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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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疾風のグリードドラゴン

「あー! ナーガちゃんそっち行ったんだってばー!」


「遅いですよもう行ってしまっているじゃないですか」


「あ、ほらあっちにもいるから早く早くっ」


「ではナーガがこちらから回りこみますのでアイリスは反対側から」


 大騒ぎをする二人の声とどたどたと縦横無尽に駆けまわる足音が森の中に響いていた。木陰に座ってその様子を見守っていたユーリは小さくため息をつこうとして咳きこんだ。


 目の前をワニほどもある大きさのトカゲが目にも留まらぬ速さで横切っていき土煙が上がって草花がふわりと揺れる。そのあとにやってきたアイリスがユーリの前で立ち止まると膝に手を突いて苦しそうに肩で呼吸をしていた。


「な、なんなのあれっ……全然想像と違うっ……しかも気色悪いしっ……」


「厄介な魔物って言っただろ……」


 グリードドラゴン。その生態は雑食でとても臆病な性格だということが知られていた。


 とても食欲旺盛で寝ているあいだも食事を続け畑の作物などを食い荒らすため農家にとっては天敵とも呼べる魔物だ。深緑と茶色のまだら模様に覆われた甲殻は硬く、生半可な刃物は通さない硬度を誇るもののその裏側にある腹は柔らかかった。


 人の足音などを聞きつけるとものすごい速さで逃げていき、記録によれば馬よりも速く走った個体もいるとかいないとか。彼らは群れで行動しており一定数減ってしまうと他の集団のもとへと去ってしまうので年に何度か大々的な討伐依頼が実施されていた。


 距離もさることながら体調が悪いこともあってユーリたちは馬車を使ってここまで来ていた。乗せてくれたのはちょうどカクテュスへ向かう予定だった商人集団だ。とても気のいい連中でもしもの場合は護衛を手伝うという条件でただで同行を許可してくれたのだった。


「すみません魔王様、少々手こずってしまっております」


 戻ってきたナーガが森の向こうへ目を凝らしながらもどかしげに言う。二人であの連中を捉えるのは簡単なことではなかった。


「みんなはどうやってあれを倒してるの?」


「魔導術だよ。ソリテールバインドってのがあれば楽なんだけど……」


「あたしに使えないの、それ」


「紋章陣がないだろ……」


 いまのところはこの森に生えている草木を食べているようだがもうしばらくしたら苗植えや種まきがはじまる。この依頼が出されているのもそのためだ。だからあまり時間をかけていたら完遂不可能と見なされ別の誰かに回されることになるだろう。そうでなくても既に残金が数千ディールしかないため絶対に今日中に終わらせなくてはならない。


「さっさと追いかけてこいよ。まだ一体も倒してないじゃないか」


「そっちは見てるだけのくせにえっらい言いようね……」


「エーデルワイスの力を使えば足止めくらいはできるんじゃないのか? そのすきにナーガが仕留めろ」


「うまくできるかわかんないよ?」


 アイリスはそう言うと二人から離れてそーっと聖剣を抜いた。時間はかかっているが昨日よりは多少その抵抗感も薄れているらしい。あくまでも、ごくわずかだが。


「お待ちください魔王様。万が一取り逃してしまえばあの魔物がここからいなくなる可能性があります」


「仲間と固まって動く奴らだから分断すれば問題ない」


「ですが……少々時間をかけてでも確実な方法を取らないと魔王様が……」


 がさがさ。どこかで草木を食べ漁るグリードドラゴンの気配がしていた。あれだけ大騒ぎをしていたというのにまだこの辺りをうろちょろしているらしい。ユーリは痛む頭を押さえながら二人を見上げた。


 ナーガの言うことにも一理ある。たった二人ではうまく分断できるかどうかもわからないし取り逃してしまえば大変だ。本気で逃げられたらまず追いつけないだろう。


「……真面目に作戦を立てるか」


「なにかいい方法があるの?」


「俺がおとりになる」


「……ん?」


「あいつら一応人も食べるんだ。道端で死んだふりをしてればそのうち近づいてくると思う」


「え、そうなのっ……? てっきり人は襲わない魔物なのかと思ってた……」


「生きてることがわかればすぐ逃げてくよ。わざわざ襲ってくるほどの度胸はない」


「そんなことを魔王様にさせられません。死んだふりならナーガがやります」


「すぐ逃げるって言っただろ。おとり役は動いちゃだめだ。ナーガは遠くの物陰に隠れて石かなにかを投げてくれ。絶対に俺に当てるなよ」


「わかりました」


「あたしは?」


「アイリスはグリードドラゴンの誘導だ。警戒させたくないからエーデルワイスは使わなくていい」


「オッケー」


 そう決まるとユーリは重い腰を上げた。この辺りには人がいると向こうも知っているだろうからもう少し場所を変えて作戦開始だ。


 アイリスと別れ適当にグリードドラゴンがいそうな場所と距離を取りつつ手頃な通り道を見つける。茂みがところどころ横道を塞いでいて一応の一本道になっている。ここがよさそうだ。


「じゃあこの辺で死んでるからナーガは向こうで隠れてて」


「わかりました」


 うなずいたナーガが周りに落ちてある石ころを拾いながら歩いていく。そうして茂みにばさりと入って身をひそめた。


 遠くで口笛を鳴らすような鳥の声が小さく響いている。静かな森の中でユーリは仰向けに倒れた。


 徒歩よりはましなものの長時間馬車に揺られていたせいか熱が上がってとても頭がぼーっとしていた。身体の節々と頭の痛み、それに加えて咳をこらえなくてはならないので見た目以上につらい状況だ。


 森の向こうからは時折アイリスの大声とどたどたと地面を走り回るドラゴンの足音がしていた。けれどうまく誘導ができないようでその足音がこちらまでやってくることはなく太陽はもう既に真上を通り過ぎていた。


 やることもなく苦しい時間が続きげんなりする。いまこうしているあいだにも例の転生者はどこかの町で魔力を奪っているのだろうか。


 あの男を止められるかどうか、その自信はあまりなかった。ユーリの考えている通りならあの男は少しずつアンスリムへと近づいてきているのだろう。その事実に彼女たちが気づいてくれれば大勢の魔導士を集めて迎撃することができる。


 奴にその魔導士たちの魔力を一気に奪う力があるかどうか。最初の問題はそれだ。もしそれがクリアできるなら魔導術の一斉攻撃だけで終わらせられるかもしれない。ただ、そんなことは充分わかっているだろうしあまり期待はできなかった。


 それがだめならアイリスの出番になる。まさか向こうもこちらにもう一人の転生者がいることは知らないだろう。活路はその辺りにあった。


「そっち行ったかもーっ!!」


 森の向こうから届いたアイリスの声で足音に意識を集中させた。耳を澄ませていると慌ただしく駆けてきたグリードドラゴンがユーリより少し手前で急に立ち止まり様子を窺うようにグルルルルと喉を鳴らしている。


 ふっ、お前に見破ることができるかな。


 息を止めながら全身の力を抜いてだらしなく空を見上げ、ユーリは渾身の死んだふりを仕掛けていった。なにせ実際に一度死んだ身だ。生の記憶しか持たない魂には看破不可能な死にっぷりだろう。なにやってんだ俺とか考えてはいけない。


 そうして相手の警戒心をなだめていると次第にグリードドラゴンがそろりそろりと足音を忍ばせてそばにやってくる気配がした。森の切れ間から見える空にグリードドラゴンの顔面が重なり二又に分かれた舌をちろりと覗かせる。


 その瞬間、風を切って飛来した拳ほどの石が顔面に突き刺さり重く鈍い音を立ててグリードドラゴンを吹き飛ばした。即座に立ち上がって、けれど不意に目眩がしてよろめいていると茂みから飛びだしてきたナーガが駆け寄ってきた。


「魔王様っ……」


「俺はいいから、そいつを仕留めろっ……」


 グリードドラゴンは腹を出して仰向けに倒れており、ぴくりとも動かなくなっていたが死んでいるわけではなかった。甲殻にはわずかな傷しかついておらず気絶をしているのだろう。ナーガは小さくうなずくと心臓を狙って腹の上から殴りつけた。


 口元から少量の血が溢れ、ドラゴンがびくんと身体を痙攣させると微かに上下していた腹が徐々にその動きを止めていった。なぜだかこういう殺し方が一番心に来るような気がする。


 ともかくまず一体だ。こんなのをまだ十回近くこなさなくちゃならないと思うと気が滅入るが地道にやっていくしかない。


 どっかりと大樹に背を預けて座りこんでいると戻ってきたアイリスがグリードドラゴンの死体を見てドン引きしていた。


「うっわぁ、死んでる……なんかかわいそうになってくるね……」


「よせよ、作物を荒らす害獣とでも思わないとやってられなくなるから……」


「どこかに運んだ方がよさそうですね」


「……そうだな。そしたらもう一度だ。アイリス、残りの奴らがどこにいるかわからないか……?」


「え、うーん……」


 聖剣に触れながらちらりとこちらに目を向けた。そのまま感触でも確かめているのかじっくりとユーリたちの足元を見つめながら森の向こうへと振り向いていく。


「……たぶん、あっち。とりあえず行ってみる」


「頼む」


 そうしてアイリスはやってきた方へ戻っていきナーガはドラゴンを担いで歩いていった。

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