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第7話 不思議な生物

 放課後になった。今日は入学式なので授業はない。だから、入学式が終わった後はちょっとした連絡だけで終わった。

 そしてオレ達は魅月が来るのを待つために教室の中にいる。他の同級生達はとっくに帰ってしまったようなので教室の中にいるのはオレ達だけだ。

「ねえ、涼樹」

 自分の机に腰掛けているオレに真琴はいきなり話しかけてきた

「ん?なんだ?」

「あのね、もし、涼樹が前世の記憶を受け継いでる原因が身近な人だったって知ったら涼樹は、怒る?」

 真琴は椅子に座ったままオレの方を向く。彼女の口調は何かを探るような口調だった。何かに少し怯えているような気もする。もしかして――

「いや、怒ったりしない。むしろ、感謝するな」

「感謝?」

 オウム返しのように聞き返してくる。

「ああ、今の生活は退屈だけど平和でいいと思ってる。オレの前の人生よりも遥かに過ごしやすくて安心できてる」

 前の人生は親から愛情をもらえずただ期待の念だけを押し付けられ、周りの人々もそれと同様にオレのことを扱った。だから、オレは心のよりどころにできるような人がいなかった。だから安心することも、できなかった。

 だけど、今の生活はずっと楽だ。父さんは仕事が忙しいからあまり構ってもらった思い出はない。けど、母さんはいつだってオレの傍にいてオレをしかったり、心配したり、守ったりしてくれた。マイペースな性格だから少し至らない部分があったように思うけれど、前世で親から愛情を注いでもらえなかったオレにとってはそれで十分だった。

 今回の人生で悪いとか嫌だ、って思ったことはあまりない。だから、オレが前世の記憶を残して今の人生を歩んでいる原因がいるのだったら感謝したい。

「そう、なんだ」

 そう言って真琴は少し俯く。

 それから、少しの間沈黙が流れる。真琴は何かを決意するかのようにこぶしを一回握った後再度顔を上げ、オレの顔を見る。

「実は、ね。涼樹の前世の記憶を受け継ぐようにしたの、あたし、なんだ」

 驚きはなかった。先ほどの真琴の探るような質問から薄々と気がついていたから。

「やっぱりな」

「え?気がついてたの?」

 真琴は驚いているようだ。

「まあな、あんな探るように質問されたら誰だって気がつくだろ?」

「むぅ、あたしやっぱり隠し事をするの下手なのかな?」

 自分が隠し事をするのが下手なのが気に入らないのか真琴は自分に対して不満をあらわにしていた。

「それは、素直だってことでいいことなんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど。でも、ちょっとくらいは裏を探れるようなスキルが欲しいなって思うんだ」

 真琴はそう言うが、なんだかこの少女に裏を探る、というのは似合わないような気がした。多分、すぐにぼろが出てしまうような気がする。

 そう思うと、真琴が言ったことがなんだか面白くて少し、笑ってしまった。

「あ、涼樹!なんで笑うの!」

「いや、ごめんごめん。お前に裏を探るって言葉が似合わなくてな」

 真琴はそんなことをオレに思われていたというのが不満なのか頬を膨らませる。そんな彼女の仕草はやっぱり子どもっぽかった。

「まあ、ありがとな。お前のおかげで二度目の人生は結構、楽しめてるよ」

「どういたしまして」

 一転して真琴は笑顔を浮かべる。ほんと、行動が素直だよな、とオレは思った。

「でも、お礼を言われるほどでもないんだ。あたしがやりたいって思ってやったんだから」

「たしかにそうだよな。オレはやってくれ、なんて一言も言ってないんだから。……なんで真琴はオレの前世の記憶を残すようにしたんだ?」

 疑問に思ったので聞いてみる。

「え、えっと、あ、あの、その、そ、それは……」

 何故か真琴は顔を真っ赤にしてわたわたとする。

「な、なんだよ。聞いちゃ悪かったか?」

「そ、そういうわけじゃ、な、いよ?ただ、あの、言いにくいというか、なんというか……」

 真琴の顔は依然として赤いままで視線は定まらずきょろきょろとしている。彼女自身が言うとおりに言いにくいことなのだろう。

「まあ、言いにくいなら別にいいって。どうしても聞きたいって事じゃないんだし」

「うぅ……」

 オレの言葉は届いていないようだ。ほんとうは言いたいことなのだけど、恥ずかしくて言えない、そういうことなのだろうか。

 というか、言いたいけど恥ずかしくて言えないってなんだろう。定番としては愛の告白、とか、か?

 いや、なんだかこいつの場合、素のままで言ってきそうな気がする。公衆の面前で、いきなり抱きついてきたりしたわけだし。でも、よく思い出してみればあのときのあいつは嬉しすぎてつい抱きついた、という感じだった。

 そう考えると、何の躊躇もなく言いそうな気もしたし今のように恥ずかしがってから、言うような気もした。

 まあ、でもそれは突飛すぎるからもしかしたらオレでは想像できないようなことなのかもしれない。だから、考えても仕方がない、と思い真琴が喋りだすまで待つことにした。

 もう、大部分の生徒が帰ってしまっているようで校舎の中は静かだった。でも、外から音が聞こえてくるので、音がない、というわけでもなかった。

 上級生はもう部活があるのか、運動部の練習の掛け声が聞こえてくる。それから、吹奏楽部が楽器を練習する音。今は各パートずつで練習しているのかただの楽器の音にしか聞こえない。

 そうやって、真琴が喋りだすのを待ちつつ遠くから聞こえてくる音を楽しんでいると、こんこん、という音が聞こえてきた。

 その音が聞こえてきたのは窓の方。……は?窓の方?

 先ほどの音はボールがぶつかった、という感じの音ではなかった。こっちを気がつかせるようなノックする感じだったからだ。

 でも、それはありえないはずだ。ここは四階で窓の外に足場になるような場所はなかったはずだ。

 オレはおそるおそる窓の方を見てみる。何がいるのかと、想像をめぐらせながら。

 そして、オレの視線は窓の方へと張り付いた。

 ……ちょっと待て、おかしい。なにか変な生き物が窓の外にいる。

 どんな姿かというと。全体的に丸っぽくって全身を白色の毛で覆われている。頭にちょこんと猫のような耳がついていてそれがときどきぴくぴくと動いている。そして、緑色の大きな瞳でこちらをじっと見つめている。

 一言で言いあらわすとすっごく生々しくなるのだが猫の首だけのような生き物だった。それが、宙に浮いている。

「涼樹、どうしたの?」

 変な生き物を見つけて呆然としていたオレに真琴が話しかけてくる。オレは真琴に窓の外に変なのがいる、と言おうとした。けど、その前に真琴は自分から窓の方を見た。

「あ、ネーラ」

 ネーラ?もしかして、あの変な生き物の名前なのか?ということは、真琴はあの生き物を知っているのか?

 オレがそんなことを思っていると真琴は椅子から立ち上がり窓を開けた。その途端に変な生き物は真琴の胸に飛び込んだ。

「ミー」

 その変な生き物は猫のような鳴き声で真琴にじゃれ付いている。

「あはは、くすぐったいよ、ネーラ。でも、だめでしょ。学校に来ちゃ。家で待ってないと」

「ミ〜」

「まあ、寂しいっていうのはわかるけどね。それでも、家で待っててよ」

 真琴は変な生き物に対して話しかけている。その変な生き物は真琴の言っていることがわかるのか真琴が言葉をかけるごとに鳴き声を上げている。

 それに、真琴もその変な生き物が何を言っているのかわかっているような気がする。

「なあ、真琴。その変な生き物はなんだ?」

 とりあえずオレの中にある疑問を解決させたいのでそう聞く。

「この子はネーラっていうんだよ。あたしが創りだした魔物なんだ」

「お前、魔王の力も受け継いでるのか?」

「うん、そうだよ。でも、結構、力がそがれちゃってるから前世のときみたいに簡単には創りだせないんだけどね」

 そのことがさも当然であるかのように真琴は答える。

 そういえば、魅月は誰も教えていないのに真琴の前世の記憶を言い当ててた。もしかしたら、魔力を見る力を受け継いでいるのかもしれない。

「ほら、ネーラ、この人が涼樹、だよ」

「ミー?」

 真琴はネーラをオレの方に向けてオレの紹介をする。ネーラは不思議そうにオレのことを見ている。

「えっと……よろしく、な」

 とりあえずそう言ってみる。動物に自己紹介をするなんて初めてだな、とか思いながら。

「ミミー!」

 何故だか嬉しそうな鳴き声を上げてオレの方に飛んできた。オレは反射的にネーラを手で受け止める。

 そうすると、ネーラはオレの手に頬ずりをする。少し、くすぐったい。

「あは、よかったね、涼樹。ネーラに気に入られたみたいだよ」

 真琴は嬉しそうに笑っている。ネーラは頬ずりをするのをやめる。どうしたんだ?、と思ったら真琴の方へと戻っていった。

「真琴の方がいいみたいだな」

 オレは、再度真琴にじゃれつくネーラを見ながらそんなことを言う。

「そうなの?」

「ミーミー」

 ネーラは真琴の言葉を肯定するように二度頷く。真琴は「そっか」と言ってネーラの頭を優しく撫でる。

 オレはその光景がなんだか微笑ましくて小さく、笑う。

「どうしたの、涼樹?突然笑っちゃって」

 オレがいきなり笑ったのを不可解に思ったのか真琴は首を傾げながらそう聞いてきた。確かに、いきなり笑われたりしたら不可解に思うよな、と思いながらオレは答える。

「平和だな、って思ってな」

「うん、そうだね。前世のあたし達がいたこの世界はすっごく荒れてたもんね」

 真琴は少し悲しげな表情を浮かべる。前世の暗い記憶が甦ったのかもしれない。

 かくいう俺も前世の暗い記憶を思い出していた。特別な力を持つ、というオレを生贄のように魔王討伐に行かせたやつらの顔。味方といえるような人はオレとは違うけど特別な力を持ったイリヤだけだった。

 それ以外の人々は全員、オレ達を突き放すような目で見ていた。特別だとはやしたて、人間とは違う存在だと暗に突きつけ、魔王討伐を強制させられ……

 そこまで思い出してオレは吐き気を感じた。人の負の感情。全てを押し付けて応援をするだけで満足しているやつら。

 そんなやつらばっかりだからオレは世界がどうなってもいいって思ってた。ただ、押し付けられる苦しみを失くしたくて魔王討伐の旅に出た。

「ねえ、涼樹。なんで、涼樹はあたしを助けようって思ってくれたの?」

 前世のことを思い出していたらいきなりそんなことを聞かれた。

「お前を助けようと思った理由?」

 オレが確認するように聞き返すと真琴は「うん」といいながら頷いた。オレはそれを確認すると口を開く。

「どうして、だろうな。お前が寂しそうに見えたからなのかな、とは思ってる」

 オレはそんな曖昧な答えを返す。正直に言って彼女を、助けようと思ったちゃんとした理由はオレ自身よくわからない。ただ、彼女の姿を見た途端に助けたい、と思ったのだけは確実にわかってる。

「そう、なんだ」

「ごめんな。ちゃんとした理由がオレ自身わからないんだ」

 オレは何故だか謝らなければいけないような気がしてそう言った。

「ううん。別に、いいんだよ。あたしは、嬉しいから」

 嬉しい?どうして、嬉しいんだ?オレは対したことはなんにも言ってないのに。

「実はね。あたし、涼樹のことが……」

 そこで、真琴は言葉を切る。少し真琴の顔が赤くなっているような気がする。そんな真琴に抱かれているネーラが不思議そうに真琴の顔を見ている。

 そして、オレは何故だか気恥ずかしさから緊張してくる。真琴のまとっている雰囲気がそうさせているんだと思う。

 この雰囲気はなんだろうか。恥ずかしいけどおさえ切れないような感情を持っているような……。

 オレは真琴の放つ雰囲気で落ち着かなくなりつつも真琴の言葉の続きを待つ。そして、真琴が息を吸って言葉を紡ごうとしたその瞬間に、

「二人とも、約束どおり来てあげたわよ」

 そんな場違いな能天気な声が聞こえてきた。教室の入り口の方を見てみると魅月が立っていた。


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