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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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泡のように

「ぶひ……(ユーリ……)」


 表情が消え呆然と後ずさったアフェットが地面の起伏につまづいて尻もちをつく。言葉を失ってこちらを見返すアフェットを冷たく見下ろすユーリへ殺意さえ感じられるいくつもの眼差しが突き刺さった。


「ぶひ……ぶひっひ(お前……いまなにを言った)」


「ぴぎーぶひっひーぶひっ!!(世話になったアフェットまで貶めるつもりかっ!!)」


「ぶ、ぶひん……ぶひっ……ぶひっひんっ……!(や、やめてみんな……ユーリはっ……ユーリはただっ……!)」


「ぴぎゃー! ぶひぶひぶひっ!(逃がすな! このまま無事で帰すなっ!)」


 途端にオークたちが声を荒げ辺りが騒然となっていく。興奮した一人が石ころを投げつけユーリの頬を掠めていった。アフェットは数人の仲間たちに押さえつけられどこかへと連れていかれてしまう。


「ね、ねえっ、どうなったの……なんで怒らせたのっ……?」


 格子に掴みかかりながら少女が訊ねてくる。怒っているで済めばまだいい方だ。確実に無事では帰れそうにない剣幕があちこちで飽和している。ほんの少しのきっかけさえあればすぐに決壊してしまうひびだらけのダムを見ているような気分だった。水はそこから漏れだしてはいるが、それ以上に降り注ぐ雨は勢いを増していた。


「ナーガ、逃げるぞ」


「この女をおとりにするわけですね」


「えっ!?」


「ばかかっ、檻ごと担いで逃げるんだよっ!」


「そういうことでしたか」


 ちらりと後ろを振り返る。普段は熊などの大型の動物を捕獲するときに使っているのか見上げるほど大きな金属製の檻は頑丈でとてつもなく重そうだった。けれど、本気を出したナーガなら。


「無理ですね、この女のことは忘れましょう。人は嫌な記憶を忘れ去れる生き物だと聞いてます」


 前に向き直りながらあっさりと言い放つ。とりあえずといった様子で杖を構えるとオークたちは警戒したように武器を携え小声で仲間と合図を交わしていた。


「そういう意味じゃないだろ……」


「ちょ、ちょっと待ってよっ……! 置いてかないでっ!!」


「その剣で追い払えないのか?」


「つ、使い方わかんないのっ、お願い、ねえお願いっ、あたしまだ死にたくないよぅっ……!」


 手を伸ばしてユーリの服の裾を掴みながらあっという間に声が涙混じりになり少女はえぐえぐと泣き喚いていた。


「大丈夫だって、置いていったりしないからちゃんと剣を持っててくれ」


「う、うんっ……」


 涙を拭いながら危なっかしい手つきで剣を握るとオークたちは気圧されたようにたじろいでいた。やっぱりこの剣には魔物に対してなにかしらの効力を発揮しているらしい。けれど抑止力になっているわけではなく真の能力を引きだせてはいないのだろう。最初からないものだと思っておいた方がいい。


 ユーリはポケットに手を突っこむとフェアリー結晶を取りだした。本当ならイフの森でもしもの場合にと買っておいたものだが他に方法がない。


 この小さな石の中には凝縮されたフェアリーが大量に含まれており砕けるほどの衝撃を与えることで一気に励起させることができる。周囲に漂うフェアリーと違う性質を持った結晶でなら殻が安定状態へと遷移する作用を使って瞬間的に強烈な光を放出させることができた。


 だが、それをナーガに杖で叩き割らせようと思っていた矢先にオークたちがなにやらざわつきはじめていた。こちらを睨みつけたままではあったもののふごふごと鼻をひくつかせ、不意にユーリたちから目を離し村の入口があった方へと顔を向ける。


「ぶひひ?(村長じゃないか?)」


「ぶひ、ぶひっひー!(村長だ、帰ってきたみたいだぞ!)」


 途端に歓喜の声が挙がり数人のオークたちが慌ただしく村の入口へと駆けだしていった。


「ね、ねえ、どうしたのっ……? なんて言ったの……?」


「……ナーガ、合図を出したらこの結晶を杖で叩き割ってくれ。それで強い光が出る」


「わかりました」


 村長とやらが戻ってきたところでうまく逃げるしかない。オークたちが騒いでいるすきにナーガへそう伝えていると声と共にどすどすと地面を踏み鳴らす足音が微かな地響きを連れて戻ってきた。


「ぶっひひ! ぶひぶひぶひっひ……!(こっちです村長! 彼らなんだか不気味な剣を持っていて……!)」


「ぶひぶひ、ふごふごぶひ(みんな下がってくれ、ここは私が引き受ける)」


 集団の向こうからそんな声が届くとユーリたちを囲んでいたオークたちが道を空けていく。そこから現れたのは周りにいた連中よりも一回りほど体格の大きなオークだった。

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