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撤退

 斑大蟷螂を使役下に置いてとりあえずの脅威は無くなった。

 しかし、本来は樹海の深い場所に生息する斑大蟷螂がこんなに浅い場所にいることが問題だ。

 ギルドの依頼にあったとおり、この樹海で何かが起きていることは間違いない。


「さて、私が受けた依頼はセルマさんの応援に向かうことと、樹海の調査です。セルマさんと合流できたので目的の1つは達成しましたが、どちらかといえば調査の方が重要です」


 ニールの言葉にセルマも頷いた。


「ニールさんが来てくれるまでに私も調査を進めてきました。確かに樹海内の魔物のパワーバランスに変化があるようですが、今のところその原因までは・・・」


 セルマは言いよどむが、これは仕方のないことだ。

 たった1人きりでこの樹海内で生き延びただけでも並大抵のことではない。


「セルマさんはこの樹海でどんな魔物を確認しましたか?」


 ニールの質問にセルマは懐に入れたメモを取り出した。


「えっと、樹海に入って3刻から4刻程歩いた位置に強力な魔物が住み着いています。樹海を流れる川の北側に5体前後のリザードマンの巣、更に奥に入った場所にミノタウロスの群れ、川の南側ではバジリスクを見ました。それから・・・」


 限られた時間でかなり詳細に調査をしていたようだ。


「凄いですね。よく1人でそこまで調査しましたね?」

「いえ、私は逃げ回っていただけで、討伐まではしていませんし・・・」


 浮かない表情のセルマだが、ギルドの依頼はあくまでも調査だ。

 その目的は果たしている。


「もう調査目的は完了としてもいいのでは?せっかく集めた情報も持ち帰らなければ無意味ですよ?」


 ニールの提案にセルマは首を降る。


「最後に、あのパーティーを襲った魔物の正体を確かめたいのです。敵討ちとかではありません。一度人を襲った魔物はまた人を襲います」


 セルマの言うとおりだ。

 一度人を襲った魔物は人を脅威と思わなくなるものが多い。

 討伐までは出来なくてもその正体を確かめておく必要がありそうだ。


「分かりました。それでは最後にその魔物について調べてみましょう」


 ニールとセルマは調査を続けることにした。


 セルマの案内でパーティーリーダーの死体が放置されている場所まで来た。

 頭部を潰されて倒れたリーダーを他の仲間は連れていけなかったのだろう。

 しかも、魔物によっては自分が仕留めた獲物に異常に執着するものもいるから迂闊に回収や埋葬をすることも危険なのだ。

 ニールは死体を検分する。

 魔物や動物に食い荒らされ、半ば腐乱しているが、死体の状態は分かりやすい。

 致命傷は頭部への一撃だ。

 潰れた兜が首までめり込んでいる。


「一撃で兜ごと頭を叩き潰されていますね。相当な力の持ち主で、棍棒のような物でやられてます。オークよりも強力な、オーガかトロルか、そのあたりだろうけど、多分トロルでしょう」


 ニールはそう判断する。


「何故トロルだと思うんですか?」

「オーガは人を食います。自分の獲物を他の魔物に食われるなんて許しません。武器を使う巨人系の魔物で人を食わないのはトロルとサイクロプスですが、サイクロプスでは力が強すぎて身体ごと完全に潰されますからサイクロプスではないでしょう。トロルは凶暴ですが、よほどのことがないと人を食いません。多分、彼等はトロルの縄張りに知らず知らずのうちに入り、襲われたのですよ」

「なるほど・・・。あれっ?だとすると・・・」


 セルマが周囲を見渡す。

 樹海の奥から木々をなぎ倒しながら何かが向かってくる。


「えっ?まさか・・・」

「そのとおり、ここはトロルの縄張りの直中ですよ」


 ニールは死体から認識票を回収して立ち上がった。


「因みに、成体のトロル程の体重だと私の蜂の毒も即効性は期待できません。今の私の戦力だとトロルを倒すことは不可能ではありませんが、かなり厄介ですね。しかも、相当怒ってます」

「えっ?だったら?」


 トロルの息づかいすらも聞こえてくる。

 ニールはセルマの手を引いた。


「逃げましょう!」

「はいっ!」


 2人は脱兎の如く走り出した。

 2人共に幾多の修羅場をくぐり抜けた中級冒険者だ、そんな2人が本気で逃げに入ればトロルになど追いつかれる筈もなく、逃げ切ることに成功した。


 樹海を脱出した2人は草原の都市に帰還して結果を報告すると共にリーダーの死体から回収した認識票を提出した。


「貴重な情報をありがとうございます。お2人の依頼は完了となります」


 メリッサは依頼完了の手続きをして2人分の報酬をカウンターに置いた。

 報酬を受け取るニールとセルマだが、後から依頼を受けたニールの方が金額が安い。

 しかし、ニールは報酬金を得たことよりも、斑大蟷螂を使役下に置くことが出来たことが何よりの収穫だった。


「ニールさん。ありがとうございました。ニールさんが来てくれなければ私も無事に戻れませんでした」


 セルマはニールの肩にいる斑大蟷螂を見ながら礼を言う。


「いえ、私も仕事を受けただけですから、お礼を言われる筋でもありませんよ」


 まったく気にしていないニールにセルマは頭を下げた。


「でも、私の気持ちとしてです。ありがとうございました。またご一緒できたらその時はまたお願いしますね」


 ニールは肩を竦めた。


「まあ、機会があればよろしくお願いしますよ」


 ニールの言葉にセルマは笑みを浮かべて頷いた。


「はいっ、よろしくお願いします!」


 なお、2人からの報告を受けたギルドは事態を重く見て王都のギルド本部に報告し、その後はギルド本部主体で上級冒険者による調査が進められることになったのである。

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