不可解な知らせ
「おはようございます、少々お時間よろしいでしょうか」
「なんですか」
「あとはわたしの方からお話します。案内してくださってありがとうございました」
ユアリィがにこりと笑って礼を言うと受付嬢は一礼して下がっていった。きょとんとするアイリスたちを尻目にユアリィがこちらへ向き直る。
「おはようユーリくん、ここで仕事してると思ってたわ」
「あ、あの……おはようございますっ……」
「お知りあい……?」
そわそわとした様子でそれとなく姿勢を正しながらアイリスが困り顔で訊ねてくる。人見知りでもしているのか幾分声のトーンが高く細いよそ行きのものになっていた。
「軍で働いてる魔導士だよ。この町へ来るときにちょっとしたあれで知りあったんだ。で、こっちがユアリィでもう一人がルルーナ」
「はじめまして」
「恐れ入ります、ルルーナ・リースロットと申します」
「アイリスです。えーと……よろしくお願いします……」
「わたしはヴィオラティア・ベル・リュミエルだ。よろしく頼む」
「いつのまにかお仲間さんが増えたのね。てっきり二人だけかと思ってた。それにヴィオラティアさんって……エラストラよね?」
「ああ、まあ……その……できればわたしのことは内密にしていただきたい」
「はあ……」
まるでどこかの国から逃げてきた重罪人のように存在感を消し去ろうとするヴィオラに二人は釈然としない様子でうなずいていた。エルフとしての力を悪だくみに利用されないか心配しているのかもしれない。
けどお前アイドルとして有名になりたいんじゃなかったっけ。
「あれからこっちもいろいろあったんだ。ついでに言うとこいつも転生者だよ」
「あ、や、ちょっとユーリくん、そんな急にっ……」
アイリスを指さしながら紹介すると彼女はわたわたと慌てた様子で気まずげに二人から目を逸らしていった。失礼にならない程度のもの珍しげさでヴィオラを見ていた二人はさらに驚いた表情で目を見開きながらアイリスを見た。
「え、転生者っ……?」
「あなたもっ……?」
そのささやかな騒ぎを聞きつけて奥にいた受付嬢の二人もなにごとかと様子を窺うようにこちらに目を向ける。話が大きくなる予感でもしたのかすっかり委縮してうつむいたアイリスの頬は真っ赤になっており、まるで叱られている子どものように肩を小さくしていた。
「あ、あの……そのぅ……えっと、一応……そうみたい、です……あの、でも別に特にたいしたこととかできなくて、普通なので……」
「どうしたんですかアイリス。せっかく注目されているのですから普段通り傍若無人に振る舞ったらいいじゃないですか」
「黙ってて……!」
「……まあ、こんな調子であまり転生者的な役割には乗り気じゃないみたいで。なんかそれっぽいことがあってもそっとしといてやってくれ」
「わかったわ。ただ、もしもご助力いただける機会がありましたらそのときはお声がけくださいね。わたしたちも力になりますので」
「あぅ、あの、はい……でも、ほんとに転生者っぽくないので、あてにしないでください……」
「それで、二人してなんの用事だ?」
とりあえずの紹介を終えるとユーリはそう訊ねながら二人を見上げた。
「実はユーリくんにお願いしたいことがあって来たの」
「俺に?」
「とある紋章陣の調査を頼みたいのよ。二日前にこの町の北にある森から大きな魔力の波動があったのは感じた?」
「知らないな。そのときはカクテュスの方へ行ってたから」
「既に他の魔導士たちが調査をはじめてるんだけど、その魔力の反応があった場所に行ってみると奇妙なランタンが置かれていたの」
ユアリィが取りだしてきた地図をテーブルに広げ、印をつけた場所を指し示した。それはこの町の周辺を記したもので、印がついてあるのは素材集めで行った森からそう離れていない場所だった。
「ランタンって、あの?」
「六角形の洒落たやつよ。調べてほしい紋章陣っていうのがそのランタンを中心に広がっているものなんだけど……」
「なんだ広がってるって。地面に刻んであるってことか?」
「違うわ。解放されるときみたいに紋章陣が光ったまま宙に浮かんでいるの」
「はあ?」
「変でしょう? もちろん周囲に魔導士はいなかったわ。なのにランタンの周りにも別の魔導術が解放されてて近づけないせいで具体的な調査もできないのよ。とても奇妙な現象が起きてるんだけど、ひとまずユーリくんにお願いしたいのは紋章陣がなんの魔導術のものなのかってこと。釈然としない説明で申し訳ないけど口であれこれ言うより実際に見てもらうのが一番だと思う」
彼女の言うように話を聞いただけでは状況がいまいち飲みこめなかった。術者がいないのに魔導術が解放されているだなんてあり得ない話だ。永久にその場に留まり解放され続ける魔導術など存在しない。原理として不可能な現象だ。
説明になっていないと言いたいところだったが、彼女たちの方もそれ以上に適切な言葉を持ちあわせていないようだった。
ただその突拍子のなさであの転生者が絡んでいる話なのではないかという予想は簡単に思いつく。ユアリィたちもただごとではない雰囲気を感じているからこそわざわざユーリへ助言を求めに来たのだろう。
「力を貸してもらえないかしら。もちろん依頼として報酬は用意するわ」
「いくらですか。ナーガたちは貧乏なので大金を積んでいただけるとありがたいです」
「十万ディールまでなら出すとは言っていたけど……」
「いかが致しますか魔王様。少々額が少ない気がしますが」
「……受けるのはいいとして一つ訊きたいんだけど、お前ら俺のこと軍に話してないんだよな?」
「もちろん素性は隠してあるわ。凄腕の魔導士がいるからって話で上にも伝えてる。まあ……さすがに実力についてはあまり信用を得られなかったけど」
「なんで隠すの?」
「ファンだなんだと勝手に盛り上がる面倒な連中がいるから」
「ぷっ、ユーリくんに? 芸能人じゃあるまいしそんな痛い人いるわけないじゃん。え、なにもしかして興味なさそうな顔してるけど最強の転生者(笑)とか言われて実は浮かれてるの? もしかしてキャーキャー騒がれたかったの? やだごめんなさいあたしったらもう少し驚いてあげればよかったかしら」
「煽りだすと途端に元気になるんだなお前」
なぜか高みから見下ろしはじめたアイリスの傍らでは二人のファンが顔を赤くしてやや気まずげに目を逸らしていた。仕切り直すようにわざとらしくユアリィが咳ばらいをする。
「……とにかく、軍にはあくまで一般人として話を通してあるわ。結果次第じゃ報酬全額は出せないって言ってるけど、その場合はわたしたちが自腹を切るから心配しないで」
「太っ腹だな」
「その必要がないと思ってるもの」
「どうかユーリ様のお力をお貸しいただければと思いまして……お引き受けいただけないでしょうか……?」
紋章陣の調査なんてぶっちゃけ転生者としての力はあまり関係がなく自信を持ってうなずくことはできなかったが、金策に困っていたタイミングで舞いこんできたおいしい話だ。金額は安いが労力は使わない。断る理由はなかった。
「わかった。準備するから先に行っててくれ」
「じゃあ町の出口で待ってるわね。馬車を用意してあるから」
「ありがとうございますっ」
そう言うとユアリィたちはもう一度受付嬢の二人に頭を下げ案内所をあとにした。ようやく肩の力を抜いたようにアイリスが小さくため息をついてテーブルに肘を乗せる。
「ああ緊張した……きれいな人だったね」
「活き活きとしていたじゃないですか」
「ファンはさすがに笑うって」
「ナーガはファンですよ。もっとも、魔王様の忠実なるしもべ、と名乗らせていただく方が相応しいですがね」
「……あー、うん。まあいいや」
「それにしてもすごいじゃないか、軍の人間からわざわざ声がかかるなんて」
「お前らはどうする? 呼ばれてるの俺だけだし別に来なくてもいいぞ。そのあいだに素材集めでもやっててくれると助かるけど」
「……みんなはどうするの?」
「ナーガはもちろんついていきますとも、えぇ」
「もしものこともあるしわたしもユーリについていった方がいいと思う。アイリスは嫌なのか?」
「だってこの話って例の転生者の人絡みでしょ……? 嫌な予感しかしないんだけど……」
「心配性だなアイリスは。安心しろ、なにかあったらわたしが守ってやる」
「うーん……じゃあ、ヴィオラがそう言うなら……」
似たようなセリフを昨日言った気がするがなんだこの反応の差は。いったいどこで落としてしまったのかユアリィたちと違ってアイリスからの信頼はあまりないみたいだった。
そりゃそうか。後ろから野次飛ばしてるだけだもんないまの俺。
「んじゃ行くか」
「でも準備ってなにするの?」
「別になにもないよ。お前らに注意しておきたいことがあっただけだ」
「なんですか」
「あいつらの前では例の転生者のことは話さないでくれ」
「なんで?」
「俺たちがそいつのこと知ってたらおかしいだろ。軍の連中も魔力を奪ってる男がいるって情報くらいは掴んでるけどそれが転生者とまではわかってないんだ。俺が転生者だってこともユアリィたち以外の誰かにもばらすなよ」
受付嬢たちに聞こえないよう小声で話す。アイリスは間の抜けた顔で天井を見上げながら曖昧にうなずいた。ナーガもうなずいてはいたがその寝ぼけた顔でどこまで理解できているかは怪しい。とりあえず余計なことを喋らなければそれでよかった。
「とりあえずあいつらの相手は俺だけでするから。お前らは休日気分でのんびりしててくれ」




