また家族が増えました(2/3)
シャーロットとバスティアンが魔法で小さな火球を作り、それを光源にして三人は洞窟に入っていく。進むにつれて天井が高くなり、魔力の気配もますます強くなっていった。
何が待ち受けているのかとハラハラしつつも、シャーロットは周囲への警戒を怠らない。異変があれば即座に魔法を放って二人を守れるように神経を研ぎ澄ませる。
だが、運の良いことにそんな機会は訪れなかった。火球が洞窟の最奥を照らし出し、そこに広がる光景にシャーロットは息を呑む。
岩肌に広がる黒水晶でできた植物のツタ。その中心に小さな男の子がいた。
(竜……?)
少なくとも人間ではなさそうだ。肌は青っぽいし、頭からは枝分かれした角が生えている。足の形も動物的で、皮ふの所々に髪と同じ色合いの藍色の鱗が生え、尻からは尻尾が伸びていた。
半分人間で半分竜。外見からはそんな印象を受ける六歳くらいの子どもである。
その少年は黒水晶のツタによって岩壁に固定されていた。眠っているのか気絶しているのか、目を閉じて身じろぎもしない。
「……この子のこと、知っていますか?」
「……いいえ」
念のためにミースの領主であるバスティアンに聞いてみたが、彼は小さく首を横に振る。
嫌悪感を催すような魔力はこの竜人の少年から漂ってきていた。彼が悪しき魔法の発生源のようだ。
(どうしましょう……)
ミースを守るために災いの種は摘み取らなければと思っていたシャーロットだったが、こんな事態は想定していなかった。自分の半分も年が行っていない子どもを傷付けることなど、どうしてできようか。
「……あの、すみません」
迷った末にシャーロットは少年に話しかける。リルもバスティアンもぎょっとしたような顔になった。
「何やってんの、シャーロット!」
「起きたらどうするのですか!」
二人とも慌ててシャーロットを少年から遠ざけたが、彼は目を瞑ったままだった。バスティアンはほっとしたように、「気を付けてください!」と声を落としてシャーロットをたしなめた。
「子どもだからといって油断してはいけません! あの大きな口を見てください! きっと彼は人間を好んで食べる人喰い竜に違いありません!」
「そうだよ! こんなに悪い気配を漂わせてるんだもん!」
「ですが、まずは話を聞いてみたいのです」
シャーロットは二人をなだめる。
「何が起きているのかを判断するのはそれからでも遅くはないと思います。それとも、こんな小さな子どもの寝込みを襲いますか?」
良識のあるバスティアンは反論できなくなってしまう。対するリルは頬を膨らませた。
「相手は竜だよ。多分こいつ、見た目よりも年は上だよ」
「子どもではないからぞんざいに扱っても良いとか、そんなことを言っているのではありません。……とにかく、話を聞いてみましょう?」
バスティアンとリルは顔を見合わせる。そして、二人ともシャーロットの言葉に従おうと決めたらしい。バスティアンが仕方なさそうに「分かりました」と言った。
「では、シャーロット様は彼との交渉に専念を。わたしは後方で少年が怪しいことをしないか見張っていますから」
「アタシも何かあったらすぐに魔獣を呼べるように準備しておくよ」
「二人ともありがとうございます」
頼もしい護衛を得てシャーロットは気が楽になる。少年に向き直りもう一度話しかけた。
「こんにちは」
敵意がないと分かってもらうため、シャーロットは努めて朗らかな声を出すように心がけた。
「少し私とお話ししませんか? どうぞ目を覚ましてください」
けれども少年はピクリとも動かない。シャーロットは少し彼との距離を詰めた。
「あの……?」
恐る恐る手を伸ばす。
「起きてくださいませんか……?」
シャーロットの白い指先が少年の体に触れた。その瞬間、強い電流が体を駆け抜けたような感覚がして、シャーロットは悲鳴を上げて尻もちをついてしまう。
「シャーロット様!」
バスティアンがシャーロットに駆け寄り、少年に向けて魔法を放とうとした。だが、シャーロットは「違います!」とバスティアンに飛びついて彼を止める。
「この子じゃありません! 今のは恐らく……」
黒水晶のツタから輝きが抜けていく。そして、まるで意思を持っているかのようにツタの一部が壁から剥がれ、こちらに伸びてきた。
「これがあの邪気の正体か!」
バスティアンが叫んだ。シャーロットもはっきりとした悪意を感じていた。このツタは明らかに害意を持っている。侵入者を……シャーロットたちを排除しようとしているのだ。
「きゃあ!」
リルの足にツタが絡みつく。彼女はその縛めから逃れようと必死になったが、ツタは中々離そうとしない。
ここは戦うべき場面だとシャーロットは即決した。
「バスティアン様、いきますよ!」
「お任せください!」
二人は同時に「砕けよ!」と叫ぶ。
強大な魔力が一瞬にして周囲の空間に拡散した。黒水晶のツタは己の身を守る暇も無いままに爆ぜ散り、バラバラになって地面に落ちる。そして動かなくなった。
ドサリ、と音がした。ツタの支えを失った少年が地面に倒れている。
「……起きろ」
バスティアンが少年の肩を揺さぶる。けれど、少年は目を覚ます気配はない。
「死んでるんじゃないの?」
「いや、脈はある」
リルが不吉なことを言ったが、バスティアンは少年の手首に手を当ててその推測を否定した。
「とりあえず連れて帰りましょうか。こんなところにいつまでも寝かせておくわけにもいきませんし」
「そうですね」
バスティアンは少年を軽々と横抱きにした。その逞しさにシャーロットは場違いながらもときめきを覚えてしまう。自分もこんな風に抱え上げてもらいたいと呑気な想像をしてしまい、慌てて首を振って妄想を打ち消した。
入った時よりもメンバーを増やして一行は洞窟の外に出た。日光が眩しく感じられ、少し目がチカチカする。
「バスティアン様、その子を抱えたままで上まで行けそうですか?」
「ご安心を。山登りには慣れていますから。少しぐらい荷物が増えたところでどうということも……」
「う……うう……う……ん」
不意に少年が呻き声を上げる。瞼が開き、そこからぱっちりと見開かれた藍色の瞳が現われた。




