ヒマワリ畑で再起して(1/2)
「ああ……シャーロット様、本当によくお似合いです!」
衝立の向こうから出てきたシャーロットを待っていたのは、バスティアンの熱烈な賛辞の言葉だった。
「なんとみずみずしく艶やかな麗姿なのでしょう! シャーロット様のお姿を一目見れば、天上に住む神々でさえその足元にひれ伏すでしょう。あなたは花。そんなあなたに寄り添うミツバチになれることに、わたしはこの上ない喜びを感じています……!」
「もう、バスティアン様は大げさですね。……でも、本当に良かったのですか? 私の分のドレスまで用意していただいて……」
シャーロットはくるりと一回転する。若草色のスカートの裾がふんわりと広がって、バスティアンが恍惚となった。
「女神……わたしの女神……」
「……バスティアン様、聞いていますか?」
「ええ、もちろんです。シャーロット様のお可愛らしい声を耳にする栄誉をいただいているのに、無下になどできるはずがありません」
バスティアンは興奮で顔を赤らめていた。
「あなたが望むなら、ドレスなど百着でも千着でもご用意いたしますよ」
「そんなにいりませんよ。この服だってとても豪勢なものなのに……」
元々は、シャーロットがバスティアンに「式典に着ていく服がない」と正直に告白したのが始まりだった。
シャーロットの窮地を救おうとしたバスティアンは、自分の礼服のことなどそっちのけで商人に最高級の布地を注文。デザイナーを雇ってシャーロットのドレスを作らせると共に、アクセサリーや靴まで取り寄せたのである。
シャーロットはといえば、そこまで気を使ってくれて嬉しい反面、冷や汗が出る思いだった。口には出さなかったものの、たとえば首元を飾っているこのチョーカーだけで、ミースの経営にかける一ヶ月分の予算を使っているのではないかと思ったからである。
(ごめんなさい、領民の皆さん。お金は必ずあとでお返ししますから……)
シャーロットは心の中で密かに謝る。壁際の姿見に自分の姿を映し、小さくため息を吐いた。
(本当に贅沢なお洋服です……)
首と肩が露出するオフショルダーのドレスだ。生地が若草色なのはバスティアンの希望である。シャーロットの目の色とぴったりだと思ったのだとか。
幾重にも重なったスカートとほっそりした腰に巻かれた宝石付きの飾り帯。長手袋の上からはカモミールの花をかたどったブレスレットをはめている。
豪華だけれど趣味が良い。ザビーネも豪勢な服ならたくさん持っていたが、上品さという点ではこのドレスに完敗だろう。
この服はデザイナーがいくつかの案を出し、バスティアンがそれに細々とした注文をつける形で完成したものだが、彼のセンスの良さが窺える出来映えだった。お金のことさえなければ、シャーロットも手放しで賞賛したいほどである。
「シャーロット様はドレスがお嫌いなのですか?」
シャーロットが浮かない顔をしているのに気付いたのか、バスティアンの表情が曇る。
「それとも、わたしが作らせた服など着るのも嫌だとか……」
「そんなことはありませんよ。とても素敵です。ただ……お金をかけすぎている気がして。本当にこんなことまでしていただいてもいいのかと心配なのです」
「……すみません。ミースが貧しいばかりに……」
バスティアンが恥ずかしそうに言った。
「明日からわたしの食事は白湯にします。それで何とか……」
「やめてください! 元を取れるのは何年後になるか分からないじゃないですか! 餓死してしまいますよ!」
バスティアンならやりかねないと思い、シャーロットは慌てて止める。彼に絶食させなくても良い方法が必ず何かあるはずだ。
「例えば……式典が終わったら誰かにドレスを買い取ってもらうというのはどうでしょう? せっかく作っていただいたのに、一度しか着ないのは申し訳ないですが……」
「買い取りですか。シャーロット様に差し上げたものですから、お好きになさっていただいて構いませんが……」
バスティアンは思案顔になる。
「ということは、シャーロット様のドレス姿を見られるのは一夜限りということなのですね。……やはりあなたは花です。一晩だけ咲いて、儚く散ってしまう花。だからこそ美しく、その生は輝かしい……」
バスティアンらしい詩的な解釈である。だが、いい方向に捉えてくれたようなので、シャーロットはほっとした。
「誰かに服を売るというのは悪くない案だと思いますよ。母がいつも言っていました。貴婦人のドレスは戦闘服だと。ですから用がなければ持っていても仕方ないでしょうね。記念式典など、そうしょっちゅうあるわけでもないでしょうし」
「バスティアン様のお母様……王妃様ですね」
「はい。……式典に参加すれば、母と会うことにもなるでしょうね」
バスティアンは困ったような顔になる。シャーロットは彼の心中を察せざるを得なかった。
「少し式典に顔を出したら、バスティアン様はもう帰って結構ですよ。王妃様に会いたくないんですよね?」
「それは……どうでしょう。……ですが、少なくとも母はわたしとの再会を望むかもしれませんね」
意外なことを言われ、シャーロットは驚いてしまう。親子仲はいいのだろうか。
「わたしの廃嫡が決まった時、母は泣いていました。『ちゃんと生んであげられなくてごめんね』と。それ以来、そのセリフが母の口癖になったのですよ。今でも母はよく手紙をくれるのですが、そこでも毎回のように母は懺悔の言葉を述べているのです」
「そうだったのですか……」
シャーロットの両親は娘に魔力がないと分かってからというもの、あからさまに自分への興味を失ってしまったのだ。
そんなシャーロットからすれば、追放から十年も経つのに手紙をくれる母親がいるなんて信じられなかった。どうやら王妃は愛情深い性格のようである。
けれどバスティアンの方はといえば、母のことは嫌ってはいないようだが、両手放しで愛しているわけでもないらしかった。
「手紙が来る度、もしわたしに魔力があれば母を悲しませずに済んだのに、と思ってしまうのです。そんなことを考えても仕方がないのは分かっているのですがね」
ちょうどオラフが昼食の知らせを持ってきて、会話は中断した。いつもの法衣に着替えながらシャーロットは物思いにふける。
(もしも魔力があれば、ですか)
バスティアンの魔力も自分のように封印されているだけだったらいいのに、と思わずにはいられない。彼の不幸は魔法が使えないことが原因で始まったのだから。
(私はバスティアン様を幸せにしてあげたい。もし彼に魔力があれば、この願いは叶うのでしょうか……)
シャーロットは、最近は自分のことに必死で、ちっともバスティアンの幸せについて考えてあげられていなかったと反省する。
(陽光はあまねく照らす。……これではグランツ家の一員として失格ですね)
グランツ家のことを思い出したシャーロットは暗い気持ちになる。グランツ家は魔力至上主義の家。そんな中で魔力の無いシャーロットは落ちこぼれであり、優しくしてくれる者など誰もいなかった。
それが当たり前だと思っていたのに、ミースに来てからシャーロットの常識はひっくり返ってしまったのだ。バスティアンなど、自分を女神扱いしているほどである。
(バスティアン様……)
シャーロットの胸に忘れかけていた申し訳なさが蘇ってくる。バスティアンは気にしていないようだったが、やはり自分だけ魔力を得られたなんて納得できない。この幸運はバスティアンにも分け与えられるべきだ。
(分け与える……)
不意に、シャーロットの頭にある考えが浮かんでくる。
(……だけど、そんなことが本当に可能なのでしょうか? それに、もし仮にできたとしてもやり方が分かりませんし……)
そこまで考えた時、シャーロットはリルのことを思い出す。魔法に詳しい邪神。彼女なら、あるいはこの悩みを解決する方法を知っているかもしれない。
「……ごめんなさい、バスティアン様! 先に食堂へ行っていてください!」
着替えを終えたシャーロットは、バスティアンの返事も待たずに部屋を飛び出す。
向かった先は、当然ながらリルのいる厩舎だった。




