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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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光をもたらす者

 ほんの一瞬だけ見えた弾丸はそれほどの破壊力を持っているような大きさではなかったのに、たった一撃で高くそびえ立つ外壁は崩壊し直撃を受けた門の周辺はほぼ全壊して崩れ落ちた瓦礫のあいだから町の中が見えていた。


 瞬く間に挙がった悲鳴と混乱する叫び声が入り混じって夜空へ響き渡っていく。最も兵力が集中していた箇所へまともに砲撃を浴びてしまいあの場にいた大半が被害に巻きこまれていた。


「ヴィオラっ……」


 絶望的な音を立てて崩壊していく外壁を目の当たりしながらユーリは呆然と呟いた。


 これでは精霊魔法を放つことができない。それどころか、ヴィオラが無事であるかどうかすら。


「っ……」


 目を瞑り頭の中を埋めつくそうとしてくる白い霧を振り払ってぎゅっと杖を握りしめる。


 俺にできること。いまはそれを見失っちゃだめだ。


 悪夢に惑わされている場合じゃない。


「さすが、というべきかな。いまの一撃できみも一緒に葬れると思っていたんだけど」


「……洒落た挨拶をしてくるんだな。お前が生きてた頃はそういうのが流行っていたのか?」


「戦術という言葉を知らないのかな。……まあいい、久しぶりだね。てっきりあの場で殺したものだと思っていたのに」


 振り返ったユーリの瞳へ映っていたのはさほど年齢の変わらない少年だった。


 その傍らには三人の男女が立っており、誰もが普通とは大きく違う肌の色を持っていた。


 ビュイス、そしてティユル。二人はユーリが配下にしていた魔王だったがもう一人いた魔王種は見覚えのない男だった。


 ユーリは彼らから視線を移すとその後ろにいた巨大な黒い粘液の塊に目を向けた。


 さっきの砲撃はあの魔物の仕業か。だが不安定に蠢いていた魔物は大砲らしき形状へ身体を変化させようとして不意に割れた水風船のようにびしゃりと崩れ落ちてしまう。


 魔力の粒子となってフェアリーを励起させる光へ変わっていく魔物に気づいて少年が舌打ちをした。


「やっぱり持たなかったか……まあいい、後衛さえ潰せればそれで」


「なにが目的なんだ。転生者のくせにそこの雑魚どもを集めてどうするつもりだよ」


「……やっぱり忘れているんだな、僕のこと。ビュイスの言っていた通りだ。いいよ、もう一度名乗ってあげる。はじめまして、僕はルシファー。ルシファー・アリストロシュ。それがこの世界での僕の名前だ」


「ずいぶんと大層な名前だな」


「生まれ変わったのさ。そして……この世界の英雄になる男だ」


 ルシファーは自信に満ちた笑みを浮かべて大げさな仕草で両手を広げた。


「魔物も魔王も魔導士も、そしてきみたち転生者も誰も僕に敵わない。転生者は人々を導く救世主にならなくちゃいけないんだろ? 僕がなってあげるよ。平和を乱す悪はこの僕がすべて打ち倒す」


「とてもそんな殊勝な考えを持っているようには見えないな」


「正義と悪は表裏一体なのさ。僕にとっての正義がきみには悪に映っているのかもしれないね。でも間違ったことをしてるつもりはないよ。魔王一人すら倒せない魔力なら僕に使わせた方が絶対に有意義なんだから。みんなの力をもらって僕が悪を成敗する。だから僕はその町の住人たちに危害を加えようとも思っていないし、僕はみんなを守るためにこの力を使うんだ。その気持ちにうそはない。もっとも、彼らの魔力を奪っていることについては罪悪感がないわけじゃない。きっと多くの人を困らせた。けど、いずれそれが一番平和になる近道だったんだと気づき、そして理解してくれる。誰も戦わなくていい世界をつくれるんだってね」


「他の魔王たちはどうした」


「もういないよ。僕がすべて魔力を奪い取ったからね。いまごろは魔物の足音に怯えて森の奥地でこそこそと生活しているんじゃないかな」


 どこか得意げにルシファーが言い放つ。ユーリは押し寄せる感情の波を微かなため息に乗せて吐きだした。


「そんなことだろうと思ったよ」


「かつての同胞を虐げられて怒ったのかい? でも殺さなかっただけでも温情を与えてもらったと喜んでほしいくらいだな。だってそうだろ? 彼らはかつて大勢の人たちを恐怖に陥れてきた魔王なんだよ? 僕らが打ち倒さなくちゃならない相手のはずだ。生きてちゃいけない存在なんだよ」


「あ、あの……ルシファー様……わたしは……」


「ああ、ごめんごめん。大丈夫だよ。ティユルを傷つけるつもりはないから安心してくれ。お前は僕のそばにいてくれればいい」


 そう言ってルシファーは彼女の頭を撫でた。


 ティユルは嬉しそうな声を漏らしてしおらしく頭を撫でられながら、けれど浮かべた笑みは引きつっておりユーリにはそれがただのつくり笑いに見えた。


 記憶に残るティユルはもっと強気でプライドが高く決して相手の機嫌を窺うような性格ではなかった。あんなふうに媚びを売るなんてよほどルシファーの力に怯えているらしい。


「どうだユーリ、これが僕の偉大なる力なのさ。きみたちが手を焼いていた魔王だって僕の手にかかれば簡単に始末できるんだ。ふふ……最高の気分だよ、僕はこんな力をずっと──」


「お前、魔力を奪うだけじゃなく紋章陣の模倣もできるだろ」


 ルシファーの言葉を遮って唐突に訊ねると相手は意表を突かれたように声を漏らし口をつぐんだ。だがすぐに見下すような笑みを浮かべてくすくすと小さな声で笑う。


「……思いだしたのかい? そうさ、僕はこの指輪からランタンへ魔導術を封じこめ、そしてそれを呼びだすことができるんだ」


 ルシファーが掲げた右手の中指に黄色く刻印の入った指輪がはめられていた。


 そんな情報を明かしたってなんの得にもならないはずだったが、それは奴の自信の表れでもあった。


「でもそれがわかったからなんだって言うんだ? きみの魔力も、そして魔導術もすべて僕が奪い取る。最強の力なんだよこれは」


 あの鉄壁の防御魔導、そしてさっき起こった景色の歪み。


 そのどちらもこの場にいない魔王たちにしか使えなかった魔導術だ。


 ビュイスが残っているのはあいつが空間転移術の使い手だからだろう。他にも扱える者はいたが、空間転移術だけは固有の紋章陣を持たないためおそらく奴の武器でも使いこなすことはできなかった。


 できたところで固定された場所同士の転移くらいが関の山だ。


 空白の記憶が少しずつ埋まっていく。


 なぜユーリがあのときこの男にやられてしまったのかずっと疑問に感じていた。その答えがいまわかった。


「そして、僕の正義できみを討つ。転生者の力に溺れ、あまつさえ魔王を配下にして平和を乱す種をつくりだしていたきみを僕は許すわけにはいかない。もしかしたらきみの中にも正義があったのかもしれない。でもわかってくれユーリ。見過ごしていい悪なんて存在しないんだ。どんな理由があろうと悪は裁かれなくちゃならない。魔物の恐怖に怯える民衆たちへ僕の力で光を照らさなくちゃならないんだ」


「よくわかったよ。要するにもらっただけの力を見せびらかしてヒーローごっこをしたいってことだろ」


 その挑発的な物言いにルシファーが微かに眉をひそめユーリを睨みつける瞳に怒りが混じった。


「……どうやら、きみは完全なる敗北という形で地獄へ送ってあげないと自らの無力さを痛感することができないらしい。この力には誰も敵わない。僕に無礼な口を利いたこと、そして歯向かったことを後悔させてあげるよ。僕はきみが目障りでたまらなかった。町で噂を耳にするたびに疑問が募ったよ。どうしてきみみたいな男が英雄と謳われているんだろうとね。だから僕はきみを倒し、そして真の英雄としてこの世界で生きていく。ふふふ……ようやくこのときが来たんだ。感謝しているよ、こんなチャンスを与えてくれた神様にね」


「この世界に神様なんていない」


 いくつもの大切な記憶をこれまで何度も失ってきた。そして、俺はきっとまたなくしてしまうんだろう。


 それでも。


 もしも雨が降ったら、そのときは。


「この俺が教えてやるよ。その曖昧な正義を振りかざした先に描く理想、お前が英雄と呼ばれる未来が取るに足らない幻想でしかなかったってことをな」

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