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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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真紅の剣士

 海の香りが混ざった爽やかな風が辺りに咲く小さな草花をそよそよと揺らしていた。平原には馬車などが通行しやすいように草を刈った道が緩やかなカーブを描いて伸びており、そこを歩きながら周りを見回してみても魔物の姿はなく降り注ぐ柔らかな日差しのぬくもりが心地いい。道の向こうに佇む山脈群へ歩いていきながらユーリはのんびりとした気持ちで周りの景色を眺めていた。


「ところで魔王様、どうやってオークの村で泊めてもらうんですか」


 澄んだ空気の中で大きなあくびをしていたナーガが相変わらずの寝ぼけ顔で訊ねてくる。昨日あれだけしおらしい態度だったくせに日付を跨いだ途端にこれかよ。少し後ろを振り返ったユーリは呆れながら、けれどそれについては触れないことにした。もう慣れた。


「普通に泊めてくれって言うんだよ」


「……もしかして魔王様はオークの言葉も理解できるのですか」


「あいつらの言葉はわかりやすい方だよ。交易ができてるのもそれが理由の一つでもあるんだ。同じ言葉で会話してれば仲間だって思ってくれるからお前も余計なこと喋るなよ」


「ずっと黙っていればいいですか」


「なにか話したくなったら適当にぶひぶひ言ってろ」


「わかりました」


 ある程度の社会性を持った魔物はそれぞれ自分たちに通じる言葉で会話をしているがユーリはそういった魔物語をいくつか理解できるようになっていた。とはいえ滞りなく会話ができるレベルにあるのはオークの言葉くらいであとは断片的に意味を読み取るくらいしかできない。そもそも発音できない言葉の方が多く、問答無用で襲ってくる連中ばかりなので会話にならないからだ。


 オークたちは視力が悪いわけではないのだがなぜか同じ言語で話す相手を同族と認識する習性があった。ナーガが口を滑らせたりしない限りは敵視されることはないだろう。


 ……なにか嫌な予感がしてユーリは後ろに振り返った。きょとんとしながらナーガがこちらを見上げてくる。


「絶対に口を滑らせたりするなよ?」


「どうして念を押すんですか」


「冗談抜きで命に関わることだから。あいつら普段は温厚だけどめちゃくちゃ強い魔物なんだぞ」


「ご安心を。魔王様の言いつけを迂闊に破るナーガではありません」


「迂闊だから心配してるんだけどなぁ……」


 このまま村に行って平気なのだろうか。他にできること自体がないのは百も承知だがなぜだかナーガの自信満々な表情を見ていると不安になってくる。


「ナーガを信じてください」


 ぽんと胸を叩きながら力強い眼差しを向けてくるので信じることにした。うっかりしちゃうのは覚悟しておこ。


 ため息をつきながらこの心配が杞憂に終わることを祈って歩きだす。このまま道に沿って歩き続けていくと行き先とは関係のない町だか村だかに着いてしまうためどこかで道を外れなくてはならなかった。最初からまっすぐ村を目指せばよかったのだが、昨日の雨でどこに水たまりがあるかわからないのでできるだけまともな道を歩きたかった。


 オークたちは森から町へとやってくるときの目印として木を植えておりだだっ広い平原の途中にそれらはあった。あの木々で大雑把にいくつかの一直線をつくりそれらの合流した先がオークの村に続く山道への入り口だ。道の先には一本の広葉樹が立っており、ちょうどその辺りから道を外れるとオークの通り道にもなっていそうだった。


「お待ちください魔王様、なにか嫌な気配がします」


 口調はのんびりとしていたもののナーガが不穏な言葉を口にしたのはそのときだった。


「嫌な気配?」


「……あの木の陰からです。誰かがこっちの様子を窺っています」


 ナーガが寝ぼけた顔で広葉樹を指さす。たしかに誰かが隠れられそうな大きさではあるがなんで隠れていることがわかるんだ。


 万が一本物の魔導士だったことを考えればこんな格好をしている相手にわざわざけんかを吹っかけてくる奴がいるとは思えなかった。けれどナーガはなにかしらの違和感をはっきりと感じているようで杖を構えながらユーリの前に出る。


「殺りますか」


「殺らない。いつでも動けるようにしておいてくれればいい」


 ユーリはそう答えながらさっき店で買ったフェアリー結晶をポケットから取りだした。


「誰かいるのか?」


 半信半疑ではあったものの、声をかけてみるとその誰かは少しの間を置いてユーリたちの前に姿を見せた。リボンで結ばれた金色のポニーテールがそよ風に舞いダークレッドのドレスがふわりと裾を翻す。


「お前は……」


 そこに立っていたのはさっきの魔導屋で見かけた少女だった。


「あ、あの……」


「俺たちになにか用か?」


「え、えっと……その、間違ってたら悪いんですけど……」


 弱々しい表情で微妙に目を逸らしながら歯切れの悪い返答をよこす。


 たまたま同じ方向に用事があったのだろうか。それにしてはこの再会を偶然と呼ぶには少し不自然だ。躊躇うような素振りを見せる少女の言葉を待ちながらさりげなく身構えていると、少女はなにかしらの覚悟を決めたようにぎゅっと目を閉じると大木の陰へ手を伸ばした。


「あなたは、ま、魔王なんですかっ……?」


 そこから引っ張りだしてきたのは一振りの剣だった。この女、剣士だったのか。けれど見るからに緊張している様子が窺え、剣を構えてはいるものの抜刀をしておらず鞘がついたままだ。


 なんとなく話が見えてくる。たぶん町の中で感じた視線の正体はこいつだろう。そして魔導屋での会話を聞き先回りをして俺たちが来るのを待っていた。


「……な、なんですか魔王様。そんなふうに睨まれると怖いです……」


「なんで俺がこんな顔になってるか心当たりないか」


「……ナーガのせいでしょうか」


「だからその呼び方はよせって言っただろうが」


 それにしてもまさかこんな正体不明の女剣士に絡まれるだなんて思わなかった。ある意味一番警戒しなくちゃいけない立場であるユアリィたちにスルーされてたっていうのに。ユーリは小さくため息をつくと少女に向き直った。


「俺は魔王じゃないよ」


「じゃ、じゃあどうしてその子は魔王様って呼んでるの……?」


「こいつはちょっと頭がやられてるから」


「っ……」


 戸惑った表情を浮かべながら二人を交互に見つめ、反論してはこなかったが納得もしていないようだった。もちろん断定もできていない。ほんの少しそれらしい言い訳をすれば容易くごまかせそうだった。


「だいたいあんな町中で魔王がのんきに買い物なんかしてるわけないだろ?」


「それは……そうかもしれないですけど……」


「悪かったな勘違いさせて。俺たち急いでるからもう行ってもいいか?」


「あ、あのっ……」


「なんだ?」


「……いえ、なんでもないです……すみません、変な言いがかりつけて……」


 こちらに敵意がないことをわかってくれたのか少女は剣を下ろすと気まずげに頭を下げた。


「いいよ、気にしてないから。それじゃ」


 その一方でやけに敵意のこもった眼差しを向けていたナーガの頭を叩き歩きだす。正義感が空振りして恥じているのか少女は肩を落として深いため息をついていた。

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