お姉ちゃんは邪神様(3/3)
「それで、君は何をやらかしたんだ」
バスティアンがリルに尋ねる。
「何もしていなければ、少なくとも邪神だなんて呼ばれたりしないだろう」
「悪さなんてしてないよ!」
体を起こしたリルが強い声で言った。
「アタシ、召喚するだけじゃなくて、魔獣を引き寄せる力も持ってるの。そういう体質って言った方が良いのかな? でも、それは人間には不気味なことに思えたみたい。で、気が付いたら邪神扱いされてたってわけ」
「凶暴な魔獣を連れてきたからじゃないのか?」
バスティアンが床に転がるヘルハウンドを見た。リルは「違うよ!」と心外そうな顔をする。
「アタシが呼び寄せるのは大人しい子だけ。魔獣が近寄ってくるのは体質だから仕方ないけど、その性質とか種類はある程度コントロールできるんだよ。でも、人間にはそんなこと分かんなかったみたいで、元いた土地を追われたの」
「その結果、ここに流れ着いたということか。つまり、ミースで魔獣がよく出没するのは……」
「アタシの力によるものだよ」
リルははっきりと断言した。
思ってもみなかった事実が判明し、バスティアンは呆気にとられているようだった。リルを疑う気持ちもまだ残っているのかもしれないが、どこか腑に落ちる部分もあったようである。
「この地方に伝わる民話に、こんなのがあるんだ」
バスティアンが言った。
「かつて荒くれ者の神がいて人々を困らせていた。その神はやがてミースに追放された……」
「あー、それ、アタシのことだね」
リルは平然と言った。
「アタシ、暴れたことなんかないけど、人間にしてみればそんなのどうでも良かったんだろうね」
リルがふんぞり返った。
「それで、どうするの? アタシを殺す? 神殺しって、人間の間じゃ英雄的行為って思われてるもんね。相手が邪神ならなおさらだよ。それとも、ミースから追い出す? あーあ。また何百年もの流浪の日々が始まるってわけだね」
「……ちょっとバスティアン様と話をさせてください」
シャーロットは、バスティアンをリルに声が届かない部屋の隅まで引っ張っていった。
「あの子、どうしますか?」
シャーロットは頬に手を当てながら尋ねた。
「彼女は神とはいえ、一応はこのミースの領民です。その処分を決める権利はバスティアン様にあると思いますが……」
「神を裁くのですか。荷が重いですね」
そんな風に言うバスティアンだが、彼の心はすでに決まっているようだった。それでも、こちらの意図をうかがうようにシャーロットの方を見る。
「あなたはどう思いますか?」
「私の意見? そんなものを聞いても参考にはならないと思いますけど」
「そんなことはありませんよ。わたしの考えもお教えしますから」
「……分かりました。では、一二の三、で同時に言うことにしましょう」
「一……」
「二……」
「三……」
「釈放」
二人の声が重なった。シャーロットたちはどちらからともなく笑い出す。
「あら、やっぱり! バスティアン様ならそう言うと思いましたよ」
「おこがましくもシャーロット様の考えも何となく読めてしまいました」
周囲からの無理解によって迫害を受ける。住み慣れた地を追い出され、辺境に住まいを移すことを余儀なくされる。
二人にとって、リルの話は何かしら同情を掻き立てるものがあったのだ。彼女が嘘を吐いているとは思わなかった。自分を邪神だと騙るメリットなどどこにもないのだから。
「ねえ、バスティアン様。もし良かったらなんですけど、こういうのはどうでしょう?」
シャーロットはバスティアンにあることを耳打ちする。バスティアンは「それは素晴らしいアイデアですね」と頷く。
「リルさん。あなたの処分が決まりましたよ」
シャーロットたちは大人しく話が終わるのを待っていたリルの元へ向かった。
「リル。君には山から出て行ってもらう」
「やっぱりね」
バスティアンの宣言にもリルは全く狼狽えたりしなかった。
「また住むところを探さないと。じゃあね、お二人さん」
「いいや、新しい家を見つける必要は無い」
ヘルハウンドを元いたところへ送り返し、そのまま部屋から出て行こうとするリルをバスティアンが引き留めた。
「山からは出て行ってくれとは頼んだが、ミースから出て行けとは言っていない。君さえ良ければこの城に住んでほしいんだ」
「……え?」
リルは口を半開きする。バスティアンは「シャーロット様の提案だよ」と続けた。
「神様にはもっと住みやすい場所を提供する方がいいそうだ。ミース城は快適とは言いがたいかもしれないが、少なくとも山よりは過ごしやすいだろう。部屋も空いているし、君を一人置くくらい何でもない」
「で、でも……」
「もちろん、この城の住民となる以上仕事はしてもらう。うちは人手不足だからな。例えば……厩舎係はどうだ? といっても今はわたしのバイコーンしかいないから、あの子専用の世話係となるだろうが。それでも、魔獣を使役できる君にはぴったりの仕事だろう」
「バスティアン様、それはちょっとどうかと思います。相手は神様ですよ? そんなことをさせるのは……」
「アタシ、頑張る!」
シャーロットの言葉が終わらない内に、リルが二人に飛びついてきた。バスティアンとシャーロットを腕の中に抱き込もうとする。
「本当に、本当にいいんだね? アタシ、ここに住めるの? 邪神は出てけって言わないの?」
「ああ、言わない」
「ですが、厩舎係なんて……」
「いいの! アタシ、そういうの得意だから! ありがとう、二人とも!」
リルはすっかりはしゃいでいた。その喜びようを見ている内に、彼女は孤独だったのだとシャーロットは気付く。人里に時々降りてきたのは、少しでも誰かと関わりを持ちたかったからなのかもしれない。
「アタシ、ばっちり役に立ってあげるよ! だから、アタシのことは『お姉ちゃん』って呼んでいいからね!」
「……お姉ちゃん?」
「言ったでしょう? アタシ、二人より年上だもん!」
リルはバスティアンの頬を軽く突く。
「二人はシャーロットとバスティアンだったよね。やったあ! 妹と弟ができちゃった! えへへへ!」
リルはこれ以上ないほどに上機嫌だ。とても、先ほどまでこちらに殺意を向けていた少女と同一人物とは思えない。
(……お姉ちゃん、ですか)
シャーロットの頬が緩む。確かに、こういう姉ならいてもいいかもしれない。ザビーネに深く失望していたシャーロットは、少し慰められた気持ちになる。
「分かりました。よろしくお願いします、お姉ちゃん」
「これからは君もミース城の仲間だな。ええと……お、お姉ちゃん」
バスティアンも慣れない口調で付け足した。
こうしてミース城の住民に新たなメンバーが加わることとなった。それだけではなく、シャーロットは一夜にして見た目だけは年下の姉を手に入れたのであった。




