また家族が増えました(1/3)
翌日。シャーロットはバスティアンとリルと一緒に、馬車に乗り込んで目的地を目指していた。
城下町を離れるにつれ、ミースの荒廃ぶりはますますひどくなっていく。荒野のような風景が延々と続き、シャーロットもついに馬車の小窓を閉めてしまった。
「お姉ちゃんはずっと昔のミースを知っているんですよね」
シャーロットは向かいの席に座るリルに話しかけた。
「ここって前からこんな風だったのですか?」
「そうだよ」
リルが頷く。
「って言っても、アタシは神様の中じゃ若い方だからね。ものすごく前のことは知らないかな」
「では、昔は豊かな緑が広がっていた……なんてこともあるかもしれないのですか?」
「残念ながら、そんなことはないかと」
シャーロットの隣に座っていたバスティアンが肩を竦める。
「ミース城にはこの地方の記録も保管されているのですが、どの資料を見てもここが豊かだった時のことなど書いてありませんでした。ミースははるか昔から不毛の地だったのですよ」
「やっぱりそうだよねえ」
リルが訳知り顔で頷いた。
「なんかさ、ここってどよーんとしてるもん」
「どよーん?」
「空気が停滞してるっていうのかな? 人間には分かんないかもだけど、アタシみたいな存在にとっては、そのせいであんまり魅力を感じられないんだよね。ここって氏神はいないの?」
氏神というのはある土地に住み着き、そこを守る使命を負っている神のことである。この国の各地にある教会には、その氏神を祀る祭壇が設けられていることも多い。
「ミースの氏神か……聞いたことがないな。この地にも教会はあるが、ミース独自の神を祀っているということもないし……」
「もしかして、お姉ちゃんが氏神ではないのですか?」
「違うよ。アタシはただの神様。偶然この土地に来た流れ者だよ」
リルが難しい顔になる。
「こんなこと言いたくないけどね……。氏神がいない土地なんてどう頑張っても豊かにならないよ。ミースはその典型例に見えるけど」
「そういえば、ミース城に保管されていた記録の中にこんな記述があったな。ずっと昔、ミースの人々は氏神を呼び出すための生け贄を捧げた……と」
「生け贄?」
「なんでも、悪しき神を人々の手で倒し、それを善神に供物として奉じたとか」
「まあ、神様を!」
思わずリルの方を見た。彼女は「アタシのことじゃないよ」と返す。
「それで、どうなったんです?」
「失敗でしょ。この有り様を見てみなよ」
リルが馬車の小窓を開ける。どこまでも広がる荒れ地。土地を守る神がいれば、こんなことにはなっていないだろう。
「アタシ以外にも気の毒な神様がいたんだね。この土地ってそういうのしか集まらないようになってるんじゃないの?」
「それにしても神を生け贄に選ぶとは……」
かつて教会に勤めていたシャーロットにとっては、そんな選択は罰当たり以外の何でもなかった。
(そこまでしたのにミースは何も変わらなかったのですね……)
同胞を贄に選ぶような人間になど、神は力を貸す気はないということなのだろうか。ミースの住民は自分で自分の首を絞めてしまったのかもしれない。
お昼過ぎに一行は寂れた村で小休憩を取った。
食事を済ませるとバイコーンを馬車から外し、その背にまたがって山に分け入る。三人も乗っているのに魔獣はちっとも辛そうではない。中々パワフルな生き物のようだ。
ここまでは順調な道のりである。だが、シャーロットは悪寒のようなものを覚えていた。
(何でしょう……。この山、何だか嫌な雰囲気です……)
肌にまとわりつくような名状しがたい不快な感覚がする。
正体は分からないが、ここには良くないものが潜んでいるのだろう。
たとえるなら、しまっておいたゴミが腐っているのを匂いによって発見したような気分だ。頭ではなく五感がこの山は不愉快な場所だと告げている。見れば、バスティアンもむっつりとした顔で黙り込んでいた。
「どうしたの、二人とも」
ただ一人、リルだけがケロッとしていた。
「もしかして具合でも悪いの? 長旅で疲れちゃった? 人間ってすぐに病気になったり死んじゃったりするから、気を付けないとダメだよ?」
「別に病気というわけではないと思うが……おかしいな。前にここに来た時はこんな風に感じなかったのに。何だか不穏な気配がするんだ」
バスティアンは困惑しているようだった。
「じゃあ、もう帰る?」
リルは心配そうに言った。
「アタシにはよく分かんないけど、人間の勘ってたまにすごく当たるんだもん。この山が気味悪いっていうなら引き返すべきだよ」
「……いいえ、先に進みましょう」
リルの言いたいことも分からなくはなかったが、シャーロットは首を横に振った。
「もしこの山に奇妙な点があったとして、その影響がミース全体に広がらないという保証はありませんもの。手遅れにならない内に災いの元は絶つべきです。もちろん、勘違いなら一番いいのですが……」
「シャーロット様……そんな無茶なことを……。そうやって生真面目になりすぎるのはあなたのいいところですが、同時に悪いところでもあるのですよ」
バスティアンは心配そうに言ったが、シャーロットの決意は変わらない。
「二人は先に帰ってください。私はもう少しこの辺りを探ってみますから」
シャーロットがそう言うと、リルとバスティアンは目を見開いた。
「何言ってるの! 危ないかもしれないところに妹を置いていけるわけないじゃん! シャーロットが行くならアタシも行くよ! バスティアンは先に帰ってなよ!」
「見損なわないでくれ。シャーロット様に何かあったら、わたしはこの命で償わないといけなくなるだろう。……シャーロット様、もちろんわたしも同行します。見回りなら毎日していますから任せてください」
嬉しいことを言ってくれる二人に胸が震える。シャーロットは、やっぱりこの二人が大好きだと再認識した。
「分かりました。三人で行きましょう」
心強い仲間を乗せて、バイコーンがどんどん山の奥へと分け入っていく。一歩進むごとに嫌な気配は増していった。どうやら秘密はこの山の深いところに眠っているらしい。
「だけど、どうしてアタシは何も感じないのかな?」
リルが不思議そうな顔をした。
「二人とも特別勘が鋭いとか?」
「そんなことはないと思いますが……」
「わたしもだ」
不意に道が途切れた。目の前に巨大な渓谷が広がっている。
灰色の岩が層のように並び立つ断崖。岩肌にはコケ植物がまばらに生え、風の唸る音が岩壁を撫でる。見ているだけで胃がきゅっと絞られそうなほどの下の方には、水の流れる川があった。
一見するとごく普通の雄大な光景だ。だが、シャーロットは寒々としたものを感じていた。
(ここに何かある……。この場所が不快感の原因のようですね)
どうやらここはただの谷ではないようだ。
シャーロットたちはバイコーンから降り、慎重な足取りで崖を降りていく。岩からせり出す格好の道ともいえない道を何かに導かれるようにして歩いていった。
(もしかして、これは魔力……?)
その内に、シャーロットは自分が感じている気配の正体に気付いた。誰かがここで強い魔法を使った。しかも、良くない魔法を。その痕跡が今も残っているのだ。
シャーロットは足を止めた。魔力の気配が一際濃厚に漂ってくる場所を見つけたのだ。
「……確かに嫌な感じ」
リルも眉をひそめた。
「二人が言ってたのはこのことだったんだね。でも、これだけ薄い魔法の気配をあんなに遠くから感じてたなんて……。二人の感知能力はすごいんだね」
「わたしではなくシャーロット様のお力が素晴らしいんだ」
バスティアンは辺りをきょろきょろと見回した。
「だが、ここが一体どうしたというんだ? おかしな気配が漂っている以外は特段変わったところはなさそうだが……」
三人がいるのは崖の上と谷底のちょうど中間地点だったが、バスティアンの言うとおり他の場所と大して違わないように見える。
だが、ここに何かあるのは間違いないのだ。シャーロットは目を閉じて意識を集中した。魔力の流れてくる方向を探っていく。
「……ここ?」
シャーロットは岩壁のある一点にそっと手を触れた。小さく呟く。
「……砕けよ」
すると、シャーロットが触れた部分から放射状のヒビが入り、硬い岩はガラスのようにガラガラと崩れ落ちた。現われたのはバスティアンの身長よりも高い穴だ。
「何!? 洞窟!?」
リルが青い目をまん丸に見開いた。
「まさか岩の向こうにこんな場所があったなんて!」
「誰かが意図的に壁を作って存在を隠していたんだろうな。お手柄です、シャーロット様」
「喜ぶのはまだ早いですよ」
シャーロットは目をすがめて洞窟の中を観察する。しかし、ここからでは奥がどうなっているのか暗くてよく分からなかった。
「行ってみる?」
リルが尋ねる。
「もちろんです」
「鬼が出るか蛇が出るか……」
シャーロットとバスティアンが同時に頷いた。




