来客の多い日
ニールの家は草原の都市の外壁の外側、街道から外れた草原の中にある。
1人暮らしの怪しげな冒険者の家にわざわざ来るような者もおらず、それをいいことにニールの家の周囲には無数の蜜蜂の巣箱があり、更にニールが使役する様々な蟲達が放し飼いにしてあるので余計に人が寄り付かなくなるという悪循環に陥っているのだ。
当のニールはそんな静かな環境を気に入っており、家にいる時のニールは蟲達と訓練をしたり、蟲達のことを書物に書き留めたりと、誰に気兼ねすることなく好き勝手に生活している。
そんなニールの気ままな日常だが、この日ばかりは違った。
午前中は依頼に失敗したアベルとクレアの訪問を受け、冒険者としてのアドバイスを求められ、その相手をしていた。
アベル達が受けたのは群れと呼ぶ程でもない2、3体のゴブリン退治だったが、思わぬ反撃を受けて這々の体で逃げ帰ってきたということで、新たに依頼を受けるにしても不安がありアドバイスが欲しいとのことだ。
ニールに聞かなくてもギルドにいる他の冒険者に聞けば済むようなことでもアベル達はわざわざニールに聞きに来るのだが、ニールとしてもアドバイスをすると言った手前、邪険にも出来ずに丁寧にアドバイスをしてやる。
「仕事に失敗したとはいえ、魔物相手に殺すか殺されるかの中で命を拾ったんです。命があれば再出発ができます。大切なのは生き残ることと、失敗からでも何かを学ぶことです」
冒険者の基本である生き残ることの大切さを何度でも教える。
因みに、新米冒険者を退けたゴブリンは冒険者を甘く見るようになり、討伐が容易になるため、報酬は安くなるが他の冒険者が率先して受諾することについては今は伏せておく。
それでも残ってしまった場合はニールのような物好きが引き受ける羽目になるのだ。
ニールのアドバイスを受けてやる気を出したアベル達が帰り、一段落ついて午後を迎えたころ、次の客の訪問を受けた。
「ここが蟲使いの冒険者の家か?」
突然やってきたのは壮年の男だった。
「俺の名はアルバート・ビンガム、薬師をしている」
その名はニールも知っている。
ニールが薬草採集の依頼を受けた依頼人だ。
「はい、私が蟲使いのニールですが?」
目の前に立つアルバートは筋骨隆々の体格で、身長もニールよりも頭一つ分大きい。
そこいらの冒険者よりも恵まれた体格だ。
「お前に用件があって来た。中に入れてくれ」
随分と無礼な口ぶりだが、立ち話しをしていても仕方ない。
ニールはアルバートを招き入れた。
家に入るなりアルバートは持ってきたヨシノサの株をニールに見せた。
「お前が採取してきたヨシノサだが、これはどうしたことだ?こんなに状態の良いヨシノサの株を俺は見たことがない。依頼を出した10株というのも半数は使い物にならないと踏んだからだ。それが、10株全てが良い状態で納品された。信じられん」
クレームかと思ったがそうではないらしい。
「ヨシノサの毒根に大毒狩蜂の毒を注入しました。そうすれば鮮度を保てますから」
ニールの説明をアルバートは頷きながら聞いている。
「確かにそうだ。しかも、蟲使いのお前ならばそれも可能だな」
「私は薬物学はあまり詳しくはありませんが、毒物学に関しては多少の心得があります。ヨシノサの毒と大毒狩蜂の毒はよく似ていることくらいは知っています」
アルバートはニールの話を食い入るように聞いている。
その目は獲物を狙う捕食者の目だ。
「薬を作り出す薬草の多くは毒草でもあり、取り扱いが難しい。故に採取依頼を出しても良い状態で納品されること自体が殆どない。だが、お前は違う。お前ならば大丈夫だ」
ニールは首を傾げる。
この男は一体何をしに来たのだ?
「あの、結局は私に何の用があるのですか?」
早く用件を済ませてのんびりとしたい。
そんなニールの言葉にアルバートは何かを思い出したかのように話しを続ける。
「ああ、そうだな。俺はアルバート・ビンガム、薬師をしている」
「それは聞きました」
「噂くらいは聞いたことがあるだろう?貧乏人相手に阿漕な商売をしている薬師だと」
「・・・・」
何も答えないニールを見てアルバートは笑う。
「遠慮しなくても構わん。概ね噂どおりだからな。俺は貧乏人相手でも必ず必要な金は払ってもらう。金が無ければ後払いでも必ず金は払わせる。俺の薬にはそれだけの価値はあるし、病を治したい、生きたい、家族を、愛する人を助けたいというならば、それ相応の対価は死に物狂いでも払うべきだ。だから俺は施しは絶対にしない」
ニールは黙って聞いている。
「だから金持ちからも、貧乏人からも金は取る。そして、俺の薬で命を助ける。これが俺の仕事だ。でないと俺が生きていけん!俺の生活が成り立たないと薬が作れずに貧乏人に薬を売れん」
ニールは辛抱強く話しを聞くが、熱く語るアルバートはなかなか用件を言わない。
「例え5百レトの薬代を払わせるために5千レトの金を使おうと俺は絶対に・・・」
「あの!結局、用件は何ですか?貴方の仕事に対する姿勢は分かりましたが、私には関係ありませんし、興味もありません」
ニールに遮られてアルバートは我に返る。
「すまん。つい夢中になっちまった。つまりは、今後もお前に薬草採取の仕事を頼みたいと言いに来たんだ。お前が良質の薬草を採取してくれれば薬をより多く、安く出来る。そうなれば更に多くの貧乏人を助けられるというわけだ」
聞いてみれば大した用件ではない。
「そういうことならギルドに指名依頼を出してください。私はギルドを通した仕事しか受けませんよ」
アルバートは満足げに頷いた。
「それは分かっている。ギルドでもそう聞いた。だが、仕事を頼む以上はお前のことを知りたくてな。直接来たというわけだ」
ニールはアルバートの暑苦しさに半ばうんざりしていた。
「依頼の優先度によっては後回しにすることもありますが、私は基本的に仕事は断りません。なのでお話ししたようにギルドに指名依頼を出してください」
アルバートに早く帰って欲しいニールは話しを纏めにかかった。
これ以上長閑な休日を邪魔されたくないのだ。
「あ、ああ、そうだな。指名依頼を出せばいいんだな。よし、それでいい」
何やら自己完結したアルバートはニールに手を差し出した。
「ニール、お前とは長い付き合いになりそうだ。これからも宜しく頼むぜ。俺の薬はギルドにも卸している。効き目は間違いないぜ」
長い付き合いと言われても、とにかく早く帰って欲しいニールは逆らうことなくアルバートの手を握った。
「まあ、宜しくお願いします・・・」
こうして阿漕なのか、そうでないのかよく分からないアルバートは満足して帰って行った。
日は既に暮れかけている。
ニールの貴重な休日は幕を閉じようとしていた。
しかし、この日の来客はこれだけではなかった。
アルバートが帰るのと入れ替わりにメリッサの訪問を受ける。
「ニールさん、急なお話しで申し訳ありませんが、至急ギルドに来てください。ニールさんへの指名依頼をお願いしたいのです」
ただならぬ雰囲気のメリッサの訪問にニールの休日は幕を閉じた。




