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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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朝日に光る

 翌朝、ちょっとした用事を済ませるために三人と別行動を取っていたユーリは少し遅れて彼女たちが集まっている案内所までやってきた。


「あ、いらっしゃいませ……」


 そこへカウンターからあきらかに言い慣れてなさそうな口調で受付嬢が迎えの挨拶をかけてくる。はじめて見る顔だった。


 頭を下げて当たり障りのない挨拶を返し、ユーリはすぐにロビーの一角に座っていた三人を見つけた。だが押し黙ってさっきまでなにかを話していた雰囲気もなく、ナーガは姿勢を正したまま眠たげな顔でどこかをぼんやりと見つめ、アイリスは退屈そうにあくびを漏らし、ヴィオラは興味深そうに案内所の中を見回していた。


「お待たせ」


「待ってないわよ別に」


 三人のところまで行くとアイリスが頬杖を突きながらむすっとした様子で言う。先に依頼がないか訊いておいてくれと頼んでいたが、この感じだと答えは聞くまでもなさそうだった。


「だめだったみたいだな」


「見ての通りだよ」


 ヴィオラがカウンターの方を顎で示す。そこにはなにも張りだされておらず形式的に立ったままでいた受付嬢が気まずげに苦笑いをしていた。こっちが居座っているので向こうも引っこめずにいるようで、彼女はこちらへなにか飲み物はいるかと訊ねてきたがユーリは首を振って断った。


 一応料理も注文できるみたいだったが、長いあいだ誰も利用しなくなっていたせいかテーブルの隅に立てかけてあるメニュー表には記された料理名の横にどれも品切れ中のラベルが貼られていた。


「昨日から気になっていたが、まさかギルドが冒険者で溢れているのは漫画の中だけの話なのか?」


「ここだけだよ。それにギルドなんて言い方もしない」


 期待していた展開とは違ったのかがっかりしていたヴィオラにため息混じりに答えながら席に着く。


 昨日は依頼を取り寄せてみますと前向きな回答を得られたものの、やっぱりアンスリムみたいな片田舎では住民に危害を及ぼすような魔物の脅威も人が立ち入れないような魔物の巣窟もどこか遠い世界での出来事だった。


 町の周辺ではかなりの範囲まで魔物の駆除が済んでおり突発的な依頼もその大半が隣町のカクテュスの管轄で、どうやらこの町では魔物討伐で生計を立てていくことは逆の意味で難しいようだ。


「そういえばヴィオラって昨日なにしてたの」


 退屈しのぎといった感じで指先に髪の毛を巻きつけながらそれほど興味もなさそうにアイリスが訊ねるとヴィオラはよくぞ訊いてくれたとばかりに鎧の上から胸をとんと叩いた。


「ずっと公園で歌っていた。ああ、もちろんアイドルとしての歌だぞ」


「一人で?」


「そんなわけないだろう。ちゃんと観客はいたさ。もっとも、集まってくれたのは子どもたちばかりだったが」


 やけにうきうきした様子で出かけていったと思えばそんなことしてたのか……。


 昨日の出来事を思い返すように目を閉じて余韻に浸っていたヴィオラがそっと微笑む。


「子どもは可愛いものだな。清らかで無邪気で、嬉しそうにわたしへ声援を送ってくれていたよ。結局途中から鬼ごっこをすることになってしまったがいい癒しになった」


「子ども好きなんだ」


「ああ、大好きだぞ。里を出る前はアイドルになろうか歌のお姉さんになろうかしばらく悩んだくらいだ。ヴィオラお姉ちゃんと純粋な笑顔で抱きついてわたしを取りあいしてけんかしている男の子たちを見ていると、なんというか、こう……母性がくすぐられる」


「ふーん……エルフもいろいろあるのねぇ……」


 満たされたような笑顔で胸に手を当てながらほうっとため息をつくヴィオラは少々危なっかしいオーラが出ていたが、アイリスは特に気にした様子もなく素っ気ない感想を漏らしただけで枝毛探しに夢中になっていた。


「今日も自由行動にするか? わたしはそれでも全然構わないぞ」


「だめ。絶対お金稼ぐ」


 そうしてぼんやり予定を考えていると意外にもアイリスが殊勝な言葉を口にしていた。それまで無関心を貫いていたナーガすらも驚いた顔で彼女を見返していた。


「どうしたんですかアイリス。ぐうたら人生を歩むと愚かしくも熱烈に意気込んでいたあなたはいったいどこへ」


「言ってないから! なんなの、一言あたしを貶めないと健やかな一日を送れない魔法にでもかけられてるの!?」


「ですが真っ先にさぼろうとするじゃないですか」


「だってお金稼がないとまた昨日みたいなことになるんでしょ!?」


 さっきまでアンニュイな面持ちだったのに急に語気を荒げたかと思えばアイリスは怒りの矛先をこちらへ向けてきっと睨みつけてきた。


「なんだよ、やっぱ敷布団じゃないと落ち着かないか? 悪いけどそんな文化この世界にはないからな」


「ちっがうわよ人数よ人数! なんで二人部屋に四人で泊まらなくちゃならないのよっ! おかしいでしょ! そんなホテルないから! 法律でちゃんと定員数決まってるから!!」


「ああ、そっちか」


「わぁってて言ってるでしょ! あんたそれ絶対わぁってて言ってるでしょ!!」


 三人部屋は高かった。幸いにも二人部屋だろうと一人部屋だろうと料金さえ払えば何人だって泊めてもらえるが、さすがに倍の数で泊まるとなると窮屈さは否めずアイリスはヴィオラと一緒のベッドで眠るはめになっていた。


 彼女によると今朝起こしたときに床で寝ていたのも決して落ちたわけではなく寝返りも打てない狭さに我慢できず自分で下りたのだとか。訊いてもいないのにわざわざそんな説明を早口でしてきたのは彼女いわく勘違いをされたくないからで、夜中に落下音とアイリスの小さなうめき声を聞いたのもきっとユーリが見た夢の中での出来事なのだろう。


「すまないアイリス……どうかユーリを責めないでやっておくれ。悪いのは急に同行を申し出たわたしなんだ」


「あ、いや……別にヴィオラを責めてるわけじゃ、ないけど……とにかく! あたしは一人で寝たいの! ただでさえユーリくんが一緒で落ち着かないっていうのにこんなんじゃこの先ストレスだらけで胃に穴が空いちゃうよ! こんなのあんまりでしょ!? まともな生活しようよ!」


「がーがー寝てたじゃん。それに言わせてもらえばこっちだってお前のくそつまらない話につきあわされて眠気堪えるの大変なんだぞ」


「そういうほんとに心に来る文句は言わないでよぅ! もうなんなのなんでそんなこと言うのいま関係ないじゃん今日は面白い話するから嫌がらないでよー!」


「寝ろよ……」


「ナーガと同じように床で寝ればいいじゃないですか。広々としていて誰にも邪魔されないですよ」


「も、もうやだ……なんなのこの人たち……ほんっとわけわかんないっ……」


 今日もあえなく撃沈したアイリスがテーブルに突っ伏して大声で泣きだした。受付嬢は心配そうにこちらへ気遣わしげな視線を送っていたが、なんだかこんな風景を見ているとあまりの緊張感のなさに意気揚々と戦いに向けて準備をしている例の転生者が憐れになってくる。


「ところでユーリはなにをしてたんだ?」


 泣き伏せるアイリスの肩に手を置いて慰めていたヴィオラが気がついたようにこちらへ振り向いた。


「武器のカタログをもらいに行ってたんだ。俺もなにかしら戦えるようになろうと思って」


 そう言ってユーリは内ポケットから四つ折りにした紙を取りだした。


 けれど武器や防具をメインに売っている店は見つけることができず、ユーリが探す刀剣類は調理器具や工具といった金属製品全般を取り扱っている金物屋の片隅にひっそりと置いてあった。


 もう少し討伐業が盛んな町であれば中古品が売っている店を見つけることもできたのだろうが、この町ではそういった職業に就いている者自体がいないせいか武器を置いてある店もとても少ないようだ。その店に置いてあったのも何年も前につくられたものだと店主は話していた。


「魔王様、そんなことをなさらずとも降りかかる火の粉はすべてナーガが払います」


「指咥えて眺めてるわけにもいかないだろ。それにいつまでも丸腰のままいるわけにもいかないし」


「……武器っていくらくらいするの」


 目尻に涙を溜めながらアイリスが咎めるような口調で顔を上げる。


「安いのでも数万はするな」


「……まさかそれ買うとか言わないよね。頑張ってお金稼いだのにユーリくんの一存で使い道決まったりなんてしないよね」


「わかってるって、大丈夫だから、心配しなくていいから。生活費優先だろ?」


 ドレスの袖で涙を拭いながらこくりとうなずく。他の職業と違って最初から自分ですべて仕事道具を揃えなければろくな依頼すら受けられない。そりゃ魔導術を使えない大多数の一般人はわざわざ討伐業に就こうだなんて思わないよな。


 そうしてアイリスはもどかしげにため息をつくと、ふと思いついたようにヴィオラへ振り向いた。


「あ、ねえヴィオラはお金持ってないの? ちょっとジャンプしてみてくれない?」


「ヤンキーですかあなたは」


「お前がそれ言うのあり得ねえだろ」


「……申し訳ないがわたしもお金なんてほとんど持ってないんだ。歌を披露したときにおひねりをもらうことはあったが小銭ばかりだ」


「いままでどうやって生活してたの」


「森に入れば一応は暮らしていける。これでもエルフなのでな」


 食料も見つかるし魔物の危険を遠ざけながら夜を越すこともできる。さすがは森の賢者たるエルフといったところだが、きっとその暮らしぶりはアイリスには我慢ならないほどに質素でささやかなものなのだろう。エルフは多くを求めない。


「ああ、みなさん。よかった、お集まりだったんですね」


 しばらくのあいだ今日の予定も立てられないまま素材集めをするしかないのだろうかとカタログを読みながら考えていると、不意にカウンターの方からいつもの受付嬢が顔を覗かせた。


 彼女は後ろへなにかを伝えると一旦引っこんでスタッフルームに続く扉から出てきたが、なぜかその後ろにはユアリィのルルーナの二人もいた。

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