48話:ちょっと狡い手
フリントに連れられて、終結士族の一つ、コール家の屋敷を訪れるマティアス。
下手すれば迷いそうなほどに広い石造りの屋敷の、その最奥に現当主の私室はあった。
当主の私室にしてはやけに物が少なく、広さを除けば質素ともいえるその部屋で、マティアスはフリントと共に、テーブル越しにフラット・コールと向き合っていた。
「今度の戦勝記念日に、僕はデスティさんとサブマッチで戦います。フラットさん。どうか、その試合を見にきてくれませんか?」
挨拶を済ませた後、単刀直入に本題へと入るマティアス。
それを聞いたフラットは目を丸くする。
どうやらフリントと同様に、彼はてっきり、マティアスが間引きをサブマッチに参加できるように、説得しに来たのだと思っていたらしい。
「私に、観戦してほしい? それはまた突然……どうして?」
「僕達のサブマッチを見て楽しんでほしい。ただそれだけです」
「……」
「祖父から貴方の事はよく聞きました。親友で、ライバルで、共に力を振るった仲だと。祖父は貴方と共に戦った時間が、生涯で1番楽しかったとも言っていました。そんなあなたが……『力を楽しんではいけない』とまで言い切った事が、ずっと気になっていたんです」
観戦に来てもらいたい理由は、至極単純。
あの祖父が、疾く強い、立派な人間だと言っていた相手が、心の底でずっと昔の過失を責め続けている。
これでは祖父も浮かばれない、マティアスも心配で気になってしまう。
マティアスはフラットに、力を楽しむ心を取り戻してほしかったのだ。
「このままだと気になり過ぎて、試合に集中できません。なので、サブマッチを見てパッと楽しんでもらえたらなと。そうしたら多分、僕もスッキリします」
「あのちょっと正直に言い過ぎじゃない?」
「うっ、は、はい。でも来て欲しい理由はそうとしか言いようがなくってですね……」
――ただしそれは『デスティと心置きなく戦いたいので、心配事は片づけておきたい』という、徹頭徹尾自分のためなのだが。
あまりにも率直に言いすぎたので、隣に座っているフリントが思わずツッコミを入れた。
マティアスも自分でも少しどうかなと思ってしまうが、しかし『貴方のためなんです』などと下手に嘘をついて取り繕うより、本音を話した方が良いと思ったのだった。
「試合に誘ってくれたことは嬉しい。だがすまない。遠慮するよ。この老いぼれの事は忘れて、君達だけで楽しんできなさい」
マティアスが自分自身の為に誘ったことは理解している、誘ってくれて嬉しいのも嘘ではない。
しかしフラットは、どこか影のある、優しい笑みを浮かべ、首を横に振った。
「……でもじいちゃん、観戦するくらいなら良いんじゃない? ほら、前も僕達のサブマッチを見に来たじゃん」
「以前見に来たのは、セネート様の頼みだったということと、サブマッチという競技を知るためでもあった。そして知った今、例え観戦という形であっても、間引きである私はサブマッチに関わるべきではないんだよ」
フリントも説得してみるものの、どうやらフラットの『間引きを生業とする人間は、力を楽しんではいけない』という言葉は、彼の中では絶対らしい。
「そこまで頑ななのは……やはり、あの事故のせいですか」
「まあ、そうだね」
「僕も祖父から事故のことを聞いてます。祖父が間引きで死にかけて、事故をきっかけに辞めたことも。でも祖父は貴方を恨んではいないとも言っていました。それでもですか?」
マティアスの祖父――オジンは、あの事故のことを起きるべくして起きた事故だと、そうも言っていた。
自分が死にかけたのは必然、自分が間引きを辞めることになったのも遅かれ早かれそうなる運命だったとも語っていた。
ただ、自分を傷つけてしまった人だけが、偶然で、酷い不運だったのだと。
間引きでの事故以降、オジンはフラットとめっきり会わなくなってしまったとマティアスは聞いていた。
なので、オジンが既にフラットの事を許していると知ってくれれば、まだ希望があると思ったのだが……。
「例えオジンが私を許していようと……他の誰でもない私自身が、親友をこの手で殺しかけた自分を許せないんだ」
「自分を、許せない……」
「それにね、確かにきっかけはオジンの件だった。だけど、あの事故が有ろうと無かろうと、人は力を振るう時、やはり人は己の力を恐怖し、常に警戒しなくちゃあいけない、それは正しいんだ」
「『刃物を手に持って遊んではいけない、その刃物で自分も人も傷つけてしまうから』。賢い人間は他人から教わって理解する。愚鈍な人間は傷をつけて初めて自覚する。私は後者の人間だった、という話さ」
「だから私は、もう刃物を遊びには使えない。刃物で遊ぶ資格もないし、それを見て楽しめる気がしない」
固い決意と自罰を込めた、寂しそうな表情で、フラットはそう言い切る。
彼が抱える後悔は相当に深く、オジンの言葉であっても説得は出来そうになかった。
「じいちゃん……。なあマティアス君、やっぱり説得は……」
フリントは祖父の表情を見て、説得は無理だと悟った。
そうして、落胆しているであろうマティアスを見て「説得は諦めよう」と声を掛けようとして。
「それなら。少し狡い手を使わせてもらいます」
「「?」」
マティアスは何かを確信したような、そんな自信満々の笑みを浮かべていた。
フリントとフラットは、その違和感に首を傾げてると。
「僕は祖父から、あの日の真実と、事故を引き起こした真犯人を聞かせてもらっています」
「!?」
「サブマッチの当日、会場の戦勝記念スタジアムに来て下さったら、そのことをお話しします」
マティアスは、とんでもない事を口走ったのだ。
あの日の真実、真犯人、どれも初めて聞いたことばかりで、事故を『自分が起こした』としか認識していなかったフラットは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「あ……あの日の真実? 真犯人? それはいったい……」
「あの日祖父が何故、同僚達に伝えていない姿で間引きをしていたのか……フラットさんは多分、知りませんよね? そして、祖父が死にかけた本当の理由も」
「君はいったい、何を知って……?」
「サブマッチが始まる前にはお話しするつもりです。話が終わったら、観戦せずそのまま帰っていただいても構いません」
あの日の事故に、自分が知らないことがある。
それを当然知りたがるフラットに、マティアスはソレを教えることを条件にサブマッチに誘った。
「え、サブマッチの前に話すの?」
「はい。見たくない人に無理やり見せることは、したくありませんから」
しかし、その誘いに奇妙な抜け道がある事をフリントは指摘し、マティアスは敢えて肯定した。
つまるところ、話を聞くだけ聞いて、マティアスにとっては肝心要のサブマッチは見ないままでも良いと、そういうことであった。
「………」
フラットは沈黙し、熟考する。
マティアスの意図が、よくわからなかったのだ。
やろうと思えば、マティアスだけが知っている情報をダシにして、サブマッチを無理やり観戦させることも出来るだろう。
しかしマティアスはそれをしない、それは、フラットの主張もまた尊重しているということなのだろうか。
「君が本当にその条件で良いというなら、分かった。戦勝記念日に訪れようと思う」
「! ありがとうございます!」
「ただし、私は話を聞いたらそのまま帰るつもりだ、その事は十分に理解しておいてくれ」
「はい!」
フラットは真実を知りたいという衝動を抑えきれず、条件を飲むということで、対談はお開きとなった。
不思議なことにマティアスは『サブマッチは見ない』と念を押されてもなお、目を輝かせて嬉しそうにしているのであった。
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そうして、月日は流れてゆく。
マティアスはサブマッチや体験会の開催をしながら、決戦に備えて技を磨き、様々な場所を訪ねてデスティのことを調査する日々を送り。
デスティはサブマッチ実現を確実なものとするためか、暗躍の日々を送り、マティアス達の前に姿を現すことはほとんど無くなって。
あっという間に、戦勝記念日はやってきたのである。




