30話 人格分裂決戦
山奥──静寂を裂く足音
鳥の声すら途切れた、深い森の奥。
翔馬たちは地面に刻まれた岩肌の上で、ただじっと“来訪者"を待っていた。
空気が重い。
花野の花びらが、風もないのに震えている。
(……来る)
当て野が何処からか取り出したライフルを構えると同時に──
森の奥からゆっくりとした足音が響いた。
ザ……ザ……ザ……
闇の中から二つの影が現れる。
ひとりは、薄笑いを浮かべた男。
黒い気配をまとい、翔馬の背中に冷たい汗を走らせた。
「覚悟はできた様だな……亜里野」
そして、その横に立つのは──
翔馬たちの担任、大井死。
しかし彼の表情は、いつもの気だるさとは違った。
鋭い瞳、何かを覚悟した顔。
「見慣れない顔がいるな……あれも無い野くんの人格かな?」
「ああ、だが問題はない。
あいつらなら十分対処できる」
無い野が指先を揺らすたび、空気が歪むようだった。
「花野、当て野……位置が集まっていた時はまさかと思ったが……そっちについたとはな」
翔馬は吐き捨てるように言う。
「ここで……終わらせに来たんだよ」
その時、大井死が前へ歩み出た。
「じゃあ私は……弟子達の相手をする。」
無闘とFが同時に身構える。
「体罰かよ先生〜、教育委員会に言っちゃおっかな〜」
「暴力は違うと思うよ!」
「生憎だが……私はもう教師じゃない」
大井死の声音は淡々としていた。
だが、その眼だけが異様に冷たい。
「無い野の邪魔をされると困るんでね……こっちでやろうか」
無闘が舌打ちしながら拳を握る。
「……チッ、行くしかねえな、翔馬たちは無い野を頼む!」
Fが振り返りながら叫ぶ。
「死ぬなよ翔馬!否定から入るけど、絶対死ぬな!!」
無闘とFは多い死に連れられ、森の奥へ消えた。
「何だそりゃ……」
「やっぱあいつちょっと変だよな〜」
残されたのは──
翔馬、与志野、田野、花野、当て野。
無い野は静かに笑った。
「五人か……前の廃工場の時の奴らは連れてこなくていいのか?」
無い野が一歩踏み出す。
それだけで、地面が鳴った。
翔馬が息を呑む。
(……重い……!なんだこの圧……!)
花野が花びらの盾を展開する。
「当て野」
「ああ……分かってる」
当て野が地形を利用し狙撃位置へ跳ぶ。
与志野の指先に蒼の気が集まり、田野がその背後を守るように立つ。
「いくぞ……!」
翔馬が叫んだ瞬間。
無い野の姿が消えた。
「!?消え──」
理解するより先に、
ドゴッ!!!
翔馬の腹に、拳がめり込む。
「ゴッ……!!」
肺から空気が全部抜け、視界が反転した。
「翔馬!!」
与志野が走るが、そこに無い野の膝が飛んでくる。
ガッ!!!
「ぐっ……!!」
一瞬。
たった一瞬で、翔馬と与志野は地面に転がされていた。
当て野が高所から狙撃する。
パンッ!!パンッ!!
だが無い野は弾丸を羽虫を振り払う様にあしらった。
ドシュッ!!ドシュッ!!
(弾丸に蒼の気が込められているな……だが込め方が雑……命中した所でそこまでのダメージにはならん)
「当たらない……!?」
花野が叫ぶ。
「田野!もう少し下がれ!」
(塵野を吸収したとは聞いてたけど……ここまで強化されるものなのか……!)
無い野は静かに、そして薄く笑った。
「花野、当て野……返って来い。
本来お前たちは、俺の中に“戻る”べき存在だ。」
田野が前へ一歩出る。
「戻る?ふざけんなよ……!こいつらはお前みたいなやつのために生まれたんじゃ──!」
その時。
無い野の手が軽く振れた。
その風圧だけで、田野の身体が吹き飛んだ。
「──グッッ!!!」
木に叩きつけられ、血が舞う。
翔馬が叫ぶ。
「田野!!」
無い野は変わらぬ表情で言った。
「雑魚が……お前ら如きがこの戦いに参加できると思っているのか?」
その目を向けるだけで、全員の背筋が凍った。
これが──“王”。
祝福 多重人格の本当の支配者。
圧倒的な格の差に誰もが一瞬、呼吸を忘れた。
翔馬の拳が震える。
(クソ……俺たちも必死に鍛えて強くなった筈なのに……ついて行けねえ!)
無い野がその身をわずかに傾け、静かに宣告する。
「さあ──終わらせようか。」
森が闇に飲まれた。




