43話 何転
蒼気は構えを取った翔馬を見て、静かに問いかけた。
「……それでいいのかい?」
「……何?」
「MODEを使わないでいいのかって事さ」
同時に、その右手へ蒼の気が集束する。
濃度が、異常だった。
「油断は致命傷を呼び……そして致命傷は死を呼ぶ」
(何だ……この圧……!)
翔馬は瞬時に判断し、蒼鎧を最大まで固める。
――次の瞬間。
視界が、真っ白になった。
ドォォォォン――――!!
衝撃という言葉では足りない。
蒼気が放ったのは、技ですらない。
純粋な蒼の気の波動。
大気が弾け、地面が抉れ、
建物も、街路樹も、アスファルトも――
まとめて消し飛んだ。
翔馬の身体は、弾丸のように吹き飛ばされる。
「ッ――!!」
蒼鎧が軋む。
だが、致命傷には至らない。
地面を何度も転がり、ようやく止まった翔馬は、すぐに跳ね起きた。
――その瞬間、目に映った光景に、言葉を失う。
クレーターと化した周囲。
崩れた建物。
逃げ遅れた一般人の悲鳴。
「……っ……!」
拳が、震える。
「……蒼気……!!」
翔馬の声は、怒りで掠れていた。
翔馬の目が見開かれる。
蒼気は、両腕を軽く広げた。
「やりやすくしようか」
その瞬間。
蒼気の体内で、蒼の気が爆ぜた。
ドガァァァァン!!
爆心を中心に、見えない衝撃波が全方位へ走る。
建物が、まとめて宙を舞う。
地面が、紙のように捲れ上がる。
波動。
ただそれだけで、街の一角が吹き飛ばされた。
「……ッ!!」
翔馬は歯を食いしばり、再び蒼鎧を展開する。
(……こんな……)
目の前の男は、もはや“先生”ではなかった。
人の生活も、日常も、他人も、
全てを切り捨ててでも目的を果たす存在。
蒼気は静かに言う。
「覚悟を決めろ、翔馬」
「周りの事なんて考えるな……これは私達の闘いだ。」
その圧は、遠くにいる仲間たちにも、
はっきりと伝わっていた。
無闘が、歯を食いしばる。
「……間に合え……!」
与志野は、走りながら呟く。
「翔馬……!」
――誰かが止めなければならない。
翔馬はたった一人で、
神界の元側近と相対していた。
逃げ場はもう無い。
だが逃げるつもりは毛頭なかった。
「蒼気!あんたを止める!!」
翔馬は叫び、蒼気へ一歩踏み出した。
怒りでも恐怖でもない。
覚悟が、胸の奥で燃えていた。
「これ以上……誰も傷つけさせない!!」
翔馬の身体から、蒼の気が溢れ始める。
その瞬間――
視界が、反転した。
──
二週間前。
人気のない山中。
無闘と翔馬は向かい合って立っていた。
息は荒く、翔馬の全身は汗だく。
何度もMODEを試し、その度に弾かれてきた。
無闘は腕を組み、少し考えるように言った。
「ん〜……やっぱお前のMODE……反転とは違うみたいだな」
「反転って……無闘とFがやってたあれか?」
「ああ、俺達が師匠から教わった技だ」
無闘は地面に指で円を描く。
「蒼の気は血と同じイメージで回すって前言ったよな」
「ああ……蒼脈だよな」
無闘はそれに頷く。
「で、その流れを変質させるのがMODE反転だ。
今まで鎧みたいに外で流したり固めたりしてた蒼の気を今度は中で流す。」
「中で……?」
「そう、さっき血と同じイメージで回すって言ったけど……MODE反転は本当に血管に蒼の気を流し込んで血液と共に循環させ、加速させる。」
翔馬は頭を掻きむしりながら、流れてくる汗を手で拭った。
「血管に流すって……そんな事出来るのか?」
「完全にセンスだよ、そもそも身体と蒼の気の相性が悪かったら絶対出来ないし、上手く出来ても肉体は相当疲弊する」
そこまで言って無闘の表情が少し曇る。
「そんで二つ目――無い野が使ってたMODE終点」
「あれか……」
「身体全部が蒼の気みたいなもんになる。
怪我しても即修復、蒼の気がある限り無敵……その代わり、終わった瞬間に全部ツケが来る」
翔馬は息を呑む。
「……じゃあ、俺のは?」
無闘は、少し黙った。
そして、翔馬を見る。
「……どっちでもねえ」
「え?」
「反転でも無い野の見せた終点でもない。
見た事無い……お前だけのMODEだ」
無闘は苦笑した。
「あの時だって感覚だけでやったんだろ?」
「まあ……そうだな」
「正直、仕組みが分からん」
無闘は肩をすくめる。
「だから名前もない……まあ無理やり名付けるなら――」
──
「――MODE何転、何も野。」
翔馬が、静かに告げた瞬間。
光が弾けた。
眩い蒼が、爆発的に広がる。
だが、破壊はない。
建物も、地面も、人も――
何一つ壊れない。
蒼の気は守るように、包み込むように広がっていた。
蒼気が、初めて目を見開く。
「MODE……何転?」
翔馬の身体は、確かに強化されている。
だがMODE反転のような歪みはなく、MODE終点のような暴走もない。
無い野の黒蒼とは正反対。
それは――
仲間を守るために、最適化されたMODE。
蒼気は思わず笑った。
「……なるほどな」
翔馬は、拳を握る。
蒼の光が、さらに澄む。
蒼気は、ゆっくりと構えを取った。
「いい……実にいい」
「なら見せてもらおうか――
その“何点”が、神を止められるかどうかを」
二人は、激突した。
蒼と蒼が正面から噛み合い、空気が悲鳴を上げる。
「――ッ!」
翔馬は、ぶつかる刹那、歯を食いしばった。
(下は……民家……!)
判断は一瞬だった。
翔馬は拳の角度を変え、蒼気の胴を叩き上げる。
「……上だ!!」
衝撃が斜め上へ流れ、蒼気の身体が空へ吹き飛ぶ。
だが。
蒼気は、空で止まった。
ピタリと。
落下も、慣性も無視して宙に立つ。
「……甘いな」
蒼気の両手に、蒼の気が集まり始める。
圧縮。
圧縮。
圧縮。
蒼の気は渦を巻き、やがて完全な球体を形作った。
大きさは、人ひとり分ほど。
だが、密度が異常だった。
(あれは……まさか……!!)
翔馬の背筋を、凍るような予感が走る。
蒼気は地上を見下ろし、淡々と言った。
「……平地にしようか」
そして投げた。
蒼の球体は音もなく落下する。
重力すら追いついていない。
翔馬は、瞬時に蒼鎧を全開まで展開する。
「くっっ!!」
蒼の光が、翔馬の全身を覆い尽くす。
ドンッ――――――――!!!!
衝撃が、世界を引き裂いた。
光。
爆音。
衝撃波。
地面が消える。
建物が消える。
道路も、電柱も、痕跡ごと消し飛び――
そこには、何も残らなかった。
更地。
ただの、平らな大地。
翔馬は蒼鎧ごと衝撃に叩きつけられ、地面を滑った。
「……っ……!!」
膝をつき、歯を食いしばる。
蒼鎧がなければ、確実に即死だった。
だが――守れなかった。
翔馬は、ゆっくりと顔を上げる。
さっきまで人が暮らしていた場所。
笑い声があったはずの場所。
そこには、何もない。
蒼気が空から降りてくる。
瓦礫すら存在しない更地に、静かに着地した。
「どうだ?これが神の……未来を動かす力だ」
翔馬の拳が、震え始める。
「……蒼気……」
声が低くなる。
「……あんた……本当に……“神”になるつもりかよ……」
蒼気は、微笑んだ。
「違う、私はもう神の側だ」
翔馬の蒼が、怒りに呼応して強く脈動する。
守るためのMODEが、悲鳴を上げていた。
「……なら……」
翔馬は立ち上がり、蒼気を真っ直ぐに睨みつける。
「俺は……人間側に立つ」
空気が、再び張り詰める。
――ここから先は、本当に戻れない戦いだった。




