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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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第六王子の牧場見学(1/1)

 しかし、シャーロットがバスティアンに愛を告げる機会は中々訪れそうもなかった。


 ミース城に招かれざる客が居着くようになってしまったからだ。


「やあ、おはよう。シャーロット」


 シャーロットが朝食を取ろうと食堂へ向かうと、にこやかな顔のエドガーが待っていた。


「エドガー様……まだいらしたのですか。今日で滞在三日目になりますよね?」


「俺は目的を達成するまで何日でもここにいるよ。下町の小汚い宿屋も気にしないさ。君が聖女になるのを承諾し、俺と婚約を結ぶと言うまで帰らない」


「それならお前はミースに骨を埋めることになりそうだな」


 冷ややかな口調で言って、エドガーの正面に座るバスティアンがリンゴのコンポートの載ったパンを切り分ける。


「何故シャーロット様が迷惑がっていると分からないんだ。こうして隙を見ては城に押しかけてきて。無礼者め」


「無礼者ならこの食卓にもいるでしょう」


 エドガーはバスティアンの左右の席で食事をしていたリルとティモに視線を遣った。


「ミースでは厩舎係と庭師を食事に招くのですか? 王城では考えられません。もっとも、兄上が王都にいたのは随分昔のことですから、もうそんな常識などお忘れかもしれませんが。……おい、お前たち。次から下働きの者は床に座って食べろ。椅子が汚れるだろう。特に、そっちの獣だか人間だか分からない奴」


「何じゃと!? 貴様、誰に向かって口を利いているのじゃ!」


「……お前、今に見てなよ」


 ティモとリルが憤慨する。シャーロットは「二人は私の家族です」と彼らを庇った。


「不愉快ならエドガー様が出ていけばいいではありませんか。私は聖女にもあなたの婚約者にもなる気はありませんもの」


「シャーロット、君は自分の幸せについて何も分かっていないようだね。騙されたと思って一度俺の言う通りにしてごらん。そうすれば、つまらない意地を張っていたことを心底後悔するようになるよ。大丈夫。俺は心が広いんだ。君が俺に吐いた暴言は全て水に流そう。だから何も気にせずに俺のところへ来ていいんだよ」


「遠慮しておきます」


 リルが喉を押さえて「おえっ」と言いたげに舌を出したものだから、シャーロットは真面目な顔を取り繕うのに必死だった。


 ティモまで首を親指で掻き切る仕草をしてみせる。吹き出すのを堪えようとしたバスティアンがコンポートでむせて、慌ててミルクのグラスを傾けた。


 シャーロットにとっては不愉快でしかない場面が家族の手で寸劇に変わってしまう。シャーロットは皆への愛情を再認識した。


「私、そろそろお仕事に行きます」


 早々と食事を終え、シャーロットは部屋を出た。うっとうしいことにエドガーがあとをついてくる。


「シャーロット? 君の執務室は反対方向だろう?」

「今日は牧場で働く日ですから」

「牧場? そんなのがあるのかい?」


 ミースで一番の成長著しい事業、魔獣牧場を知らないとは呆れたことだ。エドガーがどれだけこの土地に興味がないかが分かるというものである。


(もし牧場の様子を見せたら、エドガー様は王都へ帰ってくれるでしょうか?)


 ふと、そんな考えが頭に浮かんでくる。


 魔獣牧場がある限りミースの将来は明るい。だからシャーロットは王都へ戻らずとも幸福になれる。エドガーがそう理解してくれれば、少なくとも自分を聖女の地位に就けることだけは諦めてくれるかもしれない。


「待ってください! わたしも行きます!」


 バスティアンが食堂から飛び出してくる。執事のオラフが「本日は城で町長との会談があります!」と言いながら主人の後ろを追いかけてきた。


「では町長を牧場へ連れてきたらいいだろう! シャーロット様とエドガーを二人きりにしておけるか!」


「おやおや、嫉妬深いことですね」


 エドガーは小バカにしたように笑ったが、シャーロットにはバスティアンの気遣いが嬉しかった。エドガーと一緒にいても楽しくも何ともないが、そこにバスティアンが加われば話は別だ。


 こうしてシャーロットたちは、三人で魔獣牧場へ向かう馬車に乗り込むことになった。


 道中、エドガーは「馬車がボロい」だの「こんなものにしか乗れない兄上はかわいそう」だの「聖女になればこの百倍はいい乗り物を使える」だのベラベラとまくし立てていた。


 そんな上から目線のコメントが終わったのは、馬車が牧場の入り口に着いた時のことだった。


「これは……すごいな」


 エドガーには珍しく、お世辞抜きの本気の賞賛だった。辺り一面に咲く小さな青い花と、それをのんびり食む魔獣たちを見て、ただただ圧倒されている。


「魔獣の飼育なんて現実的でないことをやってのけるとは……。……シャーロット、当然君の魔法によるものだろうね」


「私たち皆の力です」


 シャーロットは胸を張って訂正した。


 一行は結界で仕切られた区画の合間に伸びる道を歩く。すれ違った荷馬車に満載された積み荷を見て、エドガーが好奇心たっぷりに「あれは何だい?」と聞いてきた。


「魔獣から採った素材ですよ」

「この牧場はあの素材を売って利益を得ているんだ」

「なるほど……」


 エドガーが感心したように頷くのでシャーロットは得意な気持ちになった。


 一行は物見やぐらを併設した平屋に到着する。牧場内の事務所の一つだ。


 シャーロットは棚から売上票などの書類を次々に取り出して広げ、この牧場がいかに順調に成長しているか、どれほど将来性があるかを滔々とうとうと語って聞かせた。


「まさかミースがこんなことになっているとは……」


 今まで誰にも顧みられなかった土地がまさかの発展を遂げようとしていると知って、エドガーは言葉も出ない様子だ。


 どうやら思惑通りに事が進みそうだとシャーロットは安堵する。


(私の将来に不安などないと分かったんですもの。これでエドガー様も私が聖女に就任しなければならない理由など思い付かなくなるはずです)


 牧場での仕事を終えて帰宅する時間になっても、エドガーは口数も少なく黙り込んでいた。どうやらここでの体験は相当効いたらしい。このまま自分との婚約の方も諦めてくれないだろうかと、シャーロットは淡い期待を寄せた。

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