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怖い話  作者: 猫正宗
3/3

赤い目の女

 幼い頃は、よく夢をみた。

 思えば大人になった今よりも、あの頃の方が不思議な夢を多くみていた気がする。


 例えば誰もいない公園で、足下から首を生やしている女性と話をしたり……。

 例えば顔も知らない、でもたしかに友人と分かる誰かと、真っ直ぐな一本道を歩き続けていたり……。


 そんな不思議な夢のなかでも、俺には比較的よくみる夢があった。

 いや、それは夢といっていいのか定かではない。

 きっと俗に言う、幽体離脱ってやつだろうと思う。


 夜になって眠った筈が、気付けばふわりと浮かびながら、寝息を立てる自分の姿を見下ろしている。

 天井や壁を抜けて、夜空を飛んでどこかに流されていく。

 そんな体験だ。


 幽体になった俺の姿は、大抵の場合は輪郭があやふやにボヤけてた。

 服も着ておらず、体も靄がかかったみたいに白っぽいのだ。




 あれは俺がまだ小学四年生だった時。

 その夜も俺は、気づけばいつの間にか自分の寝姿を眺めていた。


 ああ、また幽体離脱だ。

 もう慣れたものだ。

 子供の頃の俺は、特に慌てることもなく、ふわふわと宙に浮かんでいた。


 この白い靄の状態になったときは、自分で思うように行き先を決めることが出来ない。

 波が押し寄せて引いていくみたいに、大きな流れに身を任せてふわふわと漂うだけだ。

 そうしてしばらくすると、朝になって目が覚めているのである。


 今日はどこに流されるのだろうか?

 そんなことを考えていると、靄になった体がゆっくりとなにかに引き寄せられ始めた。


 天井を抜けて空に浮かび上がる。

 そのままなにかに惹きつけられていく。

 静まり返った閑静な街並みを眺めながら、俺は引き寄せられ漂うがままだ。


 少しすると、俺は神社までやって来ていた。

 街の外れの、更に外れにある神社。

 汚れた鳥居を見下ろすと、難しい字が書いてあった。

 『疱』いや『瘡』かもしれない。

 掠れていて、その字はちゃんと読めない。

 そこは寂れた神社だった。


 挿絵(By みてみん)


 神社のすぐ裏手は山になっていて、草木は生え放題。

 ずっと昔から誰も手入れをしていないことが伺える。


 見るからに薄気味の悪い神社だ。

 すすんで入りたいような場所ではない。

 とはいえ幽体になって漂う俺は、意思に反してその神社に引きつけられていく。

 なにかに押し返されるような、僅かな抵抗を感じながらも、鳥居をくぐってしまった。


 荒れ果てた境内が見えてきた。

 半ば崩壊したような手水舎(ちょうずや)に、澱んだ水が溜まっている。

 そこからよくないものが、俺を見ている気がする。

 遠くにある古ぼけて朽ちた社務所には、当然ながら明かりなんてついていない。

 微かな月明かりだけが、荒れ果てた神社を照らしている。

 何処からともなく、何かを叩く音が聞こえてきた。


 カーン……カーン……


 カーン……カーン……


 硬質な音に引き寄せられるがまま、靄になった俺は地面のすれすれを漂っていく。


 カーン……カーン……


 やがて遠目に何者かの後ろ姿が見えてきた。

 髪が長い。多分、女性だ。


 その女は異様な風体をしていた。

 白装束に乱れきった髪。

 一本下駄を履き、胸には鏡を持ち、頭に蝋燭を立てた鉄の輪を被っている。

 女は一心不乱に藁人形を樹に打ち付けていた。


 当時は知らなかったが、今なら分かる。

 あれは丑の刻参りだった。

 午前一時〜三時の丑の刻に、神社の御神木に呪いの藁人形を打ち付ける。

 途切れることなくこれを七日行うことで満願となり、呪いは成就する。

 ただし参る姿を誰かに目撃された場合、呪いは成立せず自分に跳ね返ってくる。


 見られてはいけないその呪いの儀式を、何も知らなかった当時の俺はぼうっと眺めていた。

 手元をもっとよく見てみたい。

 異常な後ろ姿に意識を向けてみる。

 すると白装束の女が、釘を打つ手をぴたっと止めた。

 しばらく停止していた女が、バッと俺を振り返った。


 鬼のような形相だ。

 眉間に皺を寄せ、口角はつり上がり、白目が真っ赤に血走っている。

 もし声を出すことができたのなら、悲鳴をあげていたに違いない。

 だが今の俺は幽体で声は出ないし、姿も見えないはずだ。

 自分の体を見ても、白い靄になっている。


 女がこちらに歩いてきた。

 脇目も振らず、真っ直ぐに向かってくる。

 もしかして見えているのか?

 いやそんなはずは……。

 だが不安に駆られてしまう。

 だってこの女は真っ赤な目を逸らさずに、俺を睨んでくるのだ。


 絶対に見つかっている。

 はやく逃げないといけない。

 逃げないとまずい。

 でも体が動かない。

 もう女はすぐ目の前まで来ている。

 怖い。

 鬼みたいな貌が怖い。

 女が、釘を持った手を振りあげる。

 俺は自分を庇うみたいに、右手を前に突き出した。


 ――気づけば俺は、自室のベッドにいた。


 心臓がバクバクと脈打っている。

 寝汗で肌着がびっしょりだ。

 大きく深呼吸をすると、すこしだけ気持ちが落ち着いてきた。

 俺は無事だ。……よかった。


(痛ぅ……!)


 額の汗を手で拭うと、鋭い痛みがした。

 なんだ?

 見れば右手の甲に、釘で引っ掻かれたような傷が出来ている。


 これは、もしかしてさっきの?

 体が震えてしまう。

 いや、そんなわけはない。

 あれはただの夢だったんだ。

 俺は無理やりそう思うことにして、頭からシーツを被った。




 翌日、学校帰りの俺は、ひとりで通学路を下校していた。

 学校での今日一日を騒がしく過ごした俺は、昨日見た夢のことなんてすっかり忘れ去っていた。


 てくてくと帰路を歩く。

 帰ったらランドセルを置いて、すぐに遊びに行こう。

 そんなことを考えながら、ふと前を振り向いたとき、全身が凍りついた。


 電柱の影にあの女がいる。

 真っ赤な目をした昨日の女だ。

 今日は白装束ではない、薄汚れた黒い服を着ているけど、はっきりと分かる。

 あれは昨日の女だ。

 その証拠に、手に大きな釘と金槌を握っている。


 女は身を隠したまま、下校する小学生をひとりひとり凝視している。

 直感した。

 こいつが探している相手は俺だ。


 丑の刻参りを見られた場合、呪いを成就させるには、目撃者を殺さなくてはならない。

 当時の俺はそんなことは知らなかったが、それでも女が自分に害をなそうとしていることは、本能的に理解できた。


 でもどうして、子供たちを確認するみたいに観察している?

 この女は俺を探している。

 でももしかすると、俺の顔を知らないんじゃないか?

 ならどうやって探す?

 いったい何を観察しているんだ?


 視線を追って気がついた。

 この女、みんなの手の甲をひとりひとり確認している。

 俺の右手には、昨日、女につけられた傷跡がある。


 咄嗟に手をポケットに突っ込んだ。

 その瞬間、女が俺を振り返った。

 血走った赤い目で凝視してくる。

 俺のポケットの辺り、そこに突っ込んだ手を見ている。


 ポケットの中で、握った手のひらに汗をかく。

 逃げ出したい。

 でも俺は確実に怪しまれている。

 いま逃げ出せば、追ってくるに違いない。


 覚悟を決めて、何食わぬ顔をしながら歩き続けた。

 心臓が早鐘を打ち始める。

 女の隠れた電柱が近づいてきた。

 その横の、なるべく遠くを足早に通り抜けようとする。


 赤い目の女が俺を見ている。

 もう口のなかはカラカラだ。

 女がゆらりと動いて一歩を踏み出した。

 また一歩、また一歩……。

 確実に俺に向かって歩いて来ている。


 これは走り出すべきか?

 走って逃げるべきじゃないのか?


 女が近づいてくる。

 ……走ろう。

 そう判断したとき、後ろから大きな声がかけられた。


「おーい! 一緒に帰ろうぜぇ!」

「んで帰ったらすぐ、公園集合なー」


 俺を呼ぶ声だ。

 下校するクラスメイトたちが俺を取り囲んだ。

 ちらりと伺うと、女は電柱の影に戻っていた。

 助かった……。

 ほっと息を吐きたい衝動に駆られたが、女に怪しまれないように溜息を噛み殺した。




 その日の晩。

 俺はまた幽体離脱をしていた。


 今日の俺は珍しく輪郭がはっきりとしている。

 幽体になっても、たまにこういうことがあるのだ。

 服も着ているし、顔だって判別できる。

 こんなときは白い靄のときとは違って、自分の意思でふわふわ浮かびながら、あちらこちらを彷徨うことが出来る。

 これが結構楽しいのである。


 俺は、夜の住宅街を散歩し始めた。

 とはいえ、あまり遠くにはいかないことにしている。

 せいぜい家の周りを見て回るくらい。

 この状態で遠くに行き過ぎると、なんだかとても疲れるからだ。

 その日は近所の公園にいくことにした。


 幽体の姿だと、世界の見え方が少し変わる。

 位相がずれるというか、この世とあの世の狭間を漂うような、不思議な感覚があるのだ。

 俺は幽体離脱をしたときは、よくこの感覚を楽しんでいた。


 夜のベンチに座って、ぼうっと辺りを眺める。

 滑り台やブランコなんかを見てみると、なんだか二重になったように見える。

 ちょっと楽しい。

 そのまま視線を公園の入り口に移す。


 あの女がいた。

 真っ赤な目をこちらに向けて、にやっと笑った。

 俺は悲鳴を上げて、空に浮かび上がった。

 大急ぎで家に向かう。

 ベッドで眠る自分に体を重ね合わせると、俺はそのまま気を失った。




 翌日から俺は学校を休んで、家に閉じこもった。

 当然だろう。

 昨日のあれで、顔がバレた。

 もう外になんて出られない。

 家はバレていないと信じたい。

 両親には具合が悪いと嘘をついた。

 病院に連れていかれそうになったが、断固拒否した。


 数日後、うちに回覧板が回ってきた。

 子供たちの集団登下校をすすめる回覧だ。

 なんでも不審な女が通学路に現れて、警察に捕まったらしい。

 その女は大きな釘と金槌を持って、毎日小学生の登下校を監視していたそうだ。

 間違いない、赤い目の女だ。


 通報を受けた警官が職務質問をすると、女は急に暴れ出し、金槌を振り回して警官を襲った。

 それで緊急逮捕となったそうだ。


 逮捕されたならひとまずは安心だ。

 俺は家を出て、小学生なりにその話を調べ回った。

 身の危険に直結する話だったからだ。


 そうしてわかったことがある。

 警察の調査の結果、女の家からは何人分もの人骨が出てきた。

 成人男性1名と、子供2名。

 それは女の家族の骨だったらしい。

 手を下したのは、あの赤い目の女だったそうだ。

 女はその後、精神病院に連れていかれたらしい。


 大人になったいまも、たまに思い出す。

 あの女は今頃どうしているのだろうか。


 赤い目のあの女は、丑の刻参りをしてまで誰を呪いたかったのか、それも分からずじまいだ。

 当時のことなど、もう調べようもない。


 ただ俺は、二度とあの女には会いたくない。

 幸いあれから大人になったいままで、女には合わずに済んでいる。

 そしてこれからも合わずに済むように、そう願っている。

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