氏神様の初仕事(1/1)
住民が増えて、ミース城はまたしても少しだけ賑やかになった。
「君ならできる、やってみろ!」
「パパの格好いいところ見てみたい!」
聞こえてくる大きな声に、シャーロットは書き物をしていた手を止めて執務室の窓を開ける。
庭園にバスティアンとリル、それに新しくミース城の住民となった氏神のティモがいた。
「我に任せるが良い!」
ティモが地面に手をつき、威勢良く「それ!」と叫んだ。きっと庭師の仕事をしているのだろう。今日は彼の仕事始めの日だった。
ティモが力を送り込んだことにより、地面からはにょきにょきと草が生えてくる。彼の手元は産毛のような青々とした芝生に覆われた。
「ふう……。どんなもんじゃ」
一仕事終えたティモが地面に尻をつける。リルが「これで終わり!?」と仰天した。
「こんなにチマチマ作業してたら百年かかってもお庭なんて綺麗にならないよ! さあ、サボってないでもっと頑張って!」
「我はこれでも精一杯やっておるわ! 一度に生やせる草はこの程度が限界なんじゃ!」
「あー……。半人前……半神前だとそうなっちゃうのかあ……」
「な、何じゃ、そのガッカリしたような目は! うわーん! バスティアン! お姉ちゃんが我をいじめるんじゃ!」
「分かった分かった。泣くんじゃない」
バスティアンがティモの頭をよしよしと撫でてあげる。シャーロットは微笑ましい気持ちになって机に向かい直った。
(さて……これからどうしましょうか……)
シャーロットはまだミースの財政危機を乗り越える策を考え付いていなかった。
視察の予定はティモとの出会いでお流れになってしまったし、日を改めてまた出かけなければならない。もう道は分かっているし、今度は一人でも大丈夫だろう。
(何か良い発見があればいいのですが……)
シャーロットは小型のトランクを引き寄せ、視察に必要になりそうなものを詰め込み始めた。
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「前から気になってたんだけどさ、バスティアンとシャーロットってどういう関係なの?」
ティモの仕事ぶりを観察していたバスティアンは、いきなりリルから水を向けられて動揺した。
「どういうって……シャーロット様はミースの領主補佐官で……」
「それだけ? 仕事上のお付き合いしかないってこと?」
「それは……その……今のところは……」
「何じゃ何じゃ? 色恋の話なら大好物なのじゃ! 我も交ぜるのじゃ!」
仕事を中断したティモが好奇心たっぷりの視線を向けてくる。バスティアンは年頃の乙女のようにモジモジした。
「シャーロット様は、わたしにとっての光であり花なんだ。あの方が微笑むだけで天から陽光が降り注ぐ。あの方の傍にいると荒れた大地に命が宿り、わたしの胸には大輪のヒマワリの花が咲く……」
「要するに、バスティアンはシャーロットにベタ惚れってことだね」
「聞かずとも、それくらい見れば分かるがのう」
二柱の神はとくに驚いた様子もなかった。
「で、いつ結婚する予定なんじゃ?」
「結婚!」
バスティアンはひっくり返りそうになった。
「そ、そんな予定は今のところは……! まだ恋人ですらないのに、そんな、そんな……!」
以前にシャーロットに求婚されたと勘違いし、天にも昇るような心地になったことを思い出す。バスティアンの気持ちはあの時と変わっていない。シャーロットからプロポーズされれば、一も二もなく受け入れるつもりだった。
けれど、そんな奇跡が簡単に起こるとも思えない。
だが、絶対に起きないわけでもないだろう。
まるで、悪の魔法使いに誘拐された姫君のような気分である。いつか素敵な王子様が自分のもとに来てくれると夢想しながら過ごす日々。バスティアンも、シャーロットが今度は勘違いではなく本当に求婚してくれればいいと思っていた。
「シャーロット様は……わたしを花婿に選んでくださるだろうか……」
バスティアンは両頬を手のひらで包む。
「わたしと将来を共にすることに少しでも魅力を感じてくださるだろうか……」
「まあ、シャーロットもバスティアンのことは嫌いじゃないだろうね」
「じゃが、女心は変わりやすいからのう。ボヤボヤしておったら他の男に取られるぞ」
「他の男だって!?」
バスティアンは一瞬にして打ちのめされた。
「そんな! 一体誰がいるというんだ! ミースの若者のほとんどはよそに出稼ぎに行っているから、ここには年寄りしか残っていないぞ!」
「シャーロットが年上好きだったらどうするんじゃ」
「わたしのライバルは腰の曲がった八十歳の老人だというのか!?」
「冗談はさておき」
加熱していくバスティアンの妄想をリルが押しとどめる。
「不測の事態が起きるのが嫌ならその前に手を打たなきゃでしょう? まったく、どっちが乙女だか分かりゃしない。ここは待つより行動を起こすべきだよ」
「つまり……?」
「バスティアンの方からシャーロットにプロポーズするってこと!」
バスティアンはポカンとなった。
なんという発想の転換。そんなこと今まで考えてみたこともなかった。
「わ……わたしがシャーロット様に……プ、プロ、プロポーズ……?」
バスティアンの動悸が激しくなる。
「そんなことをして万が一断られたらどうするんだ! シャーロット様に嫌われていると分かったら、わたしは身も心も荒廃してしまう。未来永劫救われることはない。花の咲かない砂漠を行く当てもなくさ迷い続けるより悲惨なことになる……」
「もっと自信持ちなよ。フラれたぐらいでそんなに落ち込むことないでしょ。……それに失恋するなんてまだ決まってないし」
フラれる、という言葉を聞いた途端にバスティアンの表情に苦悶が走ったのが分かったのか、リルは慌てて言い添えた。
「そうと決まれば善は急げじゃ! 早速シャーロットに愛を告げるのじゃ!」
ティモの小さな手がバスティアンの広い背中をグイグイと押す。あまりの急展開にバスティアンはパニックになった。
「だ、だが、シャーロット様はお仕事中だ! こんな時にプライベートな話を持ちかけたらご迷惑では……」
「じゃあ、臨時の休暇をあげなよ。大体、上司のバスティアンが遊んでんのに、シャーロットだけ仕事なのはおかしいでしょ」
「別にわたしは遊んでいたわけではない」
言いがかりをつけられてバスティアンはムッとなる。
「これも立派な仕事だ。わたしはパパの力を領地経営に活かせないかと思っていたんだ」
「我の力を?」
ティモが目を見開いた。バスティアンは姿勢を正し氏神に向き直る。
「氏神というのは大抵は豊穣の力を持っているものだろう。もしそうなら、ミースの土地は実り豊かになり農業を発展させられる。そう思って君の仕事ぶりを見に来たんだ」
「そ、そうじゃったのか……」
ティモは落ち着かなさそうに尻尾で茶色いままの地面を撫でた。
「じゃが……我は……」
氏神として未熟なティモにできるのは、わずかな面積に少量の草を生やすことだけ。これではミースを実りの多い土地に変えることなど不可能だ。
「バスティアン、我はもっと頑張るからのう……」
ティモが不安そうな顔になった。
「いつかミースを緑豊かにしてみせる。じゃから、城から追い出さんでくれ……」
縋り付くような目で見られ、バスティアンは胸が痛くなる。自分も王都からの追放が決まった時、こんな顔をしていたのだろうか。
「安心しろ。そんなひどいことはしない。シャーロット様も言っていただろう。力不足というだけで見捨てるなんてあまりにも勝手だと。それに、わたしは城主として君を受け入れると決めた。その決断には責任を持つつもりだ」
「ううっ……バスティアン! 貴様はやっぱりいい奴じゃな!」
嬉し泣きしながらティモがバスティアンに抱きついてくる。バスティアンは彼の藍色の髪を撫でてやった。
これではパパというより弟だな、とバスティアンは苦笑いする。といっても、バスティアンには父親と親子らしい付き合いをした記憶はあまりなかったのだが。
父王はバスティアンが十歳を超えた頃から、口を開けば「まだ魔力は顕現しないのか」しか言わないようになってしまったのだ。当然、頭など撫でてはくれなかった。
(姉に冷遇されていたシャーロット様と、父上を失望させたわたし。けれど、今のわたしたちには新しい姉も父もいる……)
思いもかけない贈り物だ。この素晴らしい出会いを大事にしようとバスティアンは心に決める。そのためにもやはりミースの財政改革は急務だった。貧しい土地に大切な家族を住まわせておくことなんてとてもできない。
(そう、家族……)
もしシャーロットにプロポーズすれば彼女も家族の一員となるのだ。重大な問題に再び直面し、バスティアンは体を強ばらせた。
(プロポーズとは……どのようにすればいいのだろう……。指輪ならあるが……)
服の上から胸元を探る。指先に触れた固い感触は式典の日に母からもらった指輪だった。バスティアンの指に通すには小さすぎたので、こうしてネックレスにしていつも首から提げておくことにしたのである。
母の指輪をシャーロットに渡すことにためらいはなかった。母は言っていた。この指輪は縁の象徴だ、と。夫から妻へ、母から子へ、そして自分からシャーロットへ。そんな風に愛する者の手から手へ渡っていく。これはそういう品なのだ。
(この指輪がシャーロットの指に嵌まる……)
あり得るかもしれない将来のことに想いを馳せ、バスティアンはうっとりとなった。自分には小さいが、シャーロットの花の茎のようにほっそりとした指ならこの指輪はぴったりだろう。きっとよく似合うに違いない。
(必要なのはほんの少しの勇気だけだ)
バスティアンは心の中にヒマワリを咲かせようと努力した。あの花は希望が形となって現われたものだ。黄金の花が咲き乱れる光景を見れば、きっとプロポーズだって上手くいくに違いない。
(やるんだ、バスティアン。シャーロット様に愛を告白し、あの方の輝ける未来にわたしという添え物が入ることを許していただくんだ……!)
「わあ~! 美味しそうに食べてるねえ!」
気合いをみなぎらせていたバスティアンだったが、呑気な声に威勢を削がれる。厩舎から連れてきたバイコーンに、リルがティモの生やした草を与えているところだった。
「やっぱり氏神が魔力を注いだだけあって味は抜群なんだね!」
「そうじゃろう、そうじゃろう? 我も中々役に立つじゃろう?」
これまで良いところなしだったティモは、汚名を返上する機会が巡ってきて鼻高々といった様子である。このまますぐにでもシャーロットの元に駆けつけるつもりだったバスティアンも興味を引かれ、二人の会話に加わる。
「いい食べっぷりだな。……なるほど。豊かな実りがあれば魔獣の食料にも困らないのか……」
「エサ代が浮くね、バスティアン!」
「我は飼料係ではないのじゃがのう」
「ふむ……」
バスティアンは草を食む愛馬を見つめる。
「……お姉ちゃん、君はどんな魔獣でも呼び出せるんだよな?」
「うん、そうだよ。どうしてそんなこと聞くの?」
リルは不思議そうな顔をしたが、バスティアンは答えない。彼は頭の片隅で煌めき始めたアイデアの原石に夢中になっていた。
(もう少し工夫を凝らせば、あるいは……)
バスティアンはうんうんとうなり続ける。もしかしたらミースの財政を立て直すヒントがここにあるかもしれない。そう思っていたのだ。




