第3話 『俺』の再会
俺たちが走るのをやめたのは人気のない校舎裏に来てからだった。
「あ、ご、ごめん」
立ち止まって数秒息をついてからやっとオレの手を握りっぱなしっだということに少女は気がついたようだった。謝りながらぱっとオレの手を離す。
「いや、別にいいんだけど。……それよりも、なんでいきなりオレに抱きついてきたんだ?」
人気のないところに来たからだろうか、先ほどよりもいくらか落ち着いた声で聞く。
「あたしが誰だか、あなたはわかる?」
少女はオレの質問を聞いていないのか、それとも聞いていてあえて答えないのか、オレの質問に全然関係ないような質問を返された。
「は?」
オレは何でそんなことを聞かれたのかわからなかった。でも、その質問に何か意図があるような気がした。
だから、オレは少女の姿を観察する。
先ほどは目をつむっていてわからなかった少女の少し大きめの茶色い瞳がこちらをじっと見ている。そのせいか少女の顔つきは先ほどよりも更に幼そうに見える。
次に目に入ったのは少女の髪の毛だ。その髪は栗色で肩の辺りまでのばされている。とてもサラサラしているのであろうか弱い風でも髪が微かになびいているのが見える。
そこまで見てもオレはその少女に見覚えがなかった。しかし、何故か前世のオレの中にある魔王と名乗る少女の姿がフラッシュバックし目の前の少女と重なる。
でも、あの少女はあの日、オレが殺したんだからここにいるはずがない。それに彼女は過去に存在している。単なる他人の空似だろう。だから、
「いや、わからないし、見覚えもないな」
と、答えた。でも、俺の中で何かが引っかかっている。
「そっか、やっぱり、そうだよね」
少女は悲しそうな微笑みを浮かべる。その表情もオレの前世の記憶の魔王と重なる。しかも完全な形で。
「ま、おう……?」
そして、知らずの内にオレはそう小さく呟いていた。
「え……?」
オレの呟きが聞こえたのか少女は驚きの表情を浮かべる。まあ、そりゃあそうだよな。いきなり魔王なんて言われて驚かないやつなんていないと思う。
たぶん、オレ、変なやつに思われてるだろうな、とオレが考えていると、
「そうだよ。あたしの前世は魔王なんだよ。あなたがあたしのことを殺してくれたんだよ。鎖に捕らえられて逃げられなかったあたしを」
半ばまくし立てるように少女は言う。そして、今度はオレが驚く番だった。
今の時代にオレ以外で魔王は捕らえられていたということを知る人はいないはずだ。それ以前に魔王がいたということを知る人さえいるはずがない。
だから、目の前の少女が自分は魔王の生まれ変わり、だと言ったのは本当のことなのだろうか。
「ほんとにお前は魔王の生まれ変わり、なのか?」
「うん、そう、そうだよ!あたしはずっとあなたに会いたかったんだよ……」
少女は嬉しそうにそう言いながら抱きついてきた。
「こ、こら、だ、抱きつくな!」
オレは慌てて少女を引き離そうとするのだがあまりにも少女が嬉しそうなのであまり無理やり引き離すことができない。
彼女に抱き付かれるのが二度目とはいっても恥ずかしいものは恥ずかしい。
なので、無理やり引き離そうとはしないが、出来るだけ早く離れてもらおうと何度か少女の肩を押す。中々、離れてくれないのだが何度か繰り返すうちに離れてくれた。
「あ、ご、ごめん……。いきなり、抱きついちゃって」
離れてから少女は恥ずかしそうに顔を俯かせ謝る。たぶん、衝動的に抱きついてたんだと思う。そうじゃないと、ここまで恥ずかしがったりしないはずだ。
そう思っているオレもかなり恥ずかしい。それに、この後何を言えばいいかわからず二人で沈黙してしまっている。それがさらに恥ずかしさを増幅させているような気がする。
その沈黙を先に破ったのは少女の方だった。
「あ、あの、あなたの名前はなんていうの?前世のじゃなくて、今の名前」
「あ、ああ、オレの名前は北沼涼樹だ」
少女は涼樹、涼樹、と何度も口の中でオレの名前を繰り返す。女の子に名前で呼ばれる、というのも恥ずかしいものだった。というか、こいつはいきなりオレを名前で、しかも呼び捨てで呼ぶつもりなんだな。
「うん、涼樹だね。覚えたよ。ちなみに、あたしの名前は神川真琴だよ」
「神川真琴か、よろしくな、神川」
オレは苗字で彼女のことを呼び、手を差し出した。そうしたら、彼女は不満そうな表情を浮かべてオレの方にずいっ、と顔を寄せてきた。
「むう、苗字じゃなくて、名前で呼んでよ。名前で呼んでるほうが仲がよさそうでしょ」
オレは彼女のそんな言葉にどきり、とした。彼女はどんな意図を持ってそんなことを言っているのだろうか。
考えてみたけれどそれはわかりそうでわからなかった。
「さ、あたしのこと名前で呼んでみて!」
オレの考え事を中断させるかのように少し大きめの声でそう言う。
オレは、目の前にいる彼女の様子を見て、はあ、と溜め息をつく。なんだか、これからこいつといると疲れそうなことになりそうだ、と思って。けれど、そう思うと同時に、彼女とは一緒にいてもいいような気がした。だから、
「わかったよ。名前で呼んでやるから少し離れろよ、真琴」
真琴は、それでいいんだよ、とでもいうような満足げな表情を浮かべる。それが『俺』と魔王の二度目の出会いだった。




