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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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夢見がちなお姫様

 一応妖精灯の明かりがついているので無人というわけではないらしく、テーブルのあいだを縫ってカウンターまで進みベルを鳴らしてみると奥から驚いたように返事をする女の声が聞こえ足早にこちらへやってきた。


「お待たせしましたっ。あ、あのー……お仕事をご希望される方、ですか……?」


 そうして現れた二十代前半ほどの若い受付嬢が呆気に取られた顔でユーリたちへ訊ねてくる。ブラウンの髪を丁寧に結わえた誠実そうな美人だった。


「はじめて来たんだけど」


「はあ……それでしたらこちらの書類に目を通していただきまして必要事項にご記入をお願いします。お連れ様は?」


「こいつらもはじめてだ」


「かしこまりました」


 そう言ってうなずくと受付嬢は三枚の書類とペンを三本こちらへ差しだした。名前と性別と年齢。それから過去の案内所での経歴や使用できる魔導術の有無、討伐したことのある魔物の種類やどの程度の依頼を希望するかとかそういったことを記す項目が書かれてある。ユーリは一旦それらをナーガに渡すと女に向き直った。


「いまここで受けられる仕事ってなにがあるんだ?」


「そのことなんですが……実は、いまのところお客様のご希望に沿える依頼をご紹介するのは難しいかもしれない状況で……」


 女が申し訳なさそうに表情を曇らせる。カウンターの横には掲示板がかけられていたがその言葉通り依頼書の類は一枚もなくすっからかんだ。


「え、あの……魔物がいないってことですか……?」


「いえ……探せばそういった討伐対象の魔物は見つかると思うんですが、数年前からぱたりと魔物の活動が落ち着いておりまして駐屯している魔導士だけで手が足りているんですよ」


「そうですか……」


「魔王がいなくなっている影響かと……お仕事を希望される方もいらっしゃらなくて、当案内所にお客様がいらっしゃったのもとても久しぶりなんです」


「……」


 ちらりとアイリスがこちらを見つめてきているような気配を感じた。余計なことを言われる前にユーリは愛想笑いを浮かべた。


「……とりあえず登録だけさせてもらってもいいですか?」


「はい、もちろんです」


 そうして二人の背中を押してカウンターから少し離れた席に腰を下ろす。するとさっそく顔を寄せながらアイリスがひそひそと囁いてきた。


「ね、ねえ……ユーリくんって魔王だったんだよね? いないってどういうこと?」


「言っただろ、世間は俺が魔王だったことなんて全然知らないんだよ。それに魔物たちが暴れないように抑えつけてたせいでいままでずっと魔王がいなかったって思われてたんだ」


「どうやって……あ、それも魔法で?」


「いまはそれもなくなったからそのうちまともな依頼を受けられるようになるとは思うけど……しばらくは厳しいかもな」


 書類に記入していたユーリは憮然とした顔でため息をつき頬杖を突いた。この町を歩いていて魔物討伐を生業としてそうな者の姿を見なかった。思っていた通りこの数年のあいだにこういった案内所は完全に形骸化しているらしい。場所によってはまだ依頼を受けられる町も残ってはいるのだろうがアンスリムは周囲に魔物の潜む場所も少ない比較的安全な町だ。


 けれどそれでも案内所が運営を続けているのはここが国営だからだ。魔物討伐を請け負い生計を立てる者たちというのは基本的に定職に就けず仕方なくそうしているだけの最下層の人間であり、そういった者たちに対する一種の救済策でもある。


 ナーガの言う高額な報酬を手にできるのはごく一部の魔導術に心得のある者だけで、大半の者たちはそういった依頼には手を出せず素材集めなどの誰でもできるような仕事で日銭を稼ぐ生活をしていた。空き缶を拾い集めて小銭に換金するのとだいたい同じ扱いと考えていい。そういうのは来ればかならず受けられる依頼の一つだが万が一魔物に襲われる危険性を考えればまじめにバイトでもする方がよっぽど建設的だった。


「ねえナーガちゃん、これどこになにを書いたらいいの?」


「そこはあなたの名前を書くところです。ちゃんとこちらの文字で書かないといけませんよ」


「えぇ……書いてもらっていい? こっちの字知らないの」


「……それはいいですが、アイリスは姓をなんと名乗るつもりなんですか」


「アイリスなんとかかんとかって名乗ればいいんだよね……えぇっと……なににしたらいいんだろ」


「知ってる名字にすりゃいいじゃん。カトウでもササキでも」


「……アイリスに合ってなくない? 急に日本名だと」


「そんな疑問抱く奴はいない」


「ではササキで構いませんね」


「ちょっと待って……えっと、じゃあ……アイリス……アイ、リス……」


 響きをたしかめるように小さく呟きながら考えるアイリス。


「えーと……うん、決めた。じゃあ、アイリス・ブランシュネージュにする」


「あとで変えられませんよ」


「うん、それでいいよ。ちゃんと書いてね」


「……なあアイリス、それもしかして真剣に考えたのか?」


「え?」


 ナーガの手元を見ながらにこにこしていたアイリスがきょとんとしてこっちを見た。その顔がぼっと赤くなり急にわたわたと手を振りながら首を振る。


「う、ううん違うよっ? 響き的に合ってそうだから、それにほら言いやすい名前だと自分で言ってても違和感ないかなーとかそういう理由っ。変に噛んだりして怪しまれても嫌でしょっ? 別にブランシュネージュじゃなくてシュークリームとかモンブランとかそういうのでもいいかなーって思ったけどそれだとお菓子だからっ。なんだったかなーブランシュネージュもなんかの意味があったような気がするんだけど忘れちゃったなー! たぶん別にたいした意味じゃなかった気がするけど! それもお菓子じゃないかなぁ!!」


 ものすごく早口でそう捲し立てるとアイリスは顔を真っ赤にしたまま『やだなーもう』と大げさに笑っていた。声が大きすぎて受付嬢が怪訝な顔をしていたがなにも言わずに聞こえないふりをしていてくれていた。


「なんかそこはかとなく深い意味がこめられてそうだな……」


「ないない。ぜーんぜんないって。考えてみてよ、あたし十八だよ? 仮にも大人一歩手前なのにそんなメルヘンチックな名前つける人いると思う?」


「メルヘンチックなんだ、ブランシュネージュって」


「や……あの、違うからっ……! 知ってただけ! たまたま、そういう単語をたまたま知ってただけってそれだけの理由だから! ササキでもいいんだよ雰囲気に合ってたなら! て、ていうか仮にだよ? もし仮に意味がこもっててもよくない別にっ? むしろ意味なく名前つける方が難しくない!? あたしそんなに変かなぁ!? だいたいユーリくんはなんて名乗ってるの!?」


「ホワイトガーデン」


「ほらー! ユーリくんだって人のこと言えないじゃん! なによホワイトガーデンって白い庭!? なんで英語なのよっ!」


「……え、ホワイトガーデンって英語なのか?」


「はい出たでたー! そーんな白々しいうそついたってばればれなんだから!」


「いや、俺が知ってる英語なんて保育園児レベルだぞ? ハローとかドッグくらいしか知らないよ。その辺りで死んだんだから」


「っ……じゃ、じゃあなんでそんな名前なの……」


「住んでた家の前に白い花が咲いてる庭があったからじゃないかな。育て親がつけてくれたんだ。なんで英語知ってるのかわかんないけど」


「ふ、ふーん……」


「ようやくすっきりしたよ。けっこう適当な理由だったんだな、お前と違って」


「いや、だからっ……」


「まあいいんじゃねーの。どっちにしてもそのうち考えといた方がいいことなんだしさ」


「覚えてたらちゃんと本名名乗ってたよ? 忘れてて思いだせないから仕方なくそれにしてるってだけであたしは別に──」


「わかったよ、もう充分埋まれるほどの墓穴は掘っただろ。俺が悪かったって。いい名前じゃん」


「っ……」


「ではアイリス・ブランシュネージュ……と。あとはこちらで適当に埋めておきますよ」


「墓穴なんて掘ってないからっ」


「記入欄の話です」


「あ、ごめん……うん、お願いナーガちゃん……」


 そうして顔を赤くさせたまま読めもしないのにテーブルの端に立っていたメニューを手に取って一人で相槌を打ちながら素知らぬ顔をする。アイリスって名前も本当に適当につけたのかどうか怪しくなってくる。常識人みたいなふりをしているが生前の彼女は意外とその手のものが好きな少女だったのかもしれない。


「あの、でも、どうするの……? お仕事ないんだよね……?」


「困りましたね」


「方法がないわけじゃないよ」


「どうするの?」


「魔物を探して勝手に討伐するんだ。あいつらは体内にフェアリー結晶を持ってるから強力な個体を倒せばそれなりの金にはなるんだよ」


 ただ店で売られている結晶は加工されたものであり、魔物から採取した原石の状態では加工済みのものよりも値段がかなり落ちる。正規の手順で依頼を受けないと苦労に見合わない仕事になるのは間違いないがいまは文句を言っている場合ではなかった。素材集めなんて運よくいいポイントを見つけでもしない限り三人がかりでも一日で頑張って二万ディールというのが関の山だからだ。


「さっそく明日から魔物を探しに行こう。ほとんどナーガ頼りになっちゃうけど……」


「いいえ、お気になさらないでください。魔王様のお手を煩わせるまでもありませんから」


「……悪いな」


 そうして話もまとまり登録書の必要事項をすべて埋め終わるとそれを持ってカウンターまで戻った。だがそれを受け取って目を通した途端に受付嬢が微かに眉をひそめてしまう。怪訝に思いながら反応を待っていると女はなにも言わずに最後の欄まで読み進め、そこで困り顔をつくってこちらを見た。


「あの、ホワイトガーデン様にご確認させていただきたいんですが……」


「なんだ?」


「こちらの魔物討伐の経歴についてなんですが……これまでにどこかの案内所でお仕事をされていたことはございますか?」


「ないです」


「申し訳ありませんがなにか身分を証明できるものはお持ちでしょうか……?」


「……え、身分証がいるのか?」


 そんなもん持ってる奴の方が少ないぞ。これまでに倒したことのある一番手強かった魔物の名前を書いたせいかと考えていると思い悩むような顔でカウンターを見下ろしていた女が顔を上げる。


「……実は、別の町にある案内所などで転生者の名前を偽って登録しようとされた方がいらっしゃいまして……こちらの注意事項にも記してあるのですが、規則として危険度の高い魔物討伐の依頼は段階を踏んで実績を積まれた方でないと安全上の理由からご紹介することができないんです。ホワイトガーデン様はこれまでに案内所でお仕事をされた経験がないということでお伺いさせていただきたいんですが……こちらにご記入された魔物はいつ討伐されたんですか?」


「それは……二年ちょっと前にジサイアとキンリマーの途中だったかな……?」


「……というと、十四歳のときにですか?」


「そうですけど」


 女が指さしているのはインビジブルマーディアという魔物のことだった。それは主に湿地帯に生息しており周囲の地形に擬態して獲物が近くを通ると素早く襲いかかり食らいつくという肉食の魔物だ。擬態の規模が並の動物を凌駕しておりユーリが出会ったときも大きな沼かと思ったら丸ごとインビジブルマーディアだった。怒ると身体に炎をまとうらしいが怒った姿は見てない。あと猛毒の体液を吐く。


「失礼ですが……魔力を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「……いま?」


「はい」


 疑われている。


 そういう気配がまざまざと感じられた。魔導術使えないって書いておけばよかった。ユーリは小さくため息をつくと観念して首を振った。


「すみません、うそつきました。本当はタロウ・タナカといいます」


「待ってください。こちらにいらっしゃるのは──」


「いいよナーガ、仕事がもらえるんならどうでもいいんだ。いいんですよね?」


「はい。ではこちらの内容で登録させていただきますが……くれぐれも虚偽の申告をなさらないようにお願い致します。お客様の安全と報酬の審査にも関わってきますので」


 早くも信頼を失ってしまったようだ。表面上は親切な態度だがあまり印象はよくないのだろう。女は三人の登録書にハンコを押していくとにこやかに笑みを浮かべた。


「それでは登録証を発行致しますのでおかけになってお待ちください」


「いや、明日また来たときに受け取るよ。今日は帰るから」


「かしこまりました。では受付の者に伝えておきますので申しつけてください」


 もう夜で受けられる依頼もない。今日のところはどこかで一夜明かすことにしてユーリは二人に促した。


「そういえば、一つだけ教えてほしいんだけど」


 書類をまとめて奥へ引っこもうとしていた女がその呼びかけに振り返る。


「はい?」


「ユーリ・ホワイトガーデンっていままでに何人かいたのか?」


「……何人もです」


 にこりと笑顔を浮かべながら答える。ユーリは呆れ混じりに鼻を鳴らして案内所をあとにした。

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