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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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ここで戻したらヒロインじゃなくなっちゃう、とアイリスは思った

 ユアリィたちと合流し馬車に乗って町を出ること三十分。舗装路を外れて平原を突き進む馬車の移動速度はそれほど速いものではなく幌がついただけの荷台は地面の起伏を拾って予想以上に揺れる。


 他の魔導士たちは早朝から現地に向かっているようで遅れている後ろめたさもあるせいか馬を急がせているのもそれに拍車をかけていた。


 士官学校時代に討伐の要請を受けて何度か乗ったことのある馬車はどれも独立した客室のついた立派なもので座り心地もよくとても快適だったが、特に重要人物扱いされているわけでもない上に僻地の軍が保有する馬車ともなると見劣りしてしまうのは仕方がないのだろう。


「あの、やっぱり少し休みましょうか……?」


 先頭に座って手綱を握るユアリィの隣にいたルルーナが荷台に振り返って気遣わしげな視線を投げかけてくる。


 とりあえずといった感じで荷台の側面に取りつけられていた支柱に板を乗せただけの座椅子に座っているうちにアイリスはすっかり乗り物酔いをしてしまっていた。


「いえ、いいです……すみません、ご迷惑をおかけするわけにもいかないので……」


「……なにかあったらすぐおっしゃってくださいね?」


 ヴィオラに背中をさすってもらいながら答えるのも億劫そうに顔をしかめながらうなずく。


 なぜかあれだけひどい船酔いを経験したナーガは平気そうにしており弱っているアイリスを見て満足げに鼻を膨らませていた。


「アイリスはあまりこういうのが得意な方じゃないのか?」


「こないだの依頼のときは大丈夫だったんだけどな……」


「普段は平気なんだけど、ちょっと寝不足だったから……」


「寝不足?」


 小さくうめきながらこくりとうなずく。


 普通に寝ていたような気がするが、とりあえず気分が悪そうにしているのはたしかなので細かいことに口を出すのはやめにした。


「本当につらくなったら我慢せず言うんだぞ?」


「ありがとヴィオラ……」


「薬草があればエルフの秘薬がつくれるんだが……とりあえず唾液だけでも飲んでおくか?」


「……やめて、ごめんほんとにお願い、あたしそういう趣味ないから……」


「そういう趣味……?」


 現地まではあと三十分ほどもすれば到着するだろう。ふとした拍子にアイリス辺りが動揺してしまう気がしていままでその話題に触れていなかったが、ちょうど彼女がダウンしているうちにユーリは話を聞きだしておくことにした。


「ちょっといいか?」


 前席に座って小声でなにかを話しあっていたユアリィたちのもとへ顔を覗かせると二人はびくっと肩を震わせて同時に振り返った。思いがけない反応で呆気に取られていると慌てた様子でルルーナが口火を切る。


「あ、えっ、あの、いかが致しましたっ……?」


「いや、こっちのセリフなんだけど。会議中だったか?」


「いえ、なんでも! すみませんなんでもないんです別に……!」


「そうそう、急に声かけていただいて驚いちゃっただけで、ごめんなさいなにかご用件ですか?」


「なんだその口調」


「あ、あの……すみません、二人とも普段通りに接しようとしてるんですけど、どうしても緊張してしまいまして……なにか話しかけられないかって話しあってただけです……あの、ところでユーリ様ってご趣味は……?」


「いま訊かなくちゃならないことかそれ」


 ルルーナはともかくとしてもユアリィまで伝染したようにわずかに頬が赤く気まずげに目を逸らしてどぎまぎしており、ユーリはため息混じりにそんな二人を見返した。


「もういい加減慣れろよ。ある程度幻滅しただろ。頼むから普通に話してくれ」


「……たしかに聞いていた印象とは大違いで正直言ってイメージはぶち壊されてしまったわ。けれど実際の人柄に触れることができてわたしはとても感激しているの。あの、改めてお願いしたいんですが、やっぱりサインをいただけ──」


「何度言われても書かないものは書かない。その空気現地着いたらすぐに消せよ。お前らに知られたってだけで充分うんざりしてるのにこれ以上騒がれたらたまったもんじゃない」


「申し訳ありません。できる限り善処しますが……わたしもユアリィも昨日は緊張でなかなか寝つけなかったくらいで、どうかご理解いただけますと幸いです……」


「みっともないと思わないで。だって憧れが目の前にいるんですもの、奇跡ってほんとにあるのね。頑張ってみるけど期待はしないで」


「……」


「……えーと、それで、どうかした?」


 胸に手を当てて一度深呼吸をするとユアリィはようやくまともな表情で本題に入ってくれた。ユーリはそれとなく荷台の様子を窺い、三人があまりこちらに関心を向けてないのを確かめて前に向き直った。


「例の男の足取りは追えたのか?」


「あ、はい……まだ返事が戻っていない町もあるんですが、確認できている限りですと彼らは最初の事件のあと八日後にミルトに現れました。その後はブーケ地方を南下しながらほとんど毎日のように主要な町を狙って事件を起こしています。昨日もダヒアで二名の魔導士が魔力を奪われたと……」


 ロズの事件から八日後。アイリスと出会った日だ。それまで奴がなにもしていなかったのなら、おそらくその辺りでユーリが生きていることに気がついたのだろう。


「移動経路から推測するとアンスリムも襲われる可能性があるんですが……やはり来るんでしょうか……」


「そう思っておいた方がいいだろうな。ちなみにここへ来るとしたら何日後だ?」


「遅くとも五日以内には」


「……ユーリくんは紋章陣を忘れちゃったのよね? それって魔導書があってもどうにもならないのかしら」


「……できないことはないと思う」


「なら町に戻ったときに用意するわ。希望があったら教えてね。あまり強力な魔導書はないけど……」


「借りれるのか?」


「持ちだしてこっそり渡すのよ」


「んなことして大丈夫なのかよ。ばれたら叱られる程度じゃ済まないだろ」


「安いものよ、一大事ですもの。それにわたしの身を案じてくれるのならユーリ様ご本人だって認めてくださればなんら問題はないのでは?」


「……ほんとやめて、しつこいんだよお前ら」


 五日以内。それが伸びることはないのだろうとユーリは思った。


 これほど簡単に経路を割りだせるほど安直に事件を起こしていればアンスリム以外でも警戒態勢を取られているはずだ。その転生者はともかくとしても同行している魔王自体にはたいした魔力が残されていない。


 これまでに起きた事件で負傷者が出ていないことから向こうには気軽に攻撃する手段がないか、もしくはその意志がないことが窺える。魔力を奪うのが難しくなってくれば予定を早めてここへやってくるだろう。


「ユーリくんは転生者として扱われることを嫌っているのかもしれないけど……でも、どうか町のみんなが危険に晒されそうになったときは力を貸してね……?」


 手綱を握りしめたまま思いつめたような表情でユアリィが呟く。ユーリはわかってるとだけ答えた。

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