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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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求婚まで秒読み(1/1)

「ねえシャーロット、バスティアンにプロポーズしたって本当?」

「我はパパとして、『息子はやらん!』とか言うべきかのう?」


 シャーロットたちがミース城に帰った翌日には、何故か滝での出来事は城中に広まっていた。


 執務室から出てきたところを好奇心いっぱいの神様コンビに詰め寄られ、シャーロットは面食らってしまう。


「どうして知っているのですか?」


「だってバスティアン、暇さえあれば『シャーロット様がプロポーズ!』ってうるさいんだもん」


「で、どうなんじゃ?」


 どうやらバスティアンの気持ちの高ぶりはまだまだ鎮まっていないらしい。シャーロットは苦笑しつつも二人に滝でのことを話した。


「え~、指輪なくしちゃったの?」

「ドジな奴じゃのう」


 リルもティモも目を丸くする。


「で、シャーロットは代わりにどんな指輪を用意するつもり?」

「まだ決めていません」


 シャーロットはかぶりを振った。


「でも、次に行商人さんが来る時までには考えておかないといけませんね。予定日はいつでしたでしょうか……」


「行商から買った指輪を渡すのか? バスティアンはそれでお気に召すかのう?」


「デザイナーを雇う余裕なんてありませんもの。既製品で我慢してもらうしかありませんよ」


 バスティアンがシャーロットのためにオーダーメイドのドレスを作ってくれた時のことを思い出す。届いた請求書には目玉が飛び出そうな金額が書いてあった。


 あのドレスは王妃に買い取ってもらって事なきを得たが、婚約指輪ではそうもいかない。なるべく安上がりかつ質のいいものを探さなければとシャーロットは思っていた。


「お金をかけたくないなら行商よりミースの鍛冶屋に頼めば? 聖女様のためならタダでやってくれるでしょ」


「それはさすがに申し訳ないです……」


 だが、ミース在住の職人に指輪の作成を依頼するというのはいい案かもしれない。外部の者に頼むより、ささやかだがミースの経済への貢献もできるだろう。


 それに自分はミースの領主補佐官なのだ。この土地への愛着を表現する手段として、ミースで作られた指輪はぴったりである。


「問題はデザインですよね。どんな形にするのかまでは鍛冶屋さんにお任せできませんし……」


「それなら我が手伝ってやろうぞ! バスティアンが泣いて喜ぶような飛び切りの案を出してやろう!」


「パパのデザインなんて信用できないなあ……。アタシならすごく面白いのを考えつけると思うけど!」


 神様コンビはシャーロットを手伝う気満々である。彼らの好意に甘えるのも悪くないかもしれないと思い、シャーロットは「ありがとうございます、お姉ちゃん、パパ」と言った。


 指輪に関するあれこれは神様コンビの手を借りるということで話がついた。あとはプロポーズする場所だ。


 これについては、シャーロットは手堅く教会にしようと思っていた。神の前で愛を誓うのならロマンチストなバスティアンも納得してくれるだろう。


 城下にある教会の裏手には使われていない拝堂がある。シャーロットはそこを掃除して綺麗に片づけ、プロポーズの場として採用しようと決めた。


 シャーロットは教会の関係者に連絡を取り、補佐官の仕事が終わると雑巾片手に毎日のように礼拝堂に通った。


 この頃になると、プロポーズの噂は城だけではなくミース中に知れ渡っていた。


 町の人たちもプロポーズの準備に協力してくれ、中には「お城での披露宴にはぜひとも招待してほしいですなあ」などと頼んでくる人もいる。


 領民たちはバスティアンを見かける度、「婿殿!」と歓声を浴びせるようになるし、バスティアンもバスティアンで「シャーロット様がプロポーズ!」が口癖になってしまっているしで、今回の求婚は何故かミースの一大イベントのような扱いになっているのだった。


(これは何があっても成功させなければいけませんね……)


 プロポーズ決行の日を定めたシャーロットは、その時が近づくにつれ落ち着かない気持ちになってきた。指輪の入った箱を鍵つきの金庫で厳重に保管し、万が一にも紛失してしまわないように細心の注意を払う。


 だが、ちょっとした懸念は思わぬところから訪れた。


「王妃様がいらっしゃるのですか?」


 バスティアンの私室に呼び出され、王都から届いた手紙の内容を聞かされたシャーロットは少し驚いた。


 建国記念式典で近い内にミースを訪問すると約束した王妃だったが、出産後に少々体調を崩していた関係でそれが叶わなかったのだ。


 だが、やっと本調子になってきたとのことで、この度愛息子に会いにはるばるミースを訪れたいと知らせがあったのである。


「母の到着予定日は、シャーロット様がプロポーズしてくださる日と同じなのです」


 バスティアンは苦い顔だ。


「わたしは母を迎え行くため、何日か前からミースを離れることとなるでしょう。もちろんプロポーズの日には間に合うように帰ってくる予定ですが……」


「もちろん構いませんよ」


 シャーロットは朗らかに笑った。


「王妃様はミース行きをずっと楽しみしていらしたんですもの。それなのに出発を延期してほしいだなんて言えませんよ」


「本当にすみません、シャーロット様。まったくなんて間が悪いのでしょう……」


「気にしないでください。親御さんへの挨拶もいっぺんに済むと思えば、ちょうどいいではありませんか」


 シャーロットは狼狽えるバスティアンの気を静めようと、楽観的なことを言った。


 それからも滞りなく日々は過ぎていき、ついにバスティアンが母の出迎えのためにミースを出発する日がやって来る。


「留守は任せたぞ」


 ミース城の玄関ホールで、旅行用の外套に身を包んだバスティアンがオラフに声をかける。老執事は「お任せください」と慇懃に頭を下げた。


「土産を忘れるでないぞ」

「気を付けてね」


 見送り一行にはティモとリルも加わっている。シャーロットはすっと前に出た。


「お帰りをお待ちしていますね」


 バスティアンの帰郷日が自分たちにとっての運命の日になるのかと思うと、シャーロットは今から緊張を覚えていた。


 対するバスティアンは期待と興奮に顔を輝かせている。「すぐに戻りますから」と念押しした。


「では、行って参ります」


 バスティアンは大きく開け放たれた正面扉から城を発った。心なしかその足取りは弾んでいるようにも見える。


 これほど有頂天になっているところを見れば、王妃も息子が婚約間近であることに嫌でも気付くはずだ。シャーロットのプロポーズはどんどん失敗が許されないものになっていくのだった。


 将来の夫の母が来るということでソワソワしていたシャーロットだが、それは領民たちも同じだったようだ。


 こんな辺境の地に王妃が来たことなど、ミースの歴史上今まで一度も無い。この嬉しい知らせに民たちは沸き返り、王妃に少しでもミースの魅力を知ってもらおうと張り切っていた。


 特に魔獣牧場の働き手たちの気合いの入れようといったらよその比ではない。


 王妃様は恐らくここに見学に来るでしょうね、とシャーロットが口にしたためなのか、皆遅くまで残ったり休暇の日を変更したりと、普段の倍ほども仕事に熱を入れるようになっていた。


 そうして迎えた、王妃のミース訪問日。


 到着時刻は予定よりも遅れ気味で、もう夕方だというのに王妃もバスティアンもまだ着いていない。ミースの外ではひどい雪が降ったそうなので、その影響かもしれなかった。


 朝から時計ばかり見ていた魔獣牧場の従業員たちに、シャーロットは「ご到着は明日以降になると思いますよ」と言った。


「残念じゃのう、シャーロット」


 一緒に牧場の仕事をしていたティモが肩を竦める。


「プロポーズが台無しになってしもうたな」


 今日は王妃の訪問日というだけではなく、シャーロットのプロポーズの日でもあったのだが、肝心のバスティアンが帰ってこないのだ。求婚は別日にするしかない。


「バスティアンの奴め、約束を破りおって! 帰ったら叱ってやれ!」


「仕方がありませんよ。どうにもできないことってありますもの。それに一番落ち込んでいるのはバスティアン様だと思いますし」


 帰り支度を整えたシャーロットはティモと事務所を出る。


「では皆さん、私はもう帰宅しますね。皆さんもキリのいいところでお仕事を終えてください」


 などと言っても、今日も皆遅くまで居残るのだろうが。熱心なのはいいことだが、体を壊さないか気がかりだ。


 とはいえ、シャーロットも人の心配ばかりしていられない。明日以降に延びたプロポーズに備え、今日は早めに就寝する方がいいだろう。


 そんな風に考えつつも、実はシャーロットは希望を捨てていなかった。懐に忍ばせてある指輪の入った箱を指先で撫でる。


(まだ今日という日は終わっていない。ひょっとしたら、バスティアン様がギリギリになって帰城する可能性だってあるはずです。もしもの時のために準備はしておかないと)


 どこか期待する気持ちを抱えながら、シャーロットがティモやリルとミース城で夕食を取っていた時のことだ。


「補佐官殿!」


 泡を食った様子のオラフが食堂に駆け込んでくる。普段は落ち着き払っている老執事がすっかり取り乱しているのを見て、シャーロットは戸惑った。


「どうしたのですか?」

「たった今、使いの者がやって来ました! 魔獣牧場が火事だそうです!」

「火事!?」


 リルが高い声を出す。シャーロットはナイフとフォークを置いた。


「怪我人や火災の規模は?」

「分かりません。詳しいことを聞く前に使者が失神してしまいまして……」

「シャーロット、こっちじゃ!」


 ティモが食堂を飛び出す。シャーロットもあとに続いた。


 息を切らしながら二人がやって来たのは城の屋上だ。シャーロットは衝撃を受ける。牧場のある方角の空が赤々と照らし出されているではないか。


 ボヤ騒ぎくらいなら急使を立てる必要も無かっただろう。これはかなり大きな規模の火災と見て間違いなさそうだ。


「馬の用意を!」


 屋上から転げるように駆け戻り、シャーロットがオラフに叫ぶ。


「すぐに牧場に向かいます!」

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