52話 馬鹿だからな
視線の先。
地面に突っ伏す、翔馬と無い野。
蒼気の手に、気が集束していく。
ゴゴゴゴゴ……!!
空気が軋む。
大地が震え、周囲の瓦礫がわずかに浮き上がる。
翔馬はボロボロの身体を必死に動かそうともがいた。
腕をつこうとする。
だが、その瞬間――
ビキッ。
身体の奥から悲鳴が上がる。
傷口が開き、血が噴き出した。
「ッ……!」
それでも止まらない。
歯を食いしばり、顔を上げる。
その視線が蒼気と交わった。
蒼気の手には凝縮された“死”があった。
逃げ場はない。
防ぐ術もない。
ただ、終わりだけがそこにある。
「馬鹿が……」
腹を押さえながら、こちらを見上げる無い野がいた。
指の隙間から、止めどなく血が溢れ出ている。
地面には既に大きな血溜まりができていた。
無い野の呼吸は浅く、不規則だ。
目だけを開け、無い野が低く呟く。
「足掻くだけ無駄だと言うのが……まだ分からんのか」
それを否定するかの様に翔馬は構える。
下からかすれた声が響く。
「……おい……」
翔馬の視線がわずかに落ちる。
翔馬は一瞬だけ無い野を見た。
そして――再び前を向く。
「……かもな……でも……」
言葉は途切れ途切れ。
片腕が力なく垂れ下がる。
肩口から血が滴り落ち、地面に染み込んでいく。
それでも――
翔馬は、前を向いたまま言った。
「俺が……やらなきゃいけないんだ」
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
それでも。
「……前を向いていたい……」
かすれる声。
「例え今日が……最後の日でも」
無い野は、静かに目を閉じた。
その言葉を聞き終えたかのように。
「……遺言を聞こうか」
蒼気が手をかざす。
圧縮された気がさらに収束する。
空間そのものが歪む。
光が軋み、影が引き裂かれる。
それは、絶対的な終わり。
前を向いていようが。
目を閉じていようが。
祈ろうが、抗おうが。
――それは平等に訪れる。
蒼気の手がわずかに動いた。
終わりが放たれようとする。
一本の、光線。
「……先生……」
次の瞬間には死ぬ。
「……あぁ……そうだ……」
最後の言葉。
「与志野に……テスト……勝ちたかったなぁ……」
ドッッッ。
放たれる。
避けられない。
翔馬は理解していた。
(……だめだ……身体が……動かない……)
蒼の光が、目前まで迫る。
光線の光が、翔馬の身体を包み込む。
逃げ場は無い。
避けることも、耐えることも出来ない。
翔馬は静かに目を閉じた。
――その時。
「翔馬!!」
やけに明るい声。
翔馬は反射的に目を開ける。
「……与志野?」
柔らかな夕陽。
揺れるブランコ。
子供達の笑い声。
施設時代、いつも遊んでいた――学校近くの公園。
目の前に立つ与志野は、幼い姿だった。
背丈も低く、あの頃のまま。
「そんな所で何してんだよ!早くあっちで皆んなと遊ぼうぜ!」
無邪気に笑いながら手を振る。
翔馬は、その場に立ち尽くした。
「……与志野……俺は……俺は行けない……」
声が震える。
「……?何で?」
与志野は首を傾げる。
翔馬は俯いた。
「だって僕は……足遅いし……与志野みたいに……皆んなと仲良くとか……出来ないんだ」
気づけば、翔馬自身も幼い姿に戻っていた。
あの頃の自分。
「皆んな僕の事……無口でつまんない奴って言ってる……」
拳を握る。
「でも……与志野は違う」
(そうだ)
(与志野だけは違った)
「皆んな与志野の事待ってるでしょ……早く行ってあげなよ」
無理やり笑う。
「僕ここで待ってるから――」
「やだ」
即答だった。
「……え?」
翔馬は顔を上げる。
与志野は、少し不機嫌そうに眉を寄せていた。
「まだ分かんないのか?まあお前馬鹿だからなー」
「な、何だよ!僕馬鹿じゃないし!」
思わず言い返す。
与志野は、真っ直ぐ翔馬を見て言った。
「俺はお前の事を待ってる」
「……え」
「お前が居ないとつまんない……寂しいよ」
その言葉は、あまりにもまっすぐだった。
与志野が手を差し出す。
「ほら、これ以上待たせんなよ!」
笑いながら。
「皆んな俺と“翔馬”の事待ってんだぞ!」
(お前だけは……)
翔馬の胸が熱くなる。
(お前だけが……見ていてくれたんだ)
震える手を、ゆっくりと伸ばす。
そして――
その手を、取った。
与志野に引かれ、翔馬は走り出す。
土を蹴る感覚。
風を切る音。
だが。
不意に――与志野の足が止まった。
「……何で泣いてんの?」
翔馬は元の姿に戻っていた。
血にまみれた身体。
傷だらけのまま。
涙が、頬を伝っていた。
「……ごめん、与志野」
静かに呟く。
そして――
握っていた手を、離した。
「行かなきゃいけないんだ」
「え……何でだよ!俺、翔馬が居ないと……!」
与志野の声が揺れる。
だが翔馬は背を向けた。
そして走り出す。
「翔馬!」
振り返らない、前だけを見る。
眩い光の中に――小さな穴が空いていた。
そこから先は暗闇。
終わりへと続く道。
それでも。
翔馬は迷わず飛び込む。
足が止まらない。
前へ。
ただ前へ。
例え、その先に何も無くても。
(今度は俺が……待つ番だ……向こうで……)
最後の瞬間。
バッッッ!!!
翔馬に光線が当たる直前。
影が翔馬の前に飛び出した。
「え……」
蒼の光線が、彼の腹部を貫通する。
ズン、と鈍い音。
血が空中に散った。
「……与……志野……?」
与志野は、ゆっくりと振り返る。
「なっ……何で……」
口元がわずかに動いた。
「……馬鹿だからな、お前。」
身体が崩れ落ちた。




