚のまま外出たら大変なことになるの目に見えてるからね」

「良野さん、お料理でしたら私が」とモモカ。

「いいよ今日は。せっかくのお祝いなんだから」


 とはいうものの、ろくに料理したことのない私はいまだにメニューを思いついていない。しまったな、手料理って言ったのに取り出したのカップ麺だ。


「モモカも変な嫉妬しないで、樫宮さんと仲良くしてね」

「し、嫉妬なんてしてません!」

「謎の対抗心が見え見えだよ」


 うぅ、と図星。なにか言いたそうだったけどそれよりも先に樫宮さんが頭を下げた。令嬢が庶民にそうするのって、私にとったらなんだか複雑な気分だ。


「良野様……誠に感謝申し上げますわ」

「いっておくけど、少しの間だけだからね。モモカもそうだけど、戸籍も知らない女子ふたりを匿うのって結構リスクなんだからね」

「十分に留意いたしますわ」

「リスク軽減に努めます!」

「いやそういう話じゃないんだけど……まぁいいや」


 そのうち、なんとかなるはず。息をついた私はお湯をカップ麺に注ぐ。気を張っていた目をほんのわずかに緩めた彼女を見、なんとなく、笑みをこぼしていた。


一週間連続投稿しましたが、明日から本格的に超ゆっくり投稿になります。気ままにのんびり執筆していきますので、何卒宜しくお願いします。

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