一緒に舞踏会へ行きませんか?(2/3)
「引きこもってばかりではなかったのが以外ですか?」
シャーロットの反応がどう映ったのか、バスティアンは足元の小石をブーツの先でもじもじといじり回した。
「わたしもたまには外くらい出ますよ。見張りの他にも、城の雨漏りを直したりとか、庭にある果樹園の手入れを手伝ったりだとか」
「まあ! ご領主様なのにそんなことを?」
「ミース城は最低限の人数で回していますからね。穀潰しの城主でも、多少は仕事をしないといけないんですよ」
「穀潰しだなんて……」
まくった袖の先から伸びるバスティアンの腕は、しなやかな筋肉に覆われている。
多少力仕事をしただけで、こうも鍛えられた体になるだろうか? 彼はきっと、城で困り事がある度に自分の力の及ぶ範囲で精力的に動いているに違いなかった。
シャーロットの中のバスティアンのイメージは、もはや完全にひっくり返っていた。この人はろくでなしの役立たずなどではない。健気な苦労人なのだ。
だが、バスティアンは自分のそんな側面に何の価値も見出していないらしい。それどころか、こんな話をシャーロットにしてしまったことを恥じ入っているようだった。
「シャーロット様こそ、こんな時間に何をしていらっしゃるのですか?」
バスティアンが話題を変える。シャーロットは、もっと彼のことを知りたいという欲求が不自然なほどに大きくなっていくのに戸惑いつつも質問に答えた。
「特に何も。ただ、いつもの習慣で早起きしてしまっただけです」
二人で厩舎に向かう。愛馬の手綱を引くバスティアンの横を歩きながら、シャーロットはかぶりを振った。
「しなければならないお仕事がたくさんありますから」
「聖女補佐官というのは多忙なのですね。こちらに滞在なさっている間は、せめてゆっくりできると良いのですが……。けれど、あいにくとミースにはシャーロット様に楽しんでいただけるようなものなど何もありませんし……」
「そんなことありませんよ。こうしてバスティアン様とお話しできて、とても嬉しいです」
「そんな! もったいないお言葉です!」
バスティアンの端正な横顔が乙女のように赤く染まった。面白い方、とシャーロットは微笑ましい気持ちになる。
「シャーロット様は、ミースにはいつまでいらっしゃるのですか?」
「決めていません。お仕事が終わったら帰らなければならないでしょうが……」
シャーロットは、昨日切り出せなかった話を持ち出すなら今だろうと判断した。
「もうすぐ王都で建国記念式典が開催されるのはご存知ですか? 私のお仕事は、その式典に出席するようにバスティアン様を説得することなんです」
「わたしの説得……」
バスティアンは目に見えて渋い顔になる。
「わたしは……もう王都には戻りたくありません」
廃太子は沈んだ声で言った。
「一度王宮から追い立てられた身ですから。そんな場所に行っても良いことなどないでしょう?」
「ですよね……」
バスティアンの気持ちも分かるので、シャーロットもこれ以上その話をするのは躊躇ってしまった。
その内に厩舎に着いて、二人の会話は一旦途切れる。愛馬を馬房に入れたバスティアンが朝食の話を始めたため、シャーロットはこの話題はこれで打ち切りだろうと思った。
だが、意に反して彼はこんなことを聞いてきたのである。
「式典にはシャーロット様も出席するのですか?」
「私? 出ませんよ」
そんな質問が飛んでくるとは思わなかったので、シャーロットはちょっと面食らってしまった。
「華やかな場に出るのは姉から禁止されているのです。式典といっても、ほとんどパーティーみたいなものですからね」
「パーティーは禁止? どうしてです?」
「そんなところに行く暇があったら、少しでも仕事をしなさいってことでしょうね。それに、姉なりに私を気遣ってくれたんでしょう」
シャーロットは肩を竦めた。
「昔、一度だけ姉の介添え役として舞踏会に出席したことがあったんです。その時、色んな男性から声をかけられて……。それを見た姉は、私にすぐに帰るように命じました。『あんたみたいなのがもてはやされるのは、聖女の妹だからよ。世間知らずなあんたのことだから、このまま放っておいたら悪い男に騙されかねないわ。今後は舞踏会は禁止よ。代わりに教会で仕事でもしていなさい』と言われました」
「なるほど……。姉君はシャーロット様に焼きもちを妬いたのですね」
「焼きもち?」
シャーロットはきょとんとする。
「姉は何でも持っているのですよ。強い魔力とか、高い地位とか、絶大な権力とか。それなのに、日陰者の私にどうして妬くのですか?」
「もちろん、あなたがとても優れた方だからですよ。シャーロット様は見た目も中身も素晴らしくお綺麗でいらっしゃいます」
「朝露のような美貌、ですか?」
シャーロットはくすりと笑う。
やっぱり恥ずかしい賛辞だけれど、自分で口に出すと言葉にこもっていた情熱が消え、代わりに冗談のような響きを帯びるのが不思議だった。
「仮に私が綺麗だったとしても……姉の言っていたことは当たっていましたよ。私は世間知らずで、男女のことなど何も理解できていなかったのですから」
胸の奥にズキリとした痛みが走る。苦い失恋の記憶が蘇ってきた。
「……シャーロット様? まさか……好きな男性でも?」
「……婚約していた方がいました」
シャーロットは小さな声で返す。
「第五王子のエドガー様です」
「エドガー……? ああ、父が妾に生ませた……」
今さらのように、シャーロットはバスティアンと自分の元婚約者は兄弟だったと気付いた。
弟との婚約が解消になった話を兄の前でするなんて、迂闊だったとしか言いようがない。バスティアンはさぞや気まずい思いをしているだろう。
「す、すみません! その……私たちがお別れしたのは、ちょっとした事情がありまして……」
「……まだ好きなのですか?」
バスティアンが静かな口調で聞いてくる。
「弟を愛しているのですか?」
「それは……」
シャーロットは言い淀む。
ほんの一ヶ月前なら、「もちろんです」と即答していただろう。
けれど、今のシャーロットには何も分からなかった。彼女の恋はあまりにも突然に終わりを告げた。そのせいで、感情の整理がまだできていなかったのだ。
「シャーロット様……。やはりわたしは式典には行けません」
バスティアンが顔を歪めた。今にも泣き出しそうな表情だ。
「もしもあなたが付き添ってくださるのなら、出席してもいいかもしれないと思い始めていました。けれど……王都にはあなたの想い人がいる。あなたとエドガーが仲睦まじく話したり踊ったり、その結果よりを戻すところなど見たくないのです」
言い終わるやいなや、バスティアンは駆け出していった。まさかの言葉に戸惑っていたシャーロットは、急いであとを追う。
バスティアンは裏口から城に入ると、手近にあった階段を一息に降りていった。昨日シャーロットが城を案内してもらった時には見せてもらえなかった場所だ。恐らく地下室に続いているのだろう。
「バスティアン様!」
必死になっていたシャーロットは、辺りの暗さも階段がギシギシと鳴る音にも気付かない。階段を降りきって石造りの廊下に出ると、バスティアンが最奥の部屋の扉を閉めるのが見えた。
「バスティアン様、開けてください!」
シャーロットは拳を叩きつけるようにしてドアをノックする。けれど、返事はない。もう一度「バスティアン様!」と呼んだが同じことだった。
(バスティアン様……また引きこもりになってしまったのですか……)
せっかく部屋から引っ張り出せたと思ったのに。
それにしても、急にどうしたのだろう。何故シャーロットとエドガーがよりを戻すことが、バスティアンにとってショックな出来事となってしまうのか。
訳の分からない状況に置かれ、シャーロットはすっかり困り果ててしまったのだった。




