21話 土壇場
フンペチは服に付いた砂を軽く払う。
「与志野音色君……本当に強いです。
ですが誤解しないでください」
その表情は、いつもと同じ“無”。
「私はまだ祝福を使っていません。」
与志野と田野の顔が一気に強張る。
「……は?」
フンペチは両手を見つめるようにゆっくりと上げた。
「本来戦闘に使う必要がないので……封印していました、ですがあなた達は思った以上でしたし……」
フンペチの目線が二人を捕らえる。
「あなた達を始末するため……使用することにします。」
空気が急激に冷え、まるで世界そのものが縮んでいくような圧迫感が漂う。
与志野は歯を食いしばる。
「何しやがる気だ……!」
フンペチは淡々と告げた。
「私の祝福は——」
両手を胸の前で軽く合わせる。
——パァン。
乾いた音が倉庫に響いた瞬間。
「delete peti、叩いた物を……消す祝福です。」
田野が目を見開く。
「消す……?壊すじゃなくて……消す?」
フンペチは足元の鉄片を両手で軽く叩く。
——パァン。
次の瞬間。
鉄片は跡形もなく消失した。
破片も埃もない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「っ……!!」
田野の背中に冷たい汗が流れる。
フンペチは一歩前に出た。
「安心してください。
消せるのは私が両手で挟んで叩いた物だけです。
無制限に触れる物すべてが消えるわけではありません。」
だが——
次の瞬間。
フンペチは田野の正面に立っていた。
「え……」
「田野!!!避けろ!!!」
パァン!
「うわっ……!」
空気が震え、田野の真横にあった鉄骨の柱が一瞬で消えた。
間一髪でかわした田野は青ざめる。
(しまった……油断してた……!今のが当たってたら俺は……!)
与志野は一歩前に出て、指先を構えて言った。
「チッ……厄介なんてもんじゃねぇ……!」
フンペチの両手は蒼くなり、叩く度に空気が波打つ。
「フーン……そろそろ抹殺斗さんが亜里野君を殺した所でしょうか……私も……時間はかけられません。」
両手を構え、ゆっくりと与志野へ歩く。
「……ここで確実に消します。」
田野が叫ぶ。
「与志野!! 下がれ!!
あいつの掌に触れられたら終わりだ!!」
与志野は腕を構えたまま叫び返す。
「田野!俺の指治してくれ!
俺の指……もうrevolver fingerはすぐには使えねぇ……!!」
フンペチは無音で間合いを詰める。
——パァン!
与志野は身を翻しフンペチの攻撃を避けるが体勢が崩れる。
「——ッ!!」
フンペチの手刀が迫る。
その狙いは——与志野の右腕。
「あなたの指……消してしまえばもう戦えませんよね。」
「クソ!!」
与志野が咄嗟に指を突き出すがフンペチは最小限の動きでそれをかわし、背後に回り込んだ。
「詰みです」
だが、フンペチの背後にもまた少女がいた。
「やめろ!!」
少女が光の紐を伸ばし、フンペチの腕を掴もうとする——
——パァン!!
瞬時に向きを変え、紐を手で叩く。
光の紐が消えた。
そして光の紐を持っていた少女も。
田野の目が絶望に染まる。
「俺の……能力まで消された……?」
フンペチは冷静に言う。
「ええ、形ある物はすべて対象です。
光でも蒼の気でも、生成物なら問題ありません。」
与志野の目が揺れる。
(ヤバい……次は俺だ!!)
フンペチの両手が与志野の前に迫る。
追い詰められた与志野と田野。
蒼の気も光の紐も、
フンペチの両手に触れた瞬間消される。
——絶望の距離。
与志野の手はまだ殆ど使い物にならず、
田野は少女を消され、再生成に時間がかかる。
フンペチの影が二人を覆った。
絶体絶命。
フンペチの影が、
与志野をゆっくりと覆い尽くしていく。
(この指じゃ後一撃が限界……だがゼロ距離なのはこっちも同じ!)
与志野の指に再び蒼の気が宿った。
(直で……ぶち込む!!)
「ハァァァァァァ!!!!」
——その瞬間。
パァン!
フンペチが与志野の真下で両手を叩き、与志野の足下にあった木材が消える。
「なっ……!?」
体勢を崩した与志野に手刀が迫る。
(……くるッ!!)
与志野は再び指を構えようとするが——
今の指では蒼の気の集中は間に合わない。
田野は叫びながら手を伸ばした。
「与志野ッ!!」
拳が震える。
「my only girl friend!!!」
腹の底からの叫びが倉庫に響いた瞬間。
田野の胸の前で、
ひとつの光が——ふたたび形を成し始めた。
与志野が目を向ける。
フンペチもわずかに眉を動かす。
「……?」
光はゆっくりと形を戻し、
少女の輪郭が淡く輝いていく。
瞬間。
少女はフンペチの背後に立っていた。
(!?速い……!)
田野の能力 my only girlfriend(俺だけの彼女)
それは単なる能力じゃなく、田野の心に比例して強さが変わる精神依存型の祝福だった。
「与志野には……指一本触れさせない!!」
ガバッ!!!
フンペチが振り向き、両手を叩くより先に光の網がフンペチに絡まった。
(網……?)
「だから無駄だと……!」
「与志野!!」
フンペチが網を手刀で切るのと同時に少女が与志野を抱え込み、瞬間的に高速移動する。
フンペチが反応し、両手を構える。
(進化している……あの祝福は危険!先に潰さなければ!)
フンペチの両手が、与志野と少女を挟もうと迫る。
だが田野は叫ぶ。
「挟ませるか!!」
フンペチが近づいた瞬間、少女が一気に真横へ跳んだ。
フンペチの両手は空を切る。
少女の腕から降りた与志野が立ち上がる。
(田野……!!土壇場で進化してんのか……!!)
その隙に与志野は蒼の気を指へ再集中させる。
——バチバチバチ!!
蒼の気が集まっていく。
「俺も……!気張らねえと……!!」
もちろん最大出力じゃない。
だが通常のthousand fingerを撃つ余裕くらいはできた。
(……しまった!指を修復された!)
フンペチはすぐに方向を変え、与志野へ突っ込む。
「向かう方向が違うぞ……こっちだフンペチ!!」
田野が前に立ちふさがった。
「悪手ですね……貴方に攻撃はできないでしょう」
フンペチは即座に両手に蒼の気を集中させ、二人を捉えた。
「くっっ!!」
パァン!!!
だが消えたのは田野ではなく蒼の気でできた少女だった。
(位置の入れ替え……!?まだそんな技を…!?)
与志野は叫ぶ。
「田野そこどけえええ!!撃てる状態になった!!」
「だよな……!じゃあ——」
田野は息を吸い込み、吠える。
「俺が!! お前の射線を作る!!!」
田野がまた少女を顕現させる。
「my only girlfriend!!!」
少女が田野を抱え、
真っ直ぐフンペチへと突進した。
フンペチが両手を叩く。
パァン!!
消去の掌撃が迫る。
だが消えたのは再び少女。
田野は直前で少女を踏み台にフンペチに飛び込んだ。
(……!?無防備で突っ込んで……!?)
「与志野……決めろ!!」
フンペチの身体がわずかに傾く。
与志野の視界が開けた。
(今だ……今しかねぇ……!!)
青い光が指に集まり——
「無理でしょう……!この位置から撃てば仲間を巻き込む……!貴方は撃てない!!」
「喰らえッ……!!」
フンペチは気づく。
(両手……じゃない!片方だけに蒼の気が集中している!?)
「shot gun fingerrrrr!!!」
蒼の指撃がフンペチの左半身へ一発叩き込まれた。
フンペチの身体が横へ吹き飛び、鉄骨を破壊しながら転がる。
「……ッ!!ガハッ……!」
田野も地面に倒れ込むがすぐに少女が抱き起こす。
与志野は肩で息をしながら言う。
「田野……マジで死ぬ気で突っ込むなバカ……!」
田野は血を拭いながら笑った。
粉塵の中。
崩れた鉄骨の奥で、フンペチがゆっくりと身を起こす。
服はさらに破れ、
左肩は蒼の衝撃で砕けている。
「……驚きました、あなた達……本当に強いですね。」
表情は崩れない。
だがその顔には冷や汗が垂れていた。
「……っ……これは……想定以上……」
衣服が破れ、口から血があふれる。
フンペチの膝が落ちた。
そして、静かに倒れた。
与志野は地面に手をつき、深く息をつく。
田野は痛む腕を押さえながら笑う。
「……勝った……のか……?」
少女が嬉しげにふわりと浮いていた。




