凍てつく滝でのプロポーズ(1/2)
その後もバスティアンは療養に努め、シャーロットが作った解毒薬を飲み続けた結果、十日もする頃には元気を取り戻していた。
病床に就いている間に滞っていた仕事を猛スピードで片づけ、バスティアンが約束通りにシャーロットと滝へ向かったのは、本格的な冬が訪れる時期になってからだった。
「やはり、温かい季節になるまで待つべきでしたでしょうか」
バスティアンが後悔するように言った。ミース城を出てから三十分ほど経ったところで、雪がちらついてきたのだ。
「ミースの冬はとても冷え込むのです。川も池も全て凍ってしまうのですよ。それなのにシャーロット様を外に連れ出すなんて、わたしは何という愚かな真似をしてしまったのでしょう。もしシャーロット様が体を冷やしてご病気にでもなられたら……」
「起こってもいないことでそんなに気を揉まないでください。凍った水辺なんて面白そうではありませんか。スケート、とか言いましたっけ。私、一度あの遊びをしてみたいと思っていたのですよ」
シャーロットはバスティアンを慰める。
前にも立ち寄った村で馬車を預け、シャーロットたちはバイコーンの背中にまたがる。前回ここへ来た時はリルも一緒だったが、今日は二人だけだ。
最初は以前と同じルートを使って、途中からは別の道を行く。前に立ちこめていた邪悪な気配は山のどこからも感じられなかった。
御供石の採掘でシャーロットは何度かここを訪れているが、知らない道を行くのは少しドキドキしてしまう。もっとも、その原因は背中にバスティアンの存在を感じているからかもしれなかったが。
まばらに生えた木々の間に目的地が見えてくる。視界が開けるとシャーロットは「まあ!」と口元を手で押さえた。
厳しい寒さのために滝はすっかり凍りついていた。時が止まったように岩肌に固定された水流。冷たく荘厳な雰囲気にシャーロットは胸を打たれる。
「バスティアン様のおっしゃった通りですね! 凍った滝なんて初めて見ました!」
バイコーンの背中から降りると、シャーロットは氷の張った滝壺の上に乗ってみた。
そのまますり足で歩こうとしたけれど、何もしていないのに勝手に氷上を体が滑っていく。シャーロットは歓声を上げて、踊り子のようにその場で回転しようとした。
だが、そんなことをするにはいささか技量不足だったらしい。あっという間にバランスが取れなくなって派手に転んでしまった。
「シャーロット様、大丈夫ですか!?」
心配したバスティアンが駆け寄って助け起こしてくれたが、シャーロットは「もちろんです」と笑顔で返す。初めての感覚にワクワクしっぱなしで、痛さなど感じていなかったのだ。
「氷の上を移動するのって面白いですね。スケートが好きな方の気持ちが分かった気がします」
「……今度来る時はスケート靴を持ってきましょうか」
バスティアンの表情が和らいだ。
「シャーロット様……」
ふと、バスティアンの声に熱がこもる。彼に助け起こされた時の姿勢のまま、二人は間近で見つめ合った。
「出会った時からあなたはわたしにとって特別な存在でした。今後もそれは変わりません。けれど、わたしは浅ましくも、あなたとの関係に特別な名前が欲しくなってしまったのです」
バスティアンが懐に手を入れた。小さな箱が出てくる。バスティアンは跪き、その蓋を開けた。
中に入っていたのはバスティアンが母から託された指輪だった。シャーロットは彼のしようとしていることに気付いて息を呑む。




