表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
89/228

小さな英雄

 屋敷の三階にあった一室では軍服に身を包んだ軍人たちが部屋の中央へ四角く囲った長机に着いていた。その中にはユアリィたちを含めた魔導士たちの姿もあったが半分以上は初老の男女でありその襟には高い地位に就いている魔導士や将校であることを表す階級章がつけられていた。


 マリーに連れられて部屋に入ると彼らはすぐに話し合いを中断させ訝しげにこちらに目を向けた。アイリスは腹痛を堪えるような表情でうつむきがちに彼らの顔色を窺っており、これだけ大勢の人間を前にしてヴィオラも居心地が悪そうにしている。


「マリー、その方は?」


「なぜ部外者を連れてきたの」


 静かな口調ではありながらも非難する声が飛び交いマリーは一度確かめるようにこちらを見ると委縮したようにユーリに手を差し向けた。


「この方が今朝の調査に同行していただいた魔導士で……信じていただけないかもしれませんが、あのユーリ・ホワイトガーデン様です」


 その瞬間どよめきの声が水面に広がる波紋のように部屋の中を走っていった。将校たちも魔導士たちも驚愕に目を見開いてユーリに注目していた。


「ユーリ・ホワイトガーデンですって……?」


「オートンシアの英雄の……?」


「そんなばかな……いや、だが当時の年齢からするとたしかに……」


 驚いていたのはユーリも同じだった。


 自分の名前が有名になってしまっているということは知っていたが、それにしても一人くらいは首を傾げる者がいたっておかしくないと思っていたのに。


 お前らどうやって俺のこと知ったんだよ。


「失礼ですが……本当にご本人なんですか……?」


 揃いも揃って目を丸くしている一同を眺めていると将校の一人が遠慮がちながら半信半疑といった様子で問いかけてきた。


「あの、よろしいでしょうか」


 すると別の方から声が挙がり、注目を集めるように立ち上がったルルーナが向けられた視線をぐるりと見返しながら言った。


「この方がユーリ様であることに間違いはないと思います。素性を隠されていたご様子でしたのでいままで申し上げることができませんでしたが、以前わたしがお訊ねしたときにもお認めになられていました」


「先日のモーティペルンとの遭遇時にわたしたちだけで討伐することができたのもユーリ様のご指示があったからこそなんです」


 ユアリィも口添えし、隣にいたマリーもうなずく。


「……わたしも彼女たちに同意します。ユーリ様の助言はとても的確で魔導術に対する造詣や感覚は並の魔導士の域を超えているように感じました。疑う余地はないかと」


 彼らは三人の説明を聞くと小さく納得したような声を漏らし、目の前の光景が幻でないことを確かめるようにユーリを見つめていた。


 転生者の存在が知れ渡っているとはいえ、彼らはどこにでもいるわけではない。実際に転生者と遭遇することは紛れもない幸運だった。


「しかし……なぜオートンシアの英雄がこの町に……?」


「そうです、あの戦い以降行方がわからなくなったと聞いていましたがいったいどこでなにを……?」


 ユーリ・ホワイトガーデンの名を知る者の中でオートンシアの戦いはある種の伝説的な逸話となっていた。


 絶大な力を誇っていたシティスの魔王との戦い。ユーリはオートンシアの町に迫りくる魔物の軍勢をたった一人で壊滅させ、人類を絶滅させる厄災とまで言わしめたシティスの魔王を打ち倒したのだ。


 ただ、その話には多少の尾ひれがついている。ユーリは一人で戦っていたわけではなく、その傍らにはもう一人の転生者の少女もいた。


「……申し訳ありませんがその話をするつもりはありません。いまは目の前の脅威にどう対処するのか、そのことを考えましょう。お前らも座れよ」


 ユーリがそう言ってそばにあった椅子を引いて腰を下ろすとアイリスがあたふたと部屋を見回してから頭を下げて隣に座り、ヴィオラもユーリを挟む形で隣に座った。


 だが一同は困惑した表情を浮かべたままなにから切りだせばいいのか思い悩むようにそばにいた者同士で顔を見あわせていた。こちらから口火を切るのを待っているように感じられ、ユーリは後ろに立っていたマリーへ振り返った。


「マリー」


「は、はいっ」


「戦える魔導士は何人くらい残っているんだ?」


「調査に参加されなかったあちらのお二人だけです」


 それに応えるように奥にいた四十代前後に見える佐官と尉官の女たちが頭を下げた。二人ともマリーより階級の高い魔導士たちだ。


「ユーリ様もご存知のことと思いますがお二人以外の魔導士は全員がほとんどの魔力を奪われてしまっています」


「たった二人だけか……」


 今朝顔を合わせた魔導士たちもユアリィたちと同様に魔力を奪われたことによるショックが大きいようで思いだしたように表情を曇らせていく。だが経験の長い魔導士が残っていたことは大きい。


 基本的にこの世界の軍隊は白兵戦力である歩兵とそれを指揮する魔導士との分隊が一単位として構成されている。もちろん魔導士たちの多くは若くして指揮する立場となるのでそういった分隊には経験を積んだ下士官などが補佐をして隊を動かしていくことになる。


 そのような分隊の連なりを小隊としてまとめるのが上位尉官であるマリーたちや佐官の魔導士だ。転生者との戦いでは通常の魔物討伐とは違い部隊として行動しなくてはならなくなる。ユーリは士官学校に通ってはいたものの指揮官としての経験は皆無で、そちらは彼女たちに丸投げして問題はなさそうだった。


「つかぬことをお伺いしますが、ユーリ様の魔力は……?」


 佐官の女が言った。


「僕も大半がなくなってしまっています。なのである程度あなた方の力を借りなくてはなりません」


「しかし……敵は我々の魔力を奪う力を持っているとのことで、いったいどういう作戦を立てればいいのか……」


 重苦しい空気が部屋中に流れていた。閉ざされた窓の向こうからは表から聞こえてくる市民たちの声がひしめいておりさっきよりもその人数が多くなっているのかもしれないとユーリは思った。


 じわりじわりと絶望の影が町を覆いはじめている。かつて魔王が支配していた近隣の町に漂っていたものと同質の死んでいく気配。誰もがこの先に広がる未来へ光を見つけだせずにいた。


「敵を迎え撃つために手伝っていただきたいことがあるんです」


 それぞれに名案を捻りだすように沈黙していた士官たちがユーリの声で弾かれたように顔を上げた。


「なんでしょうか?」


「敵はこちらで相手するのでみなさんは町の防衛に徹してください」


「ユーリ様お一人で戦うということですか……?」


「もちろん仲間も一緒です」


「あの……実は、その敵というのが魔王と行動を共にしているという情報がありまして……申し上げにくいのですがユーリ様と言えども魔王たちが相手となるとほんの数名では危険なのでは……?」


「そうです、それにユーリ殿の魔力も奪われ万全とは言えない状態でしょう。防衛は最小限にしてでもできるだけ多くの戦力を投入するべきです」


「いえ、僕たちだけで問題ありません」


「ですが……」


「邪魔だから来るなっつってんだよ。魔導士が一人や二人増えたところで……いって!!」


 突然太ももをぎゅうっとつねられてユーリは言葉を切った。咄嗟に隣へ目を向けるとアイリスがうつむきがちに咎めるような目つきで睨みつけながら口をぱくぱくさせている。


「なんだよっ」


「お願いだから礼儀正しいままでいて……! かっこよくないから、そういうの全然かっこよくないから……! なんなのアウトローな俺いけてるじゃんとか思ってんの……!? 年上だから……! ものすごく偉い人たちだから……! やめてよそういうのあたしたちまでばかだと思われるじゃん恥ずかしいでしょ高校生なんだからもっとしゃんとしなさいっ……!」


 顔を寄せないと聞き取れないほど小さな声で早口にささやくとアイリスはようやく手を離してくれた。予想以上に力があるようでつねられた足がひりひりと痛んでいた。


 急変した態度にごく一部を除いて一同は唖然としており、ユーリは微かなため息と共にアイリスへうなずくと彼らに向き直った。


「……とにかく、敵の方はこちらで片づけます。ですが町の方まで手を回す余裕がないので住民へ被害が及ばないようにしてください。おそらく魔王以外にも魔物がいるはずなので」


「本当にその作戦でよいのですか……?」


「先ほどもお話したように相手がこちらの魔力を奪ってくる以上、魔導士は戦いに参加しない方がいい。万が一の場合に備える意味でもお二人の力は温存しておいてください」


 とても現実的ではないユーリの意見に彼らは訝しげな声を漏らしながらも反論してくる者は誰一人としていなかった。


 魔力を失ったとしてもユーリがそれをできると言えば信じるに値するだけの説得力があったからだ。


「避難船の手配と警備は?」


「最優先で行なっています。警備も外壁に三名の魔導士を配置させています」


「たぶん魔力を失ったことで感知する力も弱くなっていると思います。なのでお二人のどちらかも警備に当たっていただけますか」


「わかりました。ではわたしが行きます」


 尉官の女がうなずく。


「……ではそんなところで。どこから敵が現れるかわかりませんから注意は怠らないでください。マリー、頼みたいことがあるんだけど少し構わないか?」


 そう言って話を終わらせようとしたところでぎょっとしたように将校の一人が声を挙げた。


「あの、待ってください。他には……?」


「他?」


「兵たちの指揮などはどのようにすればよいのでしょう……?」


「全部そちらにお任せします。町を守ってくれさえすればあとはこちらで終わらせますので」


「はあ……」


「準備を急いでください。ここでのんびりしているうちに攻めてこないとも限りません」


 そうして一同から釈然としていない様子が拭えないまま会議は終わっていった。


 もう少し話すべきことがあるのではないか。そんな思いが錯綜しているのは感じたが誰かがそれを口にすることはなかった。大半の魔導士が無力化している現状では対魔導術戦ではほぼ勝ち目がない。歩兵を投入したところで魔導術による防御ができなければ返り討ちに遭うだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ