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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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白の庭園

 港には昨日乗ってきた船が停泊していた。できれば直接首都まで行ければいいのだがあいにくその直行便はなく、そこに向かうまでにいくつかの町を経由していく必要があった。いまのところユーリが行こうとしているのはディモルフォセカという町だった。首都行きの最短ルートではないものの道中で寄らなくてはならない場所があった。


 そんなわけでこの船の今日の行き先はどこなのか訊きたかったが、なぜか船の周りには誰もおらず港はとても閑散としていた。一応毎日運航はしているはずだが、乗客はともかく船員たちの姿さえも見当たらない。


「昨日着いたばかりなのにまたどこかの親戚の家にお呼ばれしたの?」


 怪訝に思いながら辺りを見回していると不意に後ろからやや聞き覚えのある声がした。振り返ると洒落た白い傘の下で小さく口元に笑みを浮かべたユアリィの姿があった。


「……奇遇だな」


「おはようユーリくん、また会えてなによりよ」


「……おはよう」


「なにしてるのこんなところで」


「やることがないから海を眺めに来ただけだよ」


「あらそう、てっきりまたどこかへ旅立つつもりなのかと思ったわ」


「そんなわけないだろ」


「ナーガちゃんは?」


「家で寝てる。そっちこそ今日は一人なのか?」


「ルナは昨日の魔物の件で隣町まで行ってるわ。こっちもこれからモーティペルンと遭遇した海域まで調査に行かなくちゃいけなくて大忙しよ。ほら、あんな魔物が出てくるなんて異例でしょ? 魔導騎士がわざわざ出向いてくるなんて一大事よね」


「へえ、そんなすごい魔物だったんだ」


 ユーリがそう返すとユアリィは気がついたように声を漏らして口元に手を当てた。なんだかとってもわざとらしい仕草だったけど気づかない振りをした。


「あぁごめんなさい。ユーリくんが知ってるはずないわよね、モーティペルンのことは」


「……モーティルペン?」


「モーティペルン。ともかくあの魔物が出たのは大事件だったってこと。そういうわけで天気も悪いし、残念だけど今日はお家に帰って出直した方がいいんじゃないかしら」


「え?」


「定期便は運航中止になってるのよ。次に町から出られるのはしばらく先ね」


「……え」


 運航中止だって……? うそだろまじかよ。


 完全に予定が狂って呆然としているとユアリィは海へ目線を移していった。一つひとつ波間を数えているような神妙な表情を浮かべながら声のトーンが沈んでいく。


「……どうもここ以外でも魔物の動きが活発になりはじめているらしいの。いまのところ船は魔導騎士が同行してなんとか運航再開させられないかって話になってるみたいだけど、人手も足りないしもう少し原因がはっきりしてくれば本当に海を渡ることはできなくなるかもしれないわね」


「その原因に見当はついてるのか?」


「さあ、まだ詳しい情報は届いてないからなんとも言えないわね。でも前の大戦がはじまろうとしていたときによく似ていると支部で話しているのは耳にしたわ」


「……」


 ユアリィの言う大戦というのはたぶん五十年ほど前にこの世界で起きたという魔王軍との戦いのことだろう。歴史の本でざっくりと読んだだけだが、そのときの大戦を終結に導いたのも転生者なのだとか。大陸中の魔王たちが手を組み凄まじい軍勢を誇っていたらしい。


「ユーリくんはなにか知らないの?」


 そうしてぱっとこっちへ振り向くときょとんとしながら素知らぬ顔で訊ねてくる。


「なんで俺が知ってると思うんだよ」


「だってあなたは転生者でしょう? ユーリ・ホワイトガーデンといえば当時シティスの魔王を倒せる唯一の転生者だって騒がれていたものね。けれどあるとき忽然と姿を消し、同時期に各地にいた魔王たちも姿を消していった。わたしの通っていた学校にまでその名前は轟いていたわ。あなたに関するいろんな伝説についてもね。いまでも後輩たちの語り草になっているんじゃないかしら」


「俺はホワイトガーデンじゃなくてタナカっていうんだけど」


「別に隠さなくたっていいじゃない。ルナもとても話したがってたわよ。わたしだって真偽を確かめたい噂が山のようにあるんだから」


「たかだか同じ名前ってだけでよくそこまでぐいぐい来れるな……」


「……誰にでもできることじゃなかったわ、昨日のことは。普通はあの場面でスティーリアのような低級の魔導術を使うなんて発想は出ないもの。けど計算してみたらあのときスティーリアは上級魔導に匹敵する威力を出していたし、もしもそれ以外の魔導術を使っていたらライトニングを解放させるだけのフェアリーは足りなかったと思う。ある意味芸術よね。狙ったんでしょう?」


 そんな些細なことに気づく奴がいるとは思わなかった。にしても済んだ話を夜な夜な確かめるなんてひまだなこいつ。


 ただ、ユアリィの言っていることは概ね正解だった。


 周囲に存在するフェアリーの量には限度があり、同じ場所に留まって魔導術を使用していると威力低下を招きいずれは解放そのものができなくなっていく。それに加えてそれぞれの魔導術は互いに使用するフェアリーが干渉しあっているため、魔導士は常にその量に気を配りながら魔導術を使わなくてはならなかった。


 想像よりもずっと面倒な計算を必要とされるのがこの世界の魔法だ。


 ある程度は出発点から派生して使える魔導術の分岐がパターン化されているものの、フェアリーは基本的に流動的なものであり状況によってはかならずしも同じ流れで魔導術が放てるわけではない。ユーリはこのフェアリーに対する感受性が際立って優れており、それは大抵の魔導士が一生かかっても会得できるものではない才能だった。


「……どうでもいいけど、俺がそのホワイトガーデンって魔導士なら昨日の魔物も自分でやっつけてるよ」


「なにか事情があるんじゃないの? もしよければ力になれないかなって思って」


「悪いけど、俺には関係のない話だな。半分くらいなに言ってんのかわからないし」


「……それもそっか。ごめんなさい、人違いだったみたいで」


「じゃあ俺はもう帰るから」


 そうしてユアリィの横を通り過ぎていく。それにしても、船が使えないのは一大事だった。陸からでも行けないことはないが足もなければ時間もかかる。魔導騎士が同行する船が来るまで足止めになるかもしれなかった。


「あ、ちょっと待って」


 その背中に声がかかる。


「なんだよ」


 まだなにか言い残したことがあるのかと振り返ると、ユアリィは小走りでこちらまでやってきた。そうしてなぜか緊張したようなぎこちない表情を浮かべながら懐からペンと色紙を取りだしてくる。


「あ、あの……サインください。ずっと憧れていたんです。あとルナの分も……」


「……ほんとに人違いだって思ってる?」


「ユアリィちゃんへって書いていただいてもいいですか?」


 ほんのり頬を赤く染めながら色紙を差し向けるユアリィを一瞥しながら小さくため息をつく。転生者って大変だな。

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