密やかな呪縛
「やった……!」
「消えましたよ!」
周りで小さく歓声の声が挙がると彼女たちは緊張の糸が切れたように次々と地面へ座りこんでいった。額を流れ落ちる汗を拭い肩を大きく上下させながらもその表情には達成感に満ちた笑顔が浮かんでいた。
辺りからは焦げたにおいが立ちこめており彼女たちを囲む木々は熱風を浴びて葉の多くが灰になっている。燃え広がってはいないようだが障壁の効力が及んでいなかった地面は真っ黒になっておりランタンの周囲からくっきりと境目ができていた。
眼鏡を外して汗を拭っていたマリーは杖を支えにして気だるげにこちらまでやってくると頭を下げた。
「ありがとうございます。無事に無効化は成功したようです」
「それより調査を急いでください。フェアリーが戻ってくるまであまり時間がない」
ゆっくりと休んでいるひまはなかった。あの魔導術の消費量なら十分もすれば障壁を復活させてしまうだろう。もう一度アクアラーナを解放させるだけのフェアリーも残っておらずマリーはこくんとうなずくと魔導士たちへ振り返った。
「すぐに調査を開始するわ! きついでしょうけどみんな頑張って!」
返ってきた返事も弱々しく立ち上がった拍子にふらついている者さえいたが彼女たちは号令を受けて手短に言葉を交わすとそれぞれの担当に分かれていき、ほとんどの魔導士が木陰に置いていた荷物の中から紙を挟んだバインダーとペンを取りだしてランタンの頭上に展開されている紋章陣を描き取りはじめた。
紋章陣のサイズは基本的には一定で使い手によってその大小が変わることはないが、その解放原理に複雑な要素が組みこまれているほど模様の数は増加し巨大なものへなっていく。あの紋章陣も遠巻きから眺めているだけでは細かい部分まで読み取ることはできず時間をかけて調べるにはこのような方法を取るしかなかった。
「あの……タロウさん、今回は紋章陣の特定を依頼させていただいていると思うんですが、時間もありませんしユアリィたちと共にランタンの調査もお願いできませんか?」
「それなら描き取りの方を手伝いますよ」
「いえ、人数は充分だと思います。それよりもきっとあのランタンの方が重要なので……わたしも終わり次第合流しますので申し訳ありませんがよろしくお願いします」
マリーはそう言って頭を下げると具合の悪そうな足取りで魔導士たちのもとへ歩いていった。魔力の総量でいえば経験豊富な彼女がこの中で一番なのだろうが、ユアリィたちとは違いマリーも今朝からずっと調査をしていて疲れていた。
マリーから指示を受けた二人は調査道具の入った荷物のところで準備をしており、ユーリたちは一足先にランタンを調べることにして黙々と描き取りをする魔導士たちに囲まれながら頭上の紋章陣に触れないようしゃがんで近づいていった。
「お気をつけください魔王さ……タロウ様。不用意に触れると危険です」
「わかってる」
アンティーク調のデザインが特徴的なだけで見た目はただのランタンだ。そう思ったところでユーリはあることに気がついた。
ランタンに浮かび上がっている刻印の模様がさっきとは微妙に変化していた。防御魔導が解放不能になったこととなにか関係があるのだろうか。だがそこに注目している者はおらず彼女たちの視線は頭上にばかり注がれている。
いろいろと調べてみたいところだったがエーデルワイスの件もあってどうしても抵抗感を覚えてしまい、周りを見回して枝かなにかを探していると隣からひょいっとナーガが手を伸ばしていた。
「おいばかっ……!」
慌ててその手を引きはがすとナーガはきょとんとした顔でこちらを見上げてきた。
「なにしてんだよっ……!」
「ま……タロウ様が躊躇われているご様子でしたのでナーガが代わりにと」
「余計な気を遣うんじゃねえよ痛かっただろ……!」
「いえ、特になにもありませんでしたが……」
そう言ったところで不意にナーガが小骨が混じっているのに気づいたような微かな表情の変化を見せる。
「……どうした?」
「いえ……少し妙な感覚がして……」
「さっきからお前はなにを警戒しているんだ?」
「アイリスの剣は触ると痛みが走るんだ。針が突き刺さるような感じがしたんじゃないのか?」
「痛みなどはまったくありませんでしたが……」
うつむいて神妙な顔つきのまま身体の異変を探すようにゆっくりと答えた。なにかしら違和感があるようだったがその正体はよくわかっていないらしい。
こいつのことだからもしかして痛覚が鈍いだけなんじゃないかという予感もするが覚悟を決めてユーリも手を伸ばしてみることにした。どれだけの痛みだろうとただの幻だ。時間がないのにだらだらとしていられない。
ナーガが言ったようにランタンに触れた手を針が貫くことはなかった。金属のように冷たく硬い感触がぺたりと手のひらから伝わり、エーデルワイスのように持ち主以外に触れないわけじゃないのかと疑問に思っていると荷物を抱えたユアリィたちがこちらへやってきた。
「なにかわかった?」
疑問が晴れたのはすぐだった。
「……かなり重いぞ、これ」
ランタンに触れたまま小さく呟く。実際にはかなり体重をかけて向こう側へ押していたが手のひらから返ってくるのはずっしりとした重たい感触だ。
「わたしも手伝おう」
隣に来たヴィオラがランタンに触れ一緒になって押してみたもののランタンは地中深くまで支柱が突き刺さっているかのようにぴたりと固定されていて動かすことも傾けることもできなかった。
「わたしたちは魔力量の測定をします」
向かい側にしゃがみこんだルルーナが大きなフェアリー結晶を取りだしてきた。ただ触れているだけなのに彼女の魔力に反応して結晶からはフェアリーが励起される光が漏れだしている。
フェアリー結晶を利用した潜在魔力の計測法だ。魔力を持つ者は意識的に止めない限り常に微量の魔力を放出しておりその潜在魔力が高いほど拡散する量も大きくなっていくため励起されるフェアリーから魔力のおおよそを割りだすことができる。
計測に用いられる結晶は市販されているようなものとは違いとても不安定なため日常生活や杖の媒介に利用することはできないが、士官学校でもなにかの折に使われることのある魔導士にとっては馴染みの光景だった。
ついでにいえば彼女たちはこのランタンから漂う魔力の波動を感じ取っているらしい。ユーリはまったく気がつけずにいた。
「変ね……」
だが結晶をランタンのそばに置いて様子を窺っていたルルーナが小さく怪訝そうに声を漏らした。ランタンに内包された魔力は莫大な量だと思われたが結晶はなんら反応を起こさなかった。
計測用の結晶であるならよほど魔力が少なくないとこうはならない。転生者の武器に常識を求めるつもりはないが貯蔵されている魔力は感じ取れながらも完全に閉じこめられているようだった。
「……ナーガ、このランタン持ち上げられるか?」
残された時間はもうあまりない。手っ取り早く空間転移術を不発に終わらせるためにはランタンを移動させるのが一番だ。
そう思って彼女に振り返ってみると、ナーガは地面に手をつきながら顔をしかめて目を閉じていた。
「ナーガ?」
「すみません……少し、向こうで休んでいてもいいでしょうか……」
「具合が悪いのか?」
問いかけてみてもそっと首を振るだけだった。そうして大丈夫です、と小さな声で言い残すと立ち上がって重い足取りで木陰まで歩いていった。
「魔力で気分悪くしたのかしら……」
「そんな繊細な奴には見えないけど……ともかくナーガのことはあとだ」
描き取り作業の方は順調のようで一足先に分担された部分を写し終えた魔導士たちは集まって抜けている紋章陣の模様がないか照らしあわせながら確認をしているようだった。
「なあ、タロウ。これがどこかに繋がっていて相手はその場所に来たところで転移するつもりだというのはわかる。だがなぜそんなふうに間を空ける必要があるんだ?」
頭上の紋章陣を見上げていたヴィオラが眉を寄せて声をひそめながら訊ねてくる。それにつられてユーリも紋章陣を見上げながら答えた。
「このランタンに魔力が蓄えられているからだと思う。空間転移術に必要な魔力は転移させる物体のエネルギー量に比例するから一度に転移させることができなかったんだよ」
転生者側の魔力を使ってランタンを転移させ、その後道中で奪って補給しておけばもう一度転移したときに少なくともランタンに残る魔力は確保できる。一度に転移させられていたとしても残された魔力がわずかであれば戦う術は皆無だ。
だがそう考えるユーリとは裏腹にヴィオラの表情にはどこか懐疑的な雰囲気が漂っていた。
「……妙だと思わないか? 持ち運べもしないランタンをわざわざ守らせていたなんて。これではただ魔力を無駄に消費させるだけだ」
「万が一ってこともあるしそれだけ用心してたってことじゃないのか?」
「そこまで警戒心の強い奴がこんな大胆な手を使うだろうか。大人しくここまで持ち歩いてくればいいのに突然ランタンだけを転移させてくるなんて不自然すぎるぞ」
「それは……そうだけど……」
転移をさせれば移動時間は大幅に短縮できる。
向こうが俺のことをどれだけ警戒しているかわからないが、立て直す時間を与えたくないのならばヴィオラが不審に思うほどおかしな話ではなかった。
「試させてもらうぞ。このランタンを壊せるかどうか」
「待てよ、もしかしたら他の魔導術が仕掛けられてる可能性だってあるだろ」
「それはない」
ヴィオラはそう言って立ち上がると止める間もなく剣を抜き少しの躊躇いも見せずにランタンに向かって振り下ろした。森の静寂を切り裂いてギィン、と耳に鋭く響く甲高い金属音が打ち鳴らされ驚いた魔導士たちがびくっと肩を震わせていた。
ランタンには傷一つついていなかった。刀身から伝わった衝撃に表情を歪めていたヴィオラが小さく舌打ちをして周りへ向き直って叫ぶ。
「みんな、ここから離れろ!」
突然の呼びかけに空気が凍りつきしんと静まりかえっていた。その場にいた全員が真意を理解できず戸惑った様子でヴィオラに視線を投げかけていた。
「おい、急にどうしたんだ……?」
マリーが怪訝そうにこちらへ目配せをしてきたがユーリ自身もなぜヴィオラがこんなに焦っているのかわからずなだめるように肩へ手を伸ばす。ルルーナが小さく悲鳴のような声を漏らしたのはそのときだった。
「や、やだ……なんでっ……?」
驚いて振り返るとその手には計測に使っていた結晶が握られており、なぜかついさっきまで励起されていたフェアリーが彼女の魔力にまったく反応を起こしていなかった。
「そういうことかっ……」
呆然とした表情でルルーナがこちらを見上げてくるのとヴィオラが焦っている理由に気がついたのは同時だった。
「すぐに魔導士たちを離れさせろ! 魔力が奪われてるぞっ!」




