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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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25/50

帰りましょう、私たちのミースへ(1/2)

「お嬢さん、あんまりやると死んじゃうよ。宴の最中に死体を出すのはマズいでしょ。……はい、これ返すよ。大事なものだもんね」


 なおもザビーネを痛めつけようとしていた宗主の服の袖をリルが引っ張る。高齢の宗主は「お嬢さん」呼びをされたことに意外そうな顔をしたが、何も言わずに差し出されたスワップ・ジェムを受け取った。


「この魔法具はずっとお前さんが持っていたのかい?」

「うん。バスティアンがそうした方がいい、って」


 リルが視線を遣ると、バスティアンがニコリと微笑んだ。宗主は「おや、いい男だねえ」と頬を緩ませる。


「近頃のザビーネはおかしな術ばかり使うようになったと聞いたよ。つまり、それは本当はお前さんの力ってわけだね」


「まあね。アタシ、魔獣を使役する魔法以外は使えないし」


「あれまあ、変わってるねえ」


 宗主は不思議そうな顔をしたが、深く考えることはしなかったようだ。まさか、目の前にいるのが自分よりもずっと年上の邪神だなんて思いもしていないのだろう。


「じゃあね、お嬢さん。もうお宝を盗まれちゃダメだよ」


 リルがシャーロットとバスティアンの方へ歩み寄る。本日の目的を果たしたシャーロットは、そのまま会場をあとにしようとした。


 その背に宗主の声がかかる。


「シャーロット、お待ちよ」


 親しげな声にシャーロットは心底驚いた。聖女の陰の自分に宗主がこんなに優しく話しかけてきたことなど、これまで一度も無かったのだ。


「さっきのお前さん、実に見事だったねえ。どうやら私はお前さんを誤解していたようだよ。魔力の無い役立たず、聖女の陰で生きるのが当然だ、ってね」


「はあ……」


「ところが、蓋を開けてみれば優秀なのはシャーロットで、能なしはザビーネの方だったきた! だってそうだろう? お前さんとザビーネは能力を交換していた。つまり、魔力が無かったのはザビーネで、対するシャーロットはグランツ家で一番の魔法の使い手だったんだから!」


 宗主は有無を言わせぬような迫力ある表情でシャーロットににじり寄った。


「それがどういうことだか分からないお前さんじゃないはずだ。だから、今日からはお前さんをこう呼ばせてもらうよ。聖女シャーロット」


 シャーロットのオリーブ色の瞳が大きく見開かれた。宗主は上機嫌になる。


「さて、これから忙しくなるよ。任命式に、お披露目式に、新聖女就任の時にだけ行われる丸一年の特別巡幸に……。この王国中がお前さんの威光にひれ伏すんだ。楽しみだろう?」


(王国中が……?)


 あまりにスケールの大きな話にシャーロットは呆然としてしまう。


(だって私は日陰者で目立たなくて、誰にも相手にされなかった。それなのに……)


 周囲の視線にシャーロットは我に返る。


 皆が熱のこもった目でこちらを見ている。今にも「新聖女様バンザイ!」と聞こえてきそうだ。


 シャーロットは、もう自分が誰の目から見ても聖女の陰ではなくなったことを悟った。姉の後ろに隠れていた日陰者に、ようやくスポットライトが当てられる日が来たのだ。


 だが、その光はシャーロットにとっては眩しすぎた。シャーロットは静かにかぶりを振る。


「申し訳ありません、宗主様。私は聖女にはなれません」


 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。宗主が目を剥いた。


「私がなりたいのは、聖女でも、ましてや聖女補佐官でもなかったのです。私はただのシャーロットでいたい。それ以外には何も望んでいません」


「シャーロット……お前さん、自分が何を言っているのか分かってるのかい? 聖女になるというのはこの上もない名誉だ。しかも、お前さんの魔力は歴代で一番強いときてる。それはつまり、お前さんは歴史上最も偉大な聖女になれるということなんだよ?」


「ごめんなさい。名誉だとか名声だとか、私にとってはちっとも魅力じゃないんです」


「シャーロット……」


「グランツ家の家訓は『陽光はあまねく照らす』。いい言葉ですよね。『聖女はあまねく照らす』ではないんです。私は私のままでもできることがある。そう思うと何だかほっとするのですよ」


 失礼します、と言ってシャーロットは宗主に背を向ける。そして、バスティアンとリルと一緒に会場から退出した。


「シャーロット様は教会には戻られないのですね」


 王城の長い廊下を歩きながらバスティアンが呟くように言った。


「何となくそんな気はしていました。ですが、これからどうするのですか?」

「まだ決めていません」


 シャーロットは首を横に振った。するとリルが意外そうな顔をする。


「お城に帰るんじゃないの?」


 無邪気な声に、シャーロットとバスティアンは顔を見合わせる。それから同時に笑い出した。二人とも、リルの言った「お城」というのがミース城を指しているのだと気付いたのだ。


「どうしましょう、バスティアン様」

「ええと……そうですね……」


 バスティアンははにかみながらモジモジしたが、すぐに意を決したような顔になると、立ち止まってシャーロットに向き直った。


「シャーロット様、わたしと一緒にミースに帰りましょう。……あ、いえ、『わたしたち』とですね」


 リルの方に一瞬視線を遣り、バスティアンが急いで言い直した。


「客人ではなく、住民としてミースに住んでいただきたいのです。その……今なら領主補佐官のポストも空いていますよ。住まいはミース城で、家具と食事付き。ええと……あとは……」


 バスティアンは必死で勧誘の文句を探している。シャーロットの笑いがどんどん大きくなっていった。ミースの領主補佐官。中々いい響きではないか。少なくとも、聖女補佐官よりは魅力のある役職である。


 陽光はあまねく照らす。よその土地は他のグランツ家の者に任せればよい。けれど、ミースを照らせるのは自分ただ一人かもしれないとシャーロットは思った。


「分かりました」


 シャーロットはバスティアンの言葉を遮った。


「一緒に帰りましょう、私たちのミースへ」


 バスティアンの顔がぱっと華やいだ。どうなることやらとハラハラしていたらしいリルの表情も和らぐ。


 その様子を見たシャーロットは不思議な安心感を覚えた。


(私、これからどうするのか決めていないなんて言っておいて、本心ではミースへ戻りたいと思っていたみたいですね)


 その望みが叶えられて、シャーロットは安堵していたのだった。

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