39話 タイムリミット
――五十秒。
空間に走る蒼の軌跡が、わずかに変質した。
翔馬の拳は確かに当たっている。
だが――効きが薄い。
(……何だ!?硬い!!)
翔馬は、はっきりと違和感を覚えた。
同じ角度。
同じ速度。
同じタイミング。
(馬鹿が……いつまでも芸の無い!)
(適応……してる……!俺の攻撃が見切れてる!)
無い野は、完全に翔馬のリズムを読み切り始めていた。
受ける場所、逸らす角度、次に来る攻撃。
翔馬の連撃が、徐々に空を切り始める。
無い野は、わざと距離を詰めず、待った。
翔馬がカウンターを警戒し、間合いを取った――その瞬間。
ドンッ!!
一気に詰める。
視界を塗り潰すような蒼黒の圧。
「――っ!!」
ブォッッ!!
拳が風を切る音。
間合いを潰し、そこに流れる様に入る無い野の喰らえば致命傷の一撃。
翔馬は、紙一重で躱した。
だが、背中に冷たい汗が流れる。
(……完全に……読まれてる……)
回避できたのは、偶然に近い。
――四十秒。
無い野は、確信していた。
(そろそろだな……)
Quattro Step。
神経伝達の過剰加速。
筋繊維への瞬間的な負荷。
弊害が出る時間。
予想通り――
翔馬の踏み込みがほんの一瞬、遅れた。
無い野は、その“一瞬”を逃さない。
「……終わりだ」
踏み込もうとした、その瞬間――
翔馬の蒼が、爆ぜた。
「――ッ!?」
一瞬だけ、速度が跳ね上がる。
ドゴッ!!!
無い野の胸元に直撃。
「ゴハッッ!!」
衝撃が蒼鎧を貫き、内部まで響く。
「ぐっ……!!」
無い野は後退しながら理解した。
(まさか……誘われた……!?)
速度低下を“見せ餌”にした、罠。
その瞬間――
無い野の中で、何かが切れた。
(俺が騙された……?俺がこんな偽物にダメージを負わされるだと……?)
偽物に対して、苛立ちを覚えた。
「……ありえん!!」
無い野は感情のまま、突撃する。
だが――
翔馬が、消えた。
「……なに……?」
一瞬の静止。
翔馬は、完全に動きを止めていた。
蒼の流れ。
呼吸。
存在感。
全てを、ゼロに。
無い野の視界から、翔馬が“抜け落ちる”。
次の瞬間。
背後に衝撃。
ドンッッ!!!!
「……ッ!」
無い野は殴られながら、悟った。
(急停止……!動かないことで……見失わせた……!)
――三十秒。
無い野は、深く息を吸った。
「認めてやろう……お前は強い」
目の前の男は、肉体と才能を分けた存在。
半端な覚悟で、倒せる相手ではない。
無い野は、笑った。
だがそれは嘲笑ではない。
「だが勝敗は別だ……ここからは……」
奢りを、捨てる。
(後の事は考えない……全力で叩き潰す!!)
戦闘後のリスクを恐れ、抑えていたものを――
解禁する。
蒼黒が、異常な速度で湧き出し始める。
無限生成の速度が、さらに跳ね上がる。
(……!?何だ!?無い野の身体からまた……!)
「リスクを取らずにお前に勝とうとしたのは間違いだった……ここからは……」
防御は完全。
再生は即時。
肉体は、限界のさらに先へ。
無い野の存在圧が、山中を沈めた。
「ここからは――俺も命を賭ける。」
残り、三十秒。
決着は避けられなかった。
蒼黒が、異常な勢いで噴き上がる。
無い野は蒼の気の生成速度をさらに引き上げ、圧そのものとなって翔馬へ迫った。
大地が沈み、空気が潰れ、存在するだけで殺意が伝わる。
一方――
翔馬の身体に、ついに予測されていた弊害が現れ始める。
(……ッ……足が……)
Quattro Stepの過負荷。
神経と筋繊維が、命令に追いつかない。
速度が、急激に落ちた。
それを、無い野は見逃さない。
(……来たな!)
踏み込もうとした、その瞬間――
脳裏に、先ほどの“誘い”がよぎる。
(……待て)
衝動を殺す。
(焦るな。
確実に――“崩れた瞬間”を殺す。)
無い野は獲物を狩る獣のように、距離を保ち、タイミングだけを待った。
翔馬は、動かない足を叱咤する。
(……まだ……終われない……!)
蒼の気を無理やり巡らせ、再び無い野へ踏み出す。
数度、拳が交わる。
だが無い野は、確信する。
(……完全に、来ている。)
崩壊の兆し。
――二十秒。
その瞬間だった。
翔馬の片足は耐え切れず、遂に悲鳴を上げた。
バキッ!!
鈍い音。
「――っ!!」
致命的な隙。
無い野は、一切迷わない。
踏み込み、全力の一撃。
翔馬は蒼鎧でガードするが――
蒼黒の圧倒的物量が、それを押し潰す。
ドゴォォン!!!!!
肋骨が軋み、折れる感覚。
翔馬の身体は吹き飛ばされ、宙を舞う。
「ガッッッ!!!!」
(致命傷……!!反撃はない!!)
無い野は、そう確信した。
吹き飛ばされている途中の翔馬の背後へ回り込み、
確実な“止め”を刺そうとした――その時。
ぞわり、と。
背筋を、寒気が走る。
(……何だ……?)
翔馬の蒼が――
奇妙に、揺れた。
次の瞬間。
「うおおぉぉぉぉ!!!」
翔馬が、残された全ての蒼の気を解き放つ。
光が爆ぜる。
無い野へ向けた、命を賭したカウンター。
「――ッ!?」
無い野は、ギリギリで気づき、紙一重で躱した。
蒼の奔流が、空を裂く。
(今のは……final form!?)
(クソ……!躱された!)
――十秒。
(やはり……侮らなくて正解だった)
無い野は即座に反撃へ移る。
だが――
翔馬の身体が、限界を迎えた。
「グッ………!!」
無意識に、double stepが解除される。
その“ズレ”で、無い野の攻撃は空を切った。
「……チッ……!」
翔馬の速度は、もはや――
無闘たちの肉眼で追えるほどにまで落ちていた。
それでも。
翔馬は、消えかかるFinal Formに全てを賭ける。
(……これを……外したら……負ける……)
最後の一撃へ、踏み込む。
無い野は、それを見抜いた。
(必死の一撃……今の俺なら……止まって見える)
全力のQuattro Stepに適応した今、
翔馬の動きは――遅すぎる。
(最後の一撃……!片腕で流しながら心臓を貫く!)
「終わりだ……!亜里野!!」
――残り、三秒。
翔馬は、折れた足を地面に叩きつける。
ドッッッ!!!
一瞬にして大地が割れる。
地面に突っ込んだ足を軸にし、翔馬は勢いよく方向転換した。
ブォッッ!!!
地面が砕け、石が飛び、土煙が舞う。
(目眩し……浅はか!!)
「死ねぇ!!亜里野翔馬!!」
骨が悲鳴を上げる。
それでも、踏み込む。
最後の、最後の一撃。
「喰らえ無い野………!!」
無い野は、完全に読んでいた。
カウンターの体勢に入る。
――だが。
身体が、動かない。
(……な……!?)
動きは、見えている。
全て、予測通り。
避けられる。
止められるはずだった。
(動けば勝ちなんだ……俺の……俺の勝利!!)
だが、応えない。
無い野の身体もまた、限界を迎えていた。
――MODE終点の弊害。
その瞬間、理解する。
(……九十秒……!?俺が……宣言した……)
避けられるはずなのに。
止まって見えているはずなのに。
(俺が本物なんだ……!!俺が……!!俺が負ける筈ない!!)
身体が、動かない。
(馬鹿な……馬鹿な!!!)
翔馬の拳が、
吸い込まれるように――迫る。
「亜里野オオオォォォォォ!!!」
ドン!!!!!!!
衝撃。
翔馬の一撃が、無い野を正面から貫いた。
蒼と蒼黒が爆ぜ、
両者のMODEが、同時に解除される。
無い野の身体は吹き飛ばされ、
地面へ叩きつけられた。
世界が、静まり返った。




