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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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エデルシーラ

 ゆるい勾配の山道をひたすら登り続け山奥まで入っていった先にオークの村はあった。


 周囲を大木の外壁で囲った砦が切り開かれた森の中にそびえており、道のわきから続く村への入口には大きく開かれた巨大な門と二人のオークが槍を持って立っていた。彼らはユーリたちに気づくと小声でなにかを話しあい、けれどその場に立ったままどこかへ視線を逸らしていく。


 オークたちは人間に比べ一回りほど体格が大きくとても筋力が発達しており、こちらの倍ほどの太さがある腕は槍で突くより殴った方が強いのではないかと思えるたくましさだ。


「彼らも服を着るんですね」


 遠目に門番を見ていたナーガが小さく呟く。彼らはまるで軍の将校が着るようなデザインの軍服を身に着けており、魔物が着ているというイメージからは程遠く衣服は清潔感がありしわ一つなかった。見た目が豚でなければ様になっていたのだろうが人間からしてみると少し不気味だ。


「最後にもう一度言っておくけど、村に入ったら余計なことは喋るなよ」


「どうしても言葉で伝えなくてはならない場合はどうしましょう」


「どうしてもってときは仕方ないにしてもせめて小声だ」


「なにかの拍子に言葉めいた声を出してしまった場合は」


「ちょっとずつハードル下げようとしてるだろお前」


「申し訳ありません」


「あれこれ言わなくても理解できるだろ。頼んだからな」


「任せてください」


 自信満々にうなずき返したので門のそばまで行ってみると立っていた内の一人がこちらに顔を向けた。


「ぶひ(こんにちは)」


「ぶひぶひぶひふふ(旅の途中で見かけたから立ち寄らせてもらったんだけど)」


「ぴぎぃっひっひ、ぶほほぶふんほふ(そうでしたか、長旅でお疲れでしょう。小さな村ですがごゆっくり休んでいってください)」


 基本的にオークたちが使うのは豚が口にしそうな言葉だけだった。どう考えても会話ができるとは思えないが彼らの反応からすると完全に意思疎通ができてしまっているので疑問を抱いても仕方ない。


 ともあれ、そんなやり取りをするとオークは愛想のいい笑みを浮かべながら村の方へ手を差し向け快く招き入れてくれた。


「ぶひ(ありがとう)」


 こちらもにこやかに礼を言って門をくぐり村に足を踏み入れる。その点についてはある種の安心があったのだが、案の定ナーガはこのやり取りに対してまったく反応することもなく寝ぼけた顔をしていてくれた。


 村の中にはたくさんの家が立ち並んでいた。とても森の中にある村だとは思えないほど整然としており、木材を組みあわせて建てられた家は手入れが行き届いていてほとんどが新築と見間違うほどだ。村人たちも門番のような格式ばった服装ではないにしろそれぞれとてもきちんとした身なりをしており、見た目に口を挟まなければそこにあるのは完全に人間の住む村と変わりがなかった。


「きれいな村ですね」


「清潔好きな種族なんだ。俺たちよりもよっぽどな」


 少ないながらも商店もあり店先に並んだ果物や野菜などを売り買いしている村人たちの姿が見えた。一応外からやってきた旅人などのために通貨も使えるようになっているはずだがこの村では物々交換が主流のようだった。それぞれに役割を分担し互いに助けあっており、それぞれ独立しているわけではなく村全体が一つの家族といったような結束をしているのだ。


「ところで魔王様、どうして彼らは豚と呼ばれるのを嫌うのですか」


 村を歩いて宿を探していると周りを眺めていたナーガがそんな疑問を口にした。


「お前だって豚って呼ばれるの嫌だろ。似てるけど豚とオークは全然違う種族なんだ」


「ですがそこら中を豚が歩き回っていますよ」


 ナーガの見つめる先では豚が地面のにおいを嗅ぎながら歩いており、通りすがりのオークたちは豚へ愛想よく挨拶をしていた。魔物は動植物がフェアリーを集めた姿ではあるが、豚がフェアリーを集めてもオークになるわけではなかった。その場合はまた別の魔物になるのだがたいていはその前に人間の食料になってしまうので野生で豚の魔物と遭遇する機会は滅多にない。


「鳴き声が似てるからじゃねえの。オークは同じ言葉を喋ってれば仲間だと思ってくれるから」


「頭の悪そうな種族ですね」


 ふっと鼻で笑い飛ばす。


「それぞれいいところも悪いところもあるさ。俺たちだって同じだろ」


「人間の愚かさは群を抜いてますよ。欲にまみれた人間の醜さにナーガはうんざりしているんです」


「……恨んでないんだよな?」


「恨んでおりませんよ」


「……」


 やっぱりあんな城なんかで生活していたせいで極端に人嫌いになっているのではないだろうか。うそは言ってないんだろうけど。


 あまり商売を意識していないせいか辺りを見回してみても宿の看板はどこにも出てなかった。仮にあったところでオークの言葉なので読めないが目印になるようなものすらなく、ちょうど近くに庭先で薪を割っていたオークがいたので訊ねてみることにした。


「ぶひひ(ちょっといいかな)」


 声をかけてみると片手で斧を振り下ろしていたオークが顔を上げてこちらへ振り返った。


「ぶほ、ぶひひんぶひ。ぶひん?(あら、お客さんじゃない。なにかしら?)」


 女だったわ。


 見た目じゃ性別の見分けはつかないものの、エプロンを着けており服装もどこか母親っぽい格好をしている。うっかりその驚きを表情に出しかけユーリはごまかしついでに笑みを浮かべた。こういう些細なところから怪しまれて人間だとばれてしまうのだ。


「ぶひぶひひ?(宿ってどこにあるんだ?)」


「ぶひん、ぶひひんぶひん。ぶひぶぶぶひぶひん?(この村に宿はないのよ。泊まる場所を探しているならうちに泊まっていけば?)」


 斧を置いてハンカチで汗を拭うとオークはこちらに微笑みかけながらまるで旧知の友人にでも提案するようにとっても気軽な口調で言った。


 え、オークってそんな感じで来訪者を迎えてるのか?


 いくら同族といえど見知らぬ他人だろ、と咄嗟になんと答えるべきかわからず言い淀んでいるとオークは可笑しそうに口元を手で隠しながらぶひぶひと笑った。


「ぶーぶひーん。ぶひぶひひっひ、ぶひぶひぶひん?(遠慮しちゃって可愛い旅人さんね。泊まっていきなさいな、今日はわたしのことをお母さんと思っていいのよ?)」


「……ぶひぶひ(……じゃあ世話になるよ)」


「ぶひひ、ぶひひぶひぶひん。ぶひひん?(そうするといいわ、さっそく部屋に案内してあげるわね。名前はなんていうの?)」


「ぶひ。ぶひっひ(俺はユーリ。こっちはナーガだよ)」


「ぶひっひひん、ぶひぶひ。ぶひん、ぶひ、ぶひー。ぶひぴぎぃっひん(わたしはアフェットよ、よろしくね。いらっしゃい、ユーリ、ナーガ。ごちそうをつくらなくちゃね)」


 まったく遠慮を感じさせない気のいい笑みを浮かべながらアフェット(たぶんそう言った)が家の中へ入ってユーリたちに手招きした。申し訳なくなってくるほど親切な魔物だ。けれどたぶん、これがオークたちにとってはごく普通の出来事なのだろう。せっかく向けてくれた好意なので素直に受け取ることにした。

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