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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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死者の還る場所

 案内されたのはベッドが四つ置いてある大きな客間だった。オークは人間と比べて一回りほど体格がでかいのでベッドはもちろん置いてある家具もなにからなにまで一回りほど大きかった。


「ご覧ください魔王様、このベッドとてもふかふかですよ」


 鞄を置いてマントを外したナーガがベッドに座りながら言う。その身体は大きく沈み腰がほぼベッドに埋まっていた。


「……それベッドのせいだけじゃないだろ」


 忘れがちだけどそういえばナーガってめちゃくちゃ体重あるんだったっけ。オークの家だというのにさっきも廊下を歩いていたときに住人を差し置いて床を軋ませていた。


「ナーガはこう見えてけっこう重いんです」


「実はものすごく筋肉質だとか?」


「筋肉があると重くなるんですか」


「多少な。お前のはちょっとあり得ないレベルだけど」


「一族の秘術が関わっているんだと思います」


「どんな秘術なんだよ……」


 丁寧に整えられたベッドシーツは柔らかく、さっきまで干していたのかほのかなぬくもりと一緒にいい香りがしていた。カーペットを敷いた床の上にも埃一つ落ちておらずやり過ぎなほどに掃除が行き届いている。オークはきれい好きと聞いていたけどここまで徹底しているとは思わなかった。


「ちょっとしたホテルよりずっと豪華な部屋だな」


「ナーガ反省してます。オークってとても素晴らしい魔物なんですね。見ず知らずのナーガたちにここまで親切にしてくれるなんてとても清らかな心を持ってなければできません。この毛布のように」


 ナーガはうまいのかうまくないのかよくわからない言葉でアフェットをべた褒めするとどこか安心したような表情で布団に顔をうずめて目を閉じていた。


 宿泊代は受け取らず、せめてなにか手伝いをさせてほしいと申し出てみても聞く耳を持たなかった。むしろ子どもが遠慮するものじゃないと怒られたくらいで彼女は部屋でゆっくりするように言い二人を置いてキッチンで夕食をつくっている。本当にこちらのことを家族のようにでも思っているのだろうか。


 なんにせよこれで明日に備えてぐっすりと眠ることができそうだ。とてもあたたかなもてなしで気が抜けてしまいそうになるがこれから向かう先はそこら中に死の危険が落ちているイフの森だ。緊張感まで忘れないようにしないとな。


「ぶひぃぃぃぃん(いらっしゃい、ご飯よー)


 キッチンの方から大きな声が届きユーリたちは腰を上げた。


「ナーガ、なにか話しかけられたときはちゃんとオーク語で答えるんだぞ? 適当にぶひぶひ言ってくれればこっちで話合わせとくから」


「あんなに優しい人がいまさら人間だとばれたところで怒るとは思えませんが……」


「ばれてないから親切なんだよ。あれでも魔物なんだから油断だけは絶対にするな」


「わかりました」


 改めて気を引きしめながら部屋を出てみると料理のいい香りがここまで漂ってきていた。天井の高い廊下を歩いてリビングまで行くと大きなテーブルに皿を並べていたアフェットが笑顔を浮かべてこちらを見る。


「ぶひっひん。ぶひぶひんひん(さあ夕食にしましょう。こんなにたくさんつくったのなんて久しぶりよ)」


 食卓に並んでいたのは見たところ人間でも問題なく口にできる料理だった。サラダにスープにリゾット。具体的な食材はわからないもののおいしそうだ。


 そうしてさっそくナーガがテーブルに着こうとした瞬間だった。


「ぶっひぃ(待ちなさい)」


 アフェットが途端に顔つきを変えてナーガの肩を掴んでいた。さすがにびっくりしたのかほんの少しだけ目を見開きながらナーガが相手を見上げる。


「ぶひ(こんにちは)」


「ぶひぃん? ぶひぶひぶひひひほん(なにを言ってるの? だめじゃない先に手を洗わなくちゃ)」


「ぶひ(こんにちは)」


 だめだ会話にならないわ。わかってたような気もするけど最初から黙らせておけばよかった。ユーリはシャイなんだよ、と謝りながらナーガの手を引いて台所に行き石鹸を使って丁寧に手を洗った。


「……ぶーぶー(……耳の中がかゆいです)」


 口パクで黙ってろと伝えながら石鹸を手渡すとナーガは少しのあいだそれを見つめ、やがて納得したように手を洗いはじめた。


「ぶひひぶひひぶひん。ぶーぶひんぶひんひん。ぶひひぶひぶひひぶひん(ごめんなさいね怖い声を出して。上京した子どもたちも小さい頃はよく手を洗い忘れていたものだから。汚れた手で食事をしちゃだめってよく叱ったものね)」


「ぶひひっひ?(旦那さんは?)」


「ぶひーん。ぶひぶひほふん。ぶっひひぶひっひん(数年前に亡くなったわ。だから二人が来てくれて嬉しいの。賑やかなのっていいわねぇ)」


 アフェットはほんの少しだけ寂しげな笑みを浮かべるとリビングの奥へ目を向けた。そこには木を削ってつくられたオークの姿をした小さな像が置いてあった。オークたちは死者の魂とは故郷に宿るものだと信じていた。それは人間たちが思い描くような成仏できない不幸な魂ではなく、永遠の守り神としていつまでも家族たちを見守り続けていくという深い慈愛に満ちた信仰だ。


「ぶひぶひぶひほほん(きっとすぐそばで笑っていてくれていると思うよ)」


「ぶひっふ、ぶひん(優しいのね、ユーリは)」


 泡だらけになった手で遊んでいたナーガの足を軽く蹴飛ばして洗い流させると改めてテーブルに着いた。アフェットもユーリたちの向かいに座るとにっこりと微笑みを浮かべる。


「ぶひーひー。ぶひんぶひ(食事にしましょう。たくさんお食べ)」


 そう言いながらアフェットは二人の皿へ大量のリゾットを盛りつけていった。つい絶句しているうちにサラダもそれ以上の量が盛られ、半分も食べられる気がしなかったがとりあえずいただくことにした。湯気の立ち昇るリゾットを木のスプーンですくい口へ運ぶ。


「……?」


「ぶほん?(おいしい?)」


「ぶほぶほほ(とてもおいしいよ)」


 なんだこれ?


 想像していたものとはまったく違う触感だった。ゆっくり噛みしめながら確かめてみるとどうやら使われているのはお米ではなくとうもろこしらしい。


「ぶひ、ぶひんほ。ぶひぶほほ(そう、よかった。二人とももっと大きくならなくちゃ)」


 リゾットというよりはとってもまろやかなコーンスープといった方がいいかもしれない。それに合わせてトリュフを使っているらしくとても芳醇な香りが口の中へ広がっていた。決してまずくはないがなんとも奇妙な取り合わせの料理だ。ナーガはいつも通りの真顔でなにも言わずに料理を口にしていた。


「ぶひぶひーん?(二人はどうしてこの村に来たの?)」


「ぶっぶひぶひ。ぶひふんぶひ(薬を売りに行く途中だったんだ。それでこの村があるのを見かけたから)」


「ぶひひふぶひん。ぶひーぶひんぶひん?(若いのに立派ねぇ。ユーリとナーガは仕事仲間?)」


「ぶひふほ。ぶひひひ(そんなところかな。幼馴染なんだ)」


「ぶひっひひん、ぶひぶほぶほん?(いいわねぇ、それじゃあゆくゆくは結婚するのかしら)」


「ぶひぶひ、ぶひひぶひんぶひひ(やめてくれよ、まだそんな歳じゃないんだから)」


「ぶひぴぎっひん。ぶひーぶひぶひひひ? ぶひぶひふん?(やだ照れちゃって。そんなことじゃいつか他の男に盗られるわよ? ねえナーガ?)」


「ぶひ(いい天気ですね)」


「ぶほぶひん(どうしたの急に)」


 そんなふうに世間話を交えながら食事をしていると不意に家の外からごろごろとなにか大きな荷車を引く音が聞こえてきた。村の外で食材を集めに行っていたオークたちが帰ってきたらしくいくつかの足音に混じってなにやら話し合っている声がしていた。


「……ぶひん(……どうしたのかしら)」


 食事の手を止めたアフェットが顔を上げて窓の方へ目を向ける。話の内容は聞き取り損ねたがなにやら不穏な雰囲気が声色に漂っていたのだけはわかりユーリも同じ方を見る。断片的にではあるが『磔にしろ』『許せない』といった言葉を言っているように聞こえた。


 くい、とテーブルの下で服の袖を引っ張られる。隣に目を向けるとナーガが寝ぼけた顔でこちらを見ていた。意味がわからず怪訝に思いながら見返しているとナーガは思いついたように二つに結んだ髪の毛を掴んでポニーテールにした。


 その意味を理解するのに時間はいらなかった。


「ぶひひ、ぶひぶひ(ごめん、様子を見てくる)」


「ぶひぶひん!(だめよユーリ!)」


 嫌な予感しかしなかった。ユーリはそう言って席を立ちあがるとアフェットの制止の声も聞かずに家を飛びだした。

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