第3話:誘惑の紫水晶
洞窟を脱出した俺たちは、最寄りの都市に到着していた。
今の俺たちの格好は、人目を忍ぶには丁度いい。
俺は引き裂かれたスーツの上に、シルヴィアは漆黒のドレスの上に、それぞれ洞窟の白骨死体から拝借した薄汚いローブを羽織っているからだ。
【ルルデン】はこのあたりでは栄えている都市だ、と門番が得意げに説明していた通り、中は活気に溢れていた。
文無しは冒険者組合か、もしくは国営の仕事斡旋所へ行けと助言されたので、俺たちは迷わずギルドを選んだ。
酒と汗の匂い。荒くれ者たちの怒号と笑い声。
扉を開けると一瞬だけ視線が集まるが、俺たちの薄汚い格好を見てすぐに逸らされた。
「新規登録を頼みたい。二人だ」
受付の女性職員は、事務的な態度で水晶玉を取り出した。
「はいはい、身分証がないなら登録料で銀貨2枚ずつね」
「現金はない。これで頼む」
俺はポケットから、アシッドスライムを倒した時に手に入れた光石を数個、カウンターに転がした。
ローブを拝借した白骨死体からは、少しの銀貨も手に入れることが出来たが、まだ通貨の価値が分からない以上、下手に浪費はしたくない。
「……ふん、質の悪い魔石ね。まあ、登録料くらいにはなるかしら。まずはアンタからね」
職員はそう言うと、露骨に面倒臭そうな態度で俺の方を見た。
「ああ」
俺は水晶に手を置く。
一瞬の淡い光と共に、空中にステータスが表示された。
【名前:カナメ】
【職業:なし】
【保有スキル:万能強奪】
「……ん? 『万能強奪』? 初めて聞くスキルね……」
職員が眉をひそめた。
俺は心臓が跳ねるのを抑え、「ああ、これは盗賊系のスキルです」と適当な嘘をつく。
職員は「戦闘向きじゃなさそうね」と鼻で笑い、羊皮紙に書き込んだ。
「判定はFランク。一番下よ。次はそっちの彼女」
職員が顎でしゃくると、シルヴィアが一歩前に出た。
その瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
――待てよ。
この水晶、どこまで表示される?
コイツは仮にも洞窟の底で封印されていたような怪物だぞ。
もし【種族:月蝕の神喰らい】なんて表示されたら、その時点で俺たちは「人類の敵」認定だ。
(シルヴィア、待て!)
俺が止めようとするより早く、シルヴィアの白く細い手が水晶に触れていた。
バチッ!!
鋭い音が響き、水晶玉が激しく明滅した。
俺の時には鈍く光っていたが、反応が違うようだ。
代わりに、水晶の中が泥を流し込んだようにどす黒く濁り始めた。
「きゃっ!? な、なによこれ!?」
職員が悲鳴を上げて手を引っ込める。
シルヴィアは小首を傾げ、不思議そうに俺を見た。
……そうか。彼女の魔力にエラーを起こしたのかもしれない。こんな冒険者組合にある安物の測定器で、測りきれるわけがない。
だが、これはチャンスだ。
「……あー、すみません。連れは生まれつき魔力の扱いが得意ではなくて」
俺は咄嗟に嘘を重ねた。
「魔力をうまく制御できなくて、魔導具に触るとよく変な動作を起こさせてしまうんです」
「はぁ? もう、勘弁してよ……壊れたかと思ったじゃない」
職員は水晶をペチペチと叩き、黒いモヤが消えたのを確認して溜息をついた。
「ステータスが見えないんじゃ評価しようがないわね。まあ、その細腕じゃ剣も振れないでしょうし……彼女もFランクでいいわね?」
「はい、それで構いません」
「まったく、無能な男に病持ちの女……お似合いのカップルだこと」
職員は嘲るように言い捨て、鉄で出来たプレート(Fランクの証)二枚と、俺たちの名前が魔法で刻印されたカード二枚を放り投げた。
俺は内心でガッツポーズをした。
これでいい。
俺たちは「無害なFランク」という隠れ蓑を手に入れた。
「よし、行こうかシルヴィア」
「……」
俺は振り返り際、わざと懐から「コロン」と音を立てて、一つの石を床に落とす。
シルヴィアを封印していた紫水晶。俺が捕食した際、砕けて飛び散った破片をいくつか拾っておいたのだ。
親指サイズしかないが、それでも、この薄暗い建物の中では燦然と妖しく煌めいた。
「おっと、いけない」
俺は慌ててそれを拾い上げる。
だが、その一瞬の輝きを見逃さない連中がいた。
「おいおい、兄ちゃん。随分といいモン持ってるじゃねえか」
近づいてきたのは、柄の悪い3人組の冒険者。
そしてその背後、ギルドの奥の席では、いかにも上質な装備に身を包んだ金髪の男が、鋭い視線をこちらに向けていた。
金髪の男の表情に、明らかな「欲望」が浮かぶのが見えた。
計算通りだ。
「Fランク」というレッテルのおかげで、最高のカモが釣れたかもしれない。
「おい、聞いてんのか? その宝石と、後ろの女を置いてけ。そうすりゃ見逃してやるよ」
目の前のチンピラが剣に手をかける。
俺は小さくため息をつき、その肩に手を置いた。
【対象:Dランク冒険者】
【強奪可能スキル:初級剣術Lv2、威圧】
『――スキル【初級剣術Lv2】、【威圧】を強奪しました』
手のひらから伝わってきたのは、乾燥した砂を噛んだようなジャリジャリとした不快感だった。 浅い。薄い。何の深みもない、ただ覚えただけの技術。
「……不味いな」
俺は思わず呟いた。
「は?」
男の動きが止まった。
いや、止まったのではない。男は振り上げた剣をどうすればいいのか分からず、困惑した顔で自分の手を見つめているのだ。
まるで、初めて剣を握った子供のように。
「な、なんだ? 腕が、振り下ろせねえ……!?」
「振り方はこうだろ?」
俺は男の手から剣をスッと抜き取った。
奪ったばかりの【初級剣術】が、俺の体に最適な重心移動と筋肉の動きを教えてくれる。
俺は流れるような動作で剣を一閃させた。
ヒュンッ!
「ひっ……!?」
男の腰ベルトだけが綺麗に切断され、ズボンがずり落ちる。
マヌケな下着姿を晒し、尻もちをついた。
「剣の使い方も知らないのか? 冒険者組合の訓練場からやり直した方がいいぞ、先輩」
「て、テメェ……何をした!? 魔法か!?」
男たちはパニックになり、逃げ出すように建物から出ていった。
静まり返るギルド。
誰もが「Fランクの新人が、Dランクを一瞬で制圧した」事実に驚いている。
だが、俺の狙い通り、奥の席にいた金髪の男だけは違う反応をしていた。
彼らは額を寄せ合い、俺の懐のポケット――さっきの宝石をしまった場所――を凝視しながら、ヒソヒソと何かを囁き合っている。
その粘着質な視線を見れば、何を話しているのかなど手に取るように分かる。
『あの素人が勝てたのは、あの宝石のおかげだ』
『あれは身体能力を強化するアーティファクトに違いない』
……そんなところだろうか。
金髪の男の瞳には、隠しきれない貪欲な光が宿っていた。
完璧だ。
俺は「自分の力」ではなく、「アイテムの力」で勝ったと思われている。
俺が紫水晶をわざと落とした理由は二つあった。
ひとつは、紫水晶の価値を測るためだ。文無しの俺たちが商人へ宝石を持って行っても、足元を見られ、安く買いたたかれていたことだろう。
こいつらの反応から察するに、この紫水晶は、人を襲ってでも手に入れたくなる程度には魅力的に見えるらしい。
そしてもうひとつの理由は、紫水晶に釣られたやつからスキルを奪うことだ。
この紫水晶に本当に価値がないのであれば、それならそれでどうでもよかった。
価値があることが分かった以上、これから接触して来るやつらは、戦闘慣れしている――つまり、有用な戦闘向けのスキルを持っている可能性が高い。
「行くぞ、シルヴィア」
「はい、カナメ様」
俺たちはギルドを出ようとした。
しかし、急な立ち眩みにふらつき、膝をついてしまった。
ズキズキと、こめかみが痛む。
「カナメ様、顔色が優れませんわ……ちょっと『食べ過ぎ』たのかも知れませんね。」
心配そうにシルヴィアが俺の顔を覗き込んだ。




