27話 絵本の騎士 三度目の鐘
「……何だ?」
広間へ『死体喰らい』が侵入して事でハウゼンへの対象が分散した矢先である。
今にも死にかけていたハウゼンは先程とは比べ物にならない程の威圧感を周囲に漂わせる。
錆びた大剣は刃を取り戻し、前屈みだった姿勢は力強く直立。
今にも途絶えそうだった様は微塵も感じられない。
「なんだ?」
「こいつは……やべぇ!」
サハリは本能から深度を更に解放。
カーラも直接ハウゼンと向かい合うべく動く。
「消えろ」
ハウゼンが動いた。
鎖を使い大剣を投げる事しか出来なかった時と違い、一瞬で騎士団へと距離を詰める。
「ノエル!」
「……え?」
ジガンは咄嗟にノエルを抱えて共に倒れる。
すると、目に止まらない速さで横に振り抜かれた大剣は範囲にいる騎士団員達を二つに切り裂いた。
「弱い……」
ハウゼンは市民へ視線を向ける。しかし、護るように残った騎士団員が防御へ回った。
一歩の踏み込みでハウゼンは間合いを詰め、防御担当の騎士団員達を防御魔法ごと、斬り伏せた。
「脆い……」
次にハウゼンは遠距離からの攻撃に反応し、大剣で弾く。
そして、大剣に鎖を巻き付けて旋回させると遠距離の騎士団員達をまとめて始末する。
「何も変わりはしない……」
深度を上げたサハリがハウゼンの死角から強襲する。
しかし、ハウゼンは見えているかのようにかわすと、サハリの顔に膝蹴りを喰らわし、怯んだ所に追撃の蹴打を叩き込んだ。
「!? ガフ……」
砲弾でも喰らったかのような衝撃にサハリは数本の骨を損傷。そのまま意識を手放し、広間の壁まで飛ばされ叩きつけられる。
仲間を案じている暇はない。
カーラはサハリに攻撃してる隙をついた――が、それはハウゼンに取って隙でも何でもない。
ハウゼンの手足にある鎖が意思を持つ様にカーラに襲いかかる。
動きを拘束するまでもないが、その一瞬の阻害が、ハウゼンに一太刀を生む間を与えた。
「くっ……」
振り下ろされる大剣の威圧。カーラは受け流そうと剣を合わせるが大木が倒れて来たかのような圧力に受けきれず片腕を斬り落とされた。
……強すぎる――
出鱈目なハウゼンの強さ。片腕を失ったカーラは目の前の絶望に崩れ落ちる。
帰れない……全滅する――
「お前達は脆弱すぎる」
闘技場では敵はいなかった。
この場にいる障害は今まで倒してきた魔物達に比べれば、敵としてみるレベルさえもない。
「終わりだ……」
数の減った騎士団は『死体喰らい』の進行を止めることが出来なくなり、市民がその餌食になっていく。
希望が絶望へと変わり、一人の『吸血鬼』の信念が成就されたのだった。
サハリはヴォルフから直接その報告を聞いた。
『魔獣パラサザク』の討伐。
領地の兵士である為、父と母も参加せざる得なかった。
父と母は帰ってくる。行くときに帰ったら誕生日を祝うと約束してくれたからだ。
程なくして『魔獣パラサザク』が討たれた報告が入る。しかし、父と母は一週間経っても帰ってこない。
二週間、三週間、そして一ヶ月が経った時、ヴォルフが現れた。
「サハリ、久しぶりだな」
『獣族』でも特に有名なヴォルフは、父の友人でサハリから見れば憧れの存在だった。
思わず浮かれてしまうが、次に彼が告げた言葉は――
「すまない。護れなかった……」
その言葉にサハリはヴォルフを責めた。
何で護れなかった!? 返せ! お父さんとお母さんを!
無知な子供だったサハリはその時の事を今でも――
「ウォォォォ!!!」
サハリは雄叫びを挙げながら意識を取り戻す。走馬灯の様に見たあの時の光景は彼の記憶から今も消える事は無い。
「ふざ……ふざけるな! オレは……オレはぁ!!」
理不尽を知っている。
それに抗おうと戦った者達を知っている。
そして、まだ――
「オレはまだ! ヴォルフ隊長に何も言えてない!!」
父と母が死んだのは貴方のせいじゃない。
彼に認められて部隊に入り、真っ先に言わなければならないのだ。
未熟な言葉ではヴォルフ隊長の心には決して届かないから――
「だから……だからよぉ!!」
サハリの魂から来る叫びは圧倒的なハウゼンを前に戦意を失いかけていた騎士団達へ再び闘志の火を灯す。
「そうだ……その通りだ」
カーラは片腕を止血し、剣を握り締める。
絶対に帰るんだ。夫と娘の元へ――
それは数少ない騎士団全員が命を燃やすように一つの信念で繋がった瞬間だった。
こんな所で死ねるか!!
手応えはあった。
ロイは『ゴート』へ投げたナイフは通ったと確信していた。
現にナイフは『ゴート』の頭に当たって静止している。
――静止……?
「――ッ!!?」
僅かな懸念が『ゴート』からの攻撃を間一髪でかわす間を作った。
ナイフは『ゴート』の正面で浮かぶように停止し、切っ先をロイに向けて放って来たのである。
「なんだと?!」
理屈も辻褄も合わない。
何故なら今までの行動の中で『ゴート』が魔力を発した痕跡は全く感じられないからだ。
魔力の消費が無ければ能力の限界を図ることは不可能。
物を宙に浮かす。対象をネジる力。そして、それらを同時に処理できる。
完全無欠の魔物。何をしても通用しない怪物。現段階において、ロイが打てる手は後一つだけだ。
しかし、それは己の生存を加味しない選択肢である。
「……」
退くのも手だ。広間に行けばまだ援護が貰えるかもしれない。
幸いに『ゴート』とは距離がまだある。
「何考えてるんだ……俺は!」
ロイは自分に叱咤する。そんなに簡単に変えて良いモノなのか。俺は――
「……悪い皆。先に逝く」
命を捨てることが美徳だとは思わない。しかし、ここで退くのは死んだものと同じだ。
“完全無欠の生物など存在しません”
リア姉は言っていた。生きてこの世界に存在している生物には何らかの弱点があると。
“一見、無敵に見える存在も別の観点から見れば欠点ばかりであるのです”
けど、俺はジンの様に察しが良くなければジェシカの様に頭が良い訳ではない。
騎士として剣をどうやって振るうのか。
俺が突き詰めたのはその一点だけだ。
ロイは剣を抜くと三種強化を全て発動する。
せめて……拘束されている彼だけは解放する。
「考えるのは止めたよ『ゴート』。その人の代わりに俺を連れ回せ」
ロイは正面から『ゴート』へ迫った。
その時、三度目の鐘が鳴り、今までで一番大きく『霧の都』全体を鳴動させる。
それは、霧を通じて死闘が行われている地下にも響き渡った。




