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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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フェアリーの声

「空間転移術……? それって……やっぱり、例の事件の……?」


「そうだろうな」


「あの、わたし報告してきますっ」


 ルルーナは深刻そうな表情を浮かべるとすぐにマリーのもとへ駆けだしていった。それを見送っていたヴィオラが周囲に注意を向けながらそれとなくこちらへ顔を寄せてくる。


「ユーリ、あの魔法陣を無効化させることはできないのか?」


「あれを解放させようとしてる魔力に働きかけない限りは無理だな。向こうもできない算段がついてるんだろ」


 空間転移術の存在自体は広く知れ渡っているものの、具体的な原理については闇に包まれたままだった。先ほどの防御魔導と同様にそれを取り上げた魔導書は存在せず使い手も一部の転生者や魔王種といったごく少数に限られたものだからだ。


 それに加え一般的に普及しない原因はその特性にあった。空間転移術は他の魔導術とは違い固有の紋章陣を持たない。転移元と転移先の場所によって描く紋章陣の模様が著しく変化するという面倒極まりないものだった。


 この世界には常に空間同士を繋いでいる流れのようなものがあり、転移術は互いの住所を指定してその流れを捻じ曲げるようなものだと聞いたことがある。


 二日前にあったという魔力の反応。たぶんそのときにこのランタンはどこかから転移させられてきた。にも関わらず昨日もダヒアで魔力が奪われているとすれば、このランタンは転生者に与えられた武器の一つにしか過ぎない。


 きっとこのランタンは奪った魔力を貯蔵するためのものだ。空間転移術に必要とされる魔力は転移させる対象の数や距離などあらゆる要素に依存して高くなる。これまでに各地で奪い続けてきた膨大な魔力を秘めているとすれば転移させるために必要な魔力量も比例していく。一度にまとめて転移することができなかったから先にランタンだけをこちらへ寄越したんだ。


 そう考えればあの防御魔導が解放され続けていることも紋章陣が展開されていることも一応の説明はつく。細かい原理については転生者の持ち物だからで片づけるしかないが、あえて答えを出すとすればそんなところだろうか。


「タロウさん、空間転移術の紋章陣というのは本当ですか?」


 報告を受けてルルーナと共にやってきたマリーが紋章陣へ訝しげな視線を向けながら訊ねてくる。


「間違いないと思います。以前目にしたことのある紋章陣と似通った模様が使われているので」


「……そうですか」


 マリーは眉をひそめたままこちらを一瞥して紋章陣の方へ向き直った。それから彼女はしばらくうつむいて黙りこんでいたが、やがて顔を上げるとなにかの合図のようにブリッジを人差し指で持ち上げた。


「転移先を特定することはできますか?」


「さすがにそこまではわかりません。そうする意味もあまりないと思います」


「……では、あの防御魔導を突破するいい案はありませんか? 一昨日から色々な魔導術を試してはいるんですがどれもあまり効果がなくて」


「そんなことよりも町へ戻って対策を立てた方がいいんじゃないでしょうか」


「あとで兵士たちだけ先に町へ戻します。なんとかしてあのランタンを破壊しないと……ともかく、調査は続行します」


 魔王が現れるかもしれない。途中で言葉を飲みこんだものの、彼女がそんな懸念を抱いているのは雰囲気で感じられた。


 魔力を奪う男と同行する魔王種。ルルーナもわかっていることではあるだろうが本来なら一般人であるユーリに話してはならない機密事項だ。


 そんな連中と関連づく謎だらけのランタンが唐突に出現したとなれば気が気じゃないだろう。


「方法がないわけじゃないですよ」


「本当ですか?」


「指示通りにやっていただければ不可能ではないです」


「お教えいただけますか」


「ここにいる魔導士のみなさんで一番専攻している者が多い系統は?」


「炎です」


「じゃあ全員でミストラルブレイズを使ってください」


「ルインブレイズも使用できますよ?」


「高威力の魔導術を使っていただきたいわけじゃないんです」


 炎の魔導術といってもその性質は様々であり同じ系統でも用途ごとにいくつかの種類へ細分化されている。ミストラルブレイズは広範囲へ攻撃をするときに使われる上位魔導だが、その中ではルインブレイズが最も威力があり一応は広範囲系の炎の魔導術において最高位のものだった。


「あの防御魔導を正攻法で破ることはできないと思います。なので無効化するんならフェアリーを枯渇させるしかありません」


「どのフェアリーを使っているのかわかるんですか?」


「あまり違いはありませんが白のフェアリーだけ微妙に多く消費させてます」


「……たしかにそれならミストラルブレイズの方がより必要としますが……」


「ただ、完全に消失させる前にミストラルブレイズが解放できなくなると思います。なのでそこからはフラムルクスを使って限界までフェアリーを削っていきます」


「うまくいくんでしょうか……? あの防御魔導はほとんどフェアリーを消費していないようなので一部のフェアリーのみを取り除いてもすぐに解放可能になってしまうと思うんですが……」


「アクアラーナを使えば問題ないです」


「アクアラーナ、ですか……?」


 マリーは真意を図りかねるように眉を寄せた。


 アクアラーナは水を操る汎用魔導の一つだ。炎系統の魔導術で主に必要となる白のフェアリーをまったく消費しない魔導術でもあり彼女が疑問を抱くのは当然ともいえる反応だった。


「アクアラーナには白のフェアリーに対する忌避性があるんです。使うタイミングに正確さが求められますがあの防御魔導を封じるにはアクアラーナを使うしかない」


「本当ですか、それは。アクアラーナにそんな性質があったなんて……」


 マリーは小さく呟いてうつむくと記憶を手繰り寄せるように腕を組みながら口元に触れて考えていたが、やがて気がついたように顔を上げると怪訝そうにユーリを見た。


「あの、タロウさんはいったいどこでそんな知識を……? 助言も的確でただの魔導士だとは思えないんですが……どこかで魔導騎士を務められていましたか?」


「……いえ、別に」


 必要以上の追及を避けて曖昧に言葉を濁すとマリーは気になっている様子でありながらも二の句を継ごうとはしなかった。それにいまはのんびりとしてられるようなときでもない。


「……わかりました。その方法でやってみましょう。解放させるタイミングの指示をお願いできますか?」


「任せてください」


 そうして彼女の指示により防御魔導を無効化させるべく手はじめにランタンの周囲に立っていた木々がすべて伐採された。これから行なう魔導術の一斉解放で火事になるのを防ぐためだ。


 兵士たちは数人がかりでそれらを運びはじめ、力仕事ということでナーガも作業に加わり一時間ほどかかって周りにあった木々はすべて撤去された。中央のランタン周辺の木々だけを残し、森の中にドーナツ状の空間ができあがっていた。


 やがて兵士たちは報告のために町へ引き上げることになり、充分とはいえないまでも身体を休めることができた魔導士たちによって防御魔導を無効化させるべく攻撃が開始された。


 ユアリィたちやマリー自身も加わって十五人ほどの魔導士たちが総出となって立て続けに魔導術を解放させていき、ランタンを守る防御魔導が展開するドーム状の障壁は絶え間なく襲いかかる炎に包まれていった。


 続け様に励起されるフェアリーの声が響く中で巻き起こる熱風の余波はその後ろにいたユーリたちのもとまで届いてきており、木陰から様子を窺っている最中でもひりひりとする熱が肌を撫でていく。


「魔王様、お熱くありませんか」


「あいつらに比べれば平気だよ」


 ただでさえ威力の高い上位魔導術が複数の魔導士によって一斉に放たれる光景は圧巻の一言に尽き、それ以上に舌を巻くのは金属さえも瞬く間に溶け落ちるほどの業火を浴びながらもその内側にある木々を高熱から完璧に守りきっている防御魔導の耐久力だった。


 おそらく現代魔導の中であれを打ち崩せるものは存在しない。だからこそ転生者もここへ転移させたのだろうがそのもととなるフェアリーを断ってしまえば鉄壁の盾も意味を成さない。


 あとはこちらの魔力が持つかどうか。スタミナのようなものなので一時的に切れてしまっても少し休めばある程度回復させられるが、あまり長引かせて疲労がたまってしまうと集中力が切れて紋章陣を思い描けなくなってしまう。


 耐熱用の薄い防御壁を展開する模様も同時に組みこまれているとはいえ至近距離でミストラルブレイズの熱風に身を晒している魔導士たちの表情はつらそうに歪んでいた。


 だが魔導士たちの健闘によって少しずつではあるものの周囲に漂うフェアリーの種類に偏りが生じはじめていた。とげとげとした白のフェアリーの感触が薄れていっており周りから流入してくるフェアリーと混ざりあいながらも確実にその数は減少している。


 その影響はすぐに現れ一人の魔導士が解放させていたミストラルブレイズの爆炎が微かに陰りを見せたかと思うと連鎖するように周りで解放させていた魔導士たちの爆炎も同様に急激な威力の減衰を起こしはじめた。


「ナーガ、俺が合図を出したら水筒を投げつけてくれ」


「……中身をまき散らせばいいんでしょうか」


「わかってんじゃん」


 マリーがこちらへ振り返り目で合図をする。得意げに鼻を鳴らすナーガの傍らで、ユーリはうなずき返しながらその瞬間を逃さないようフェアリーの動向に意識を集中させた。


 そして手はず通りにマリーが指示を出し魔導士たちがフラムルクスを解放させていく。だが汎用魔導のかなり下の方にある魔導術にも関わらず長時間の解放が尾を引いて半分ほどの魔導士が魔力不足を起こしていた。


 必要なフェアリーだけをきちんと励起させられているのはマリーただ一人だけだった。ユアリィもルルーナも解放させてはいるものの必要以上に励起させており周囲に漂うフェアリーの組成は目まぐるしく変化をしていく。


 そんな中でも展開され続ける防御魔導の障壁に揺るぎはなく、けれど感覚がその消失の予感をはっきりと感じ取っていた。結晶から魔導術を引き起こしたユーリにとってその揺らぎを捉えるのは造作もなかった。


「いまだ!」


 合図を受けてナーガが鞄から取りだした水筒を回転させながら投げつけマリーが再びフェアリーを励起させた。それと同時に残っていた魔導士たちは魔力を遮断しフラムルクスの解放を止め彼女は杖の先を掲げていく。


「アクアラーナ!」


 杖の先へ浮かび上がった紋章陣が輝きを放った瞬間、水筒の口から飛沫のように飛び散っていた水が鋭い針となって障壁に突き刺さり霧のように弾けていった。


 最大効率で解放できたとはいえないが魔導術としては充分の威力を出していた。全員が息を飲んで様子を窺いながら、ユーリははっきりと白のフェアリーがこの場から遠ざかっていく気配を感じていた。


 そして不意にふわりとドーム状にランタンを覆っていた障壁が揺らぎ、続けて微かに霞みを見せるとすぐに薄れていき音もなく完全に消失していったのだった。

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