28話 絵本の騎士 太陽の獅子
「オオオ!!」
サハリは更に深度を解放する。
己の中に眠る太古の力。それをより深く解放する事は『獣族』では生まれ持った才能が必要だった。
自らの血が沸騰するかのように遺伝子は覚醒し、現代に太古の戦士を呼び覚ます。
『死体喰らい』が逃げ惑う市民達を捕食する。一人の少女が触手に捕らわれた瞬間、その『死体喰らい』の姿は焼失した。
そして、少女は見る。炎を自らのモノとしてその身に纏うサハリの姿を――
「ガァ!!」
サハリが動く。巨体にも関わらず、その動きは常人には追うことが出来ない。
戦爪と豪牙が熱を帯び、引き裂き、食らいつく度に発火。広間にいる『死体喰らい』を一呼吸で殲滅すると、奴らの湧いてくる通路へ突進した。
通路を埋め尽くす程の『死体喰らい』。
その中に入ってきたは、太古の時代に『太陽の獅子』と称された古の戦士だった。
偉大な獣よ。
夜明けを知りたくないか?
その瞳から見る世界を知りたくないか?
望むなら叶えよう。
さすれば四肢ではなく、二肢で世界を歩くことが出来よう。
偉大な獣よ。
お前達が新たな時代を駆けるのだ。
※旧史伝『イフと獣の契約より』
サハリは通路の『死体喰らい』を殲滅しながら、最奥にある『シーカー』の書き換えた転移陣を捉える。
それを自らの炎で破壊し『死体喰らい』の出現を停止させた。
「ハァ……ハァ……」
ようやく一呼吸を置いたサハリは深め過ぎた深度によってヒトよりも獣に近い相貌へと変化していた。
「雑魚は消えたが……まだ終わってねぇ」
よろめきながらも自分を鼓舞する。ハウゼンと戦っている広間に戻らなければ――
サハリの活躍によって広間の『死体喰らい』は全滅し、更に通路からの増援も無くなっていた。
元の半数以上も減った騎士団であったが、この瞬間、敵も味方も全てが命を燃やしている。
「あの状態で理性もあるか……あの才能は危険か……」
ハウゼンは今後の懸念としてサハリも始末する必要性を頭に入れる。
時間は限られているが、全盛期の力を持ってすれば問題ない――ハズだった。
「……」
前に立つのは片腕のカーラである。
彼女はハウゼンの太刀筋を至近距離で見切り、かわしながら剣を向けてくる。
ソレを無視して移動しようとすると、それを妨害する様に立ち回る。
そんな彼女と入れ替わるように、他の騎士も間に入って攻撃の手を緩めない。
ハウゼンは今、騎士団の波状攻撃を受けていた。一撃大剣を振れば全て終る。しかし、その間が取れない。
「……」
厄介なものだ。ヒトとの戦闘に秀でた軍団は良くわかっている。
武器の相性と弱点。しかし、それを現実として可能性にしているのは――
「お前か」
血を失いすぎたカーラが避けた瞬間をハウゼンは見逃さない。かわせないタイミングを完璧に捉え、他の攻撃を意に返さず大剣を彼女へ振り下ろす。
「カーラさん!」
大剣が斬り裂いたのは、カーラを庇うように間に入ったのはノエルだった。
誰もがハウゼンを恐れていない。そして、この戦いに置いて、最も必要なヒトが誰なのかを知っている。
「ノエル!!」
肩から斜めに両断されたノエルは、カーラに何か言いたげに口を動かす。
振り下ろした剣をハウゼンは再び振り上げるが、その左胸に一本の剣が飛来した。
ジガンの磁界魔法による針の穴を通すような剣の飛翔。しかし、ハウゼンは反応し剣を手で掴み止める。
「風よ!」
カーラは風魔法で強引に足腰を立たせ、剣の柄尻を勢い良く押し込んだ。
剣は左胸を貫き、切先が背から突き出る。
「――――」
ハウゼンは力の抜けた様に大剣を落とした。
サハリも広間に戻り、誰もが戦いの決着を確信――
「――残念だったな」
ハウゼンはまだ終わっていなかった。左胸を剣に貫かれたまま、片手でカーラの首を締めて吊り上げる。
「カッ……」
カーラには振りほどく力は残されていない。
他の騎士団が援護に入るがハウゼンの手足の鎖が暴れ回る。
「オオオ!!」
サハリが鎖を押し退けてハウゼンに迫る。
だが、ハウゼンはカーラを盾にする様にサハリの前に出し、思わず足が止まった。
「消えろ」
再び蹴打を叩き込まれて吹き飛ぶ。今度は幾つかの骨が折れ、ダメージと深度の反動よって身体の動きは完全に停止した。
だが、サハリの作った僅かな間にジガンが鎖を抜け、カーラを掴んでいる腕に剣を刺し、その握力を失わせた。
「――――」
時が緩慢に動く。カーラは着地する際に事切れたノエルが目に写った。
あの時、ノエルは――
「……そうか……お前は――」
これが最後だった。カーラは手に風魔法を集中させ、即席の刃を作る。そして、ハウゼンの右胸を貫いた。
広間にも三回目の鐘の音が届いた――
それは終わりを告げる音。
二つの戦いはこの鐘の音の最中に決した。
ロイは正面から『ゴート』へ踏み込んでいた。
攻撃超過による剣の範囲に『ゴート』を最短で入れる為である。
何が来ようが止まるものか。たとえ、何を犠牲にしようとも、これだけは絶対に譲れない。
鐘の音の中、ロイは三種強化の全てを発動し、即死だけは避ける為に『ゴート』へ全神経を集中する。
「……なんだ?」
しかし、まだ無慈悲な力のネジれは来ない。先程はあれだけ頻繁にこちらを捉えようとしていたにも関わらずだ。
「チッチッチッ――」
何か……何かが引っ掛かる。その時、ロイは思い出した。
最初に『ゴート』に遭遇したときに、コイツは鐘の音を前に去って行った――
そして、剣の間合いに『ゴート』が入る。ロイは横なぎに剣を振り抜いた。
「――――」
すると『ゴート』は初めてロイの剣を避けた。
「……眼も鼻も耳もない。ならオレの位置を知るのは――」
ロイはようやく答えにたどり着いた。
『ゴート』がこちらを把握しているのは、“振動”だ。
故に鐘の音が鳴り響く今こそが最大の好機であると理解する。
「チッチッチッ――」
『ゴート』は後ろに下がりながら、ロイの位置を知ろうと口を鳴らす。
対するロイは少しでも撹乱する為にジグザグに動き続ける。
「チッチッ――」
「捉えた!」
剣の攻撃超過の距離。『ゴート』の首を凪ぐ一閃が振り抜かれ――
「ぐぁ?!」
刹那、剣はまるで固い岩を斬りつけた様な衝撃に弾かれた。
今のはナイフを空中で止めた時の能力か?!
攻撃超過でも斬り裂けない硬度。ロイは落としそうになった剣を両手でしっかり握る。
落ち着け……鐘はまだ鳴っている。
今の状況が何時まで続くのか分からない。だが、焦れば焦るだけ動きが単調になる。
「チッチッ……」
すると、『ゴート』は何を思ったのか近くに浮かせている半身だけのヒトを下ろす。そして――
「お前の勝ちだ」
嗤いながらそう言うと、背後から迫ってくる霧に呑み込まれ、その姿は消え去った。
「……」
『ゴート』が去ってからもロイは警戒を解かなかった。
そして、鐘が鳴り止み霧が煙のように消えると、ようやく全身の力が抜ける。
「ハッ……ハッ……くそ……」
三種強化の同時使用による反動で力が入らず、平衡感覚も乱れている。
「うう……」
しかし、『ゴート』が置いて行った“彼”のうめき声で側に行かねばと力を振り絞る。
「君は……レティか……?」
ロイは眼が機能を失うほどに永い間『ゴート』に拘束されていた“彼”を抱き寄せる。
「……違うのだな……どこぞの強者か……我が国の騎士か……『ゴート』を退けるのなら……有名な方なのだろう……」
彼は久しく感じた人肌の温もりに安堵するように語る。その弱々しい口調からロイは“彼”が永くないと悟った。
「違います……俺は――」
運が良かっただけだ。実力でも何でもない。最後も『ゴート』の気まぐれに命を救われただけ。
「……名も知らぬ強者よ……一つお願いがある」
“彼”はロイの言葉は聞こえていない様子だった。
「まだ……祖国『ヴァンディール』があるのなら……私の耳にあるピアスと……言葉を届けて欲しい……」
すると、“彼”の身体は時の流れを思い出した様にボロボロと崩れていく。
「アレンが……すまなかった……とレティシアに――」
「必ず……必ず伝えます――」
その言葉が伝わったのか、“彼”――アレンは安らかな笑みを作り、その顔も風化と共に塵になって行った。
広間の戦いも鐘の鳴り響く中で決着がついた。
右胸にある心臓を貫かれたハウゼン。
カーラは風魔法で刃と化した手刀を引き抜く。
「…………」
壮絶だった。両胸を貫かれつつも倒れないハウゼンは騎士団を睨み付ける。
その様は執念にも近い。騎士団は追撃を躊躇うほどに凄まじいものだった。
すると、淡く転移陣が光り出す。
鐘の音が聞こえる……その光は……あの子を引き裂く……止めなければ……何のために……オレはここに居る――
ハウゼンは一歩踏み出す。しかし、全盛期に戻った力の代償は無慈悲にもここで支払われた。
身体が端から塵へと消えていく。僅かな夢の対価は永遠の消滅であると教わっていた。
まだだ……まだ……オレは――
崩れながらも前に進もうとするハウゼン。しかし、何かを見た彼は歩みを止めると、残った瞳から涙を流した。
「後は……頼む――」
すまない……ゼノン……先にゴールドマン様の元へ逝く――
約500年間、一人の少女を護り続けた奴隷剣士ハウゼンは己の信念を貫き続け、その生涯に幕を下ろす。