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46話:心置きなく戦い抜く、そのために

 デスティから一対一のサブマッチを宣言されてから、翌日の朝のこと。

 総合学園までの通学路であるダルコの街中を、マティアスは人の姿をして歩いていた。


(一対一のサブマッチかぁ。どうなっちゃうんだろう? デスティさんが言うくらいだから、ホントに僕が全力で暴れ回ったって大丈夫なんだよね?)


 マティアスの頭の中は、『ノー・デス・サブマッチ』の事で一杯になっていて、その様子はどこか上の空といった様子だった。

 しかしそれも、仕方のないことだ。

 技を磨き、鍛え上げた力で、他者と力比べをする。武人にとっては最上の娯楽である。

 しかし千変万化流のように磨かれ過ぎた技は、本気でなくとも容易に命を絶ってしまう。


 だから普通は、力比べなど夢のまた夢。

 それゆえにこのサブマッチは、マティアスにとって夢のような機会だったのだ。

 

(誰かと直接対決するなんて、爺ちゃんとの稽古以来だし……楽しみだなぁ。デスティさんとどんな戦いになるかなぁ)


 にこにこと笑いながら、戦勝記念日のサブマッチに思いを馳せる。

 ダルコ最強のサブマッチャーとして、千変万化流の技を存分に振るう自分。

 相対するは、凄腕の死霊魔法使いであるデスティ。

 2人の決戦がどうなるか、マティアスは想像しようとして――


(どんな――……?)


 ――想像できなくて、マティアスは首をひねった。 


(そういえば、デスティさんが戦ってるところを見た事ないや)


 マティアスは、デスティの実力そのものをよく知らないことに気付いた。

 サブマッチの運営をしている姿はいつも見ているが、本人がサブマッチしてるとこは一度も見たことが無い。

 ただ立ち姿や、魔法の扱い方からして只者ではないということが感じ取れるだけで、それ以上は何も知らなかったのだ。


(物凄く強そうなのは分かるんだけど……間引きの代わりに自分がサブマッチをするって言ってるくらいだし)


 間違いなく、間引きの人間に比肩する実力はあるのだろう。

 デスティの強さについて、マティアスは特に疑いはしなかったが。


(……間引き、かぁ)


 マティアスは間引きから連想して、一人の老人――フラット・コールのことも思い出していた。

 ノー・デス・サブマッチの開催が決まった今、間引きがサブマッチに関わらなくてももはや何の問題も無い。

 しかしマティアスにとって、フラットの存在は気がかりであった。


(フラットさん、ずっと爺ちゃんの事を気にして、今も自分を責めてるのかな……)


 彼の事は、昔の話をする祖父からよく聞いていた。

 1番の親友で、若い頃は対戦を共に戦い抜いた仲で、毎日、倒した魔物の数を競い合っていたらしい。

 祖父は、その日々が人生で最も楽しかった時間だったとも語っている。おそらくフラットも同じ様に楽しかった筈だとも言っていた。


 そんな人が、祖父を傷つけてしまったことを後悔し、今日に至るまで自分をずっと戒めている。

 マティアスはそれが、いたたまれなく感じていた。


「…………」 


 気分がすっかり消沈してしまったのを自覚して、マティアスは立ち止まった。


「……ふんっ」


 そして、ぱちんと両手で自分の頬を叩き、気合を入れ直した。


(腑抜けているぞ、マティアス・リーヴィング。戦う相手もまともに知らず、心配事に現を抜かす。こんな様で勝負に勝てると思うな)


=====


『サブマッチ振興委員会から、ニュースのお知らせ! ミクス国のダルコ州で、特別なサブマッチを開催するよ!』 


『今度のサブマッチは、振興委員会総会長にして、最強最悪の死霊魔法使い、デスティナ・ズゥ・ハークがついにサブマッチの舞台に姿を現す!』


『我らが会長を迎え撃つは、ダルコ州最強にして最新気鋭の若手サブマッチャー、『千変万化』マティアス・リーヴィング!』


『デスティナ会長が出るだけでも驚きですが、さらに驚く情報もお知らせ! 両者が相対するサブマッチは、これまで実現不可能だと思われていた、全サブマッチャー待望のあの種目っ! 相手を直接ぶっ倒せ! 一対一の『ノー・デス・サブマッチ』!』


『死人がでるって? ノンノン、サバイブ・マッチは常に安心安全! 選手も観客も死者は1人も出しません! 詳しい理屈は当日発表いたします!』


『気になる開催日時は、戦勝記念日のタウロスの刻(おおよそ昼過ぎ)から! 開催地はミクス国のダルコ州、戦勝記念ホール! サブマッチの歴史的瞬間を目撃したい人は、ダルコ州への旅行をご一考を! 観戦チケットの予約は最寄りの推進委員会か、実行装置をご利用ください!』


 独特な抑揚をした女性の声が、マティアスとデスティのサブマッチを宣伝する。

 妙に明るくよく通る声だが、その声を発しているのは人間ではなかった。

 それは十字架を模した、人の胸くらいの高さがあるオブジェである。

 存在を知っているものからは、『サブマッチ実行装置』と呼ばれているマジックアイテムだ。


 ダルコ総合学園のグラウンドに突き刺さっている実行装置は、人が通りかかる度に宣伝文句を喋るようになっていた。


「実行装置がサブマッチのことを宣伝してる……」


 学園へ到着したマティアスは、朗らかに喋る実行装置を見て、感心したように呟く。

 デスティがどのように外国へサブマッチの開催を知らせるのか少々疑問に思っていたのだが、その疑問が氷解したのだ。


(なるほど、こうやって外国の人たちに宣伝してるんだ)


 あの実行装置は、デスティがサブマッチを円滑に行うため全国に複数設置していると語っていた。

 ならば、おそらく全国各地に設置されたもの全てが、一斉にマティアスとデスティのサブマッチを宣伝しているのだ。


「でも、そうだとしたらどうして……」


 ちらり、とマティアスは学園の玄関に視線を向ける。

 一つの疑問は解けたものの、マティアスにはもう一つの新しい疑問が湧いていた、それは……。


「戦勝記念日にサブマッチやるよー……。これ、案内のチラシ、ぜひ持ってってー……」

「デスティナサンとマティアスのサブマッチデース……、一対一デス前代未聞デース……」

「ちょっと2人とも元気なさすぎヨ。それじゃ誰も受け取ってくれないワヨ」


「ガーネットさんとアルマさん達も宣伝活動してるんだろう? 実行装置に任せればいいんじゃ……?」


 そこには、ガーネットとアルマが死ぬほどやる気の無さそうな様子でビラ配りをする姿があった。

 どんよりと落ち込んだオーラ満載で、威勢も全くない声を出しながら、通行人にチラシを差し出してはそのオーラのせいで避けられていた。


 宣伝にしてはあまりにもやる気が無さすぎる、デスティに無理矢理やらされていると思えば納得できるが、たった2人でビラ配りはあまりにも効率が悪そうで、デスティの指示とも思えない。

 考えたところでよく分からなかったので、マティアスは直接聞くことにした。


「ガーネットさん、アルマさん、セネートさん、おはようございます」


 『どうしてビラ配りを?』や『アルマさん達学校はどうしたんですか』など、聞きたいことがいくつもあったので、マティアスはひとまとめにして質問する。


「えっと、何があったんですか?」

「マティアス……」

「マティアスくーん……」


 声をかけられた2人はマティアスを見るなりビラ配りをやめて、とてもとても悔しそうな表情をする。


「デスティナサンからサブマッチの参加権を奪いタクテ……襲いかかって返り討ちにされマシタ……」

「ふふふふ……アタシらは惨めな敗北者ってワケ……。今や『戦勝記念日サブマッチ、ダルコ州全域の宣伝担当』にまで落ちぶれちゃった……」

「何やってるんですか!? あと2人でダルコ州全域はだいぶ無茶ですよ!?」


 どうやら2人はかなり手荒な事をして、デスティにお仕置きじみた手伝いをさせられていることが判明するのだった。

 襲い掛かって返り討ちとはただ事ではないとマティアスは思わずツッコミを入れるが、セネートが横から「ちょっと語弊があるワ」と訂正する。


「正確には、昨晩に、デスティちゃんと今度マティアスちゃん達がやる『ノー・デス・サブマッチ』で勝負して、2人纏めて負けちゃったのヨ」

「……………え?」


 その言葉に、マティアスは耳を疑った。

 一対一のサブマッチができると聞いた時よりもなお、驚いたかもしれない。

 『ノー・デス・サブマッチ』はデスティ曰く、サブマッチャー同士の直接対決だと聞いている。

 その上でこの2人がまとめて倒されたというのは、にわかには信じ難かった。


(どうやって、この2人を……!?)


 ――片や、多種多様の魔弾と超強力な銃器を使いこなし、最速の抹殺能力を誇る『魔弾使い』ガーネット。

 正面から相手取って、彼女を先に倒すことなんて出来るのだろうか?


 ――片や、金剛すら超える無敵の肉体、防御の極致を破壊へ転ずる、歴代最硬の『精霊使い』アルマとセネート。

 直接対決において無敗と無傷を誇る彼女たちに至っては、倒せるイメージすら湧かない。


 この2人を、まとめて返り討ちにする。

 まず無理だとマティアスは直感する、しかしデスティはそれを成し遂げているというのか。


「冗談、じゃ、なさそうですね……」

「あてくしも自分で言ってて信じられないワ。でも真実マジヨ」


 念の為に聞き返すが、セネートの表情は真剣そので、嘘は言っていないと分かるだけだった。

 事実、こうしてビラ配りをさせられているのだから、彼女達はデスティに敗北したのだろう。


(これは……僕もうかうかしてる場合じゃないぞ)


 『油断してっと瞬殺するぞ』という、デスティの言葉を思い出して、マティアスは内心ブルりと震える。

 確信があった。

 何も知らず、心配事を抱えたままの自分では、本当に瞬殺されると。


「ガーネットさん、アルマさん。デスティさんと戦った時の事を、話してくれませんか?」


 マティアスは早速、2人からデスティの情報を聞くことにする。

 

 サブマッチまで後2ヶ月、その間に準備をしようとマティアスは決意した。

 まず、無知から脱却すること。

 そして、心置きなく戦うために、会わなければならない人達がいる。



====



「「「「押忍! 師範ッ!! お久しぶりですっ!!!!」」」」


 その日の放課後、ダルコ魔導学校のグラウンドでは、特定の生徒達が整然と列を成していた。

 彼らは魔道科と魔法科の高等部生徒達、いわゆる元、問題児達だった。

 

 以前であれば、彼らがこの様に集まるだけで、抗争待ったなしの状況となっていただろう。

 しかしマティアスとのサブマッチ以降、いがみ合い、争いの中心であったはずの彼らはその性根を叩き直され、今ではすっかり礼儀正しくなっていた。


 少々暑苦しい敬語で話し、人とすれ違えばハキハキとした声で挨拶をする。

 行進でもしているのかと言うほどに姿勢をまっすぐ伸ばしてキビキビと歩き、そして無益な争いがあれば率先して仲裁を行い、先人の培ってきた力の尊さを説くなど……その変わりようは最早別人と言ってもいいだろう。


「お、おい、アイツらなんかいつにも増して声がでかくね……?」

「普段より3割増しで暑苦しいというか、団結してる……」


 そんな彼らに対し、無関係の生徒達は奇異の視線を向けている。

 ……そう、彼らは礼儀正しくはなったのだが、その変貌があまりにも急だったので、他の生徒達からは突然様子のおかしくなった集団として認知されているのだった。

 まあそれでも以前よりははるかにマシなので、引かれつつも好意的に受け入れられているのだが。


 そして彼らから、尊敬と畏怖の声を一身に浴びる人物が、この場に来ていた。

 それはもちろん――


「押忍! 以前変わりなく、礼節を重んじているようで何よりだ! 今日は諸君らに頼みがあって来た!」

「「「「押忍! 何でも言ってくださいっ!!!」」」」


 ――マティアスである。

 マティアスはいつぞやの『指導』の時と同じく、厳しい教官風のキャラで彼らを統率していた。


「うむ、我はサバイブ・マッチという競技を民衆に広く伝えるべく、保護者を対象としたサブマッチ体験会を開こうと思う、そのため諸君らに協力を願いたい!」

「「「「押忍っ! 全力で奉仕させていただきますッ!!!」」」

「協力感謝する! 保護者へ配布するプリント類を諸君らに配布する。これらを全校生徒に行き渡らせてほしい。体験会の運営についても後ほど教えよう」

「「「「押忍!!!」」」」


 マティアスがなぜ魔導学校を訪れたかというと、それはサブマッチの体験会を魔導学校でも開くためだった。

 元々はマティアス自身の行き場のないやる気を発散するための行為だったとはいえ、体験会を武闘学校と総合学園で実施している。

 ならばこの際、魔導学校でも実施するべきだと思ったからである。


 しかし、それだけのために戦勝記念日までの、貴重な時間を割きに来たわけでもなかった。


「それと、フリント・コール!」

「押忍ッ、なんでありましょうかっ!」

「貴君に個人的な用事がある、この後、少し時間はあるか?」

「押忍、あるであります! 師範!」


 ある意味で、こちらが本命。

 マティアスは整列する生徒達の中にいた、フリントを呼び出すのであった。


====


 サブマッチ体験会についていくらか説明を終えた後、マティアスは生徒達を解散させた。

 グラウンドにはまばらに帰ってゆく生徒達、そしてマティアスとフリントが向かい合っている。


「押忍! それで師範! わたくしになんの御用でしょうかっ!?」

「うむ、その用事だが――――その前に。2人きりの時ぐらい、いつも通りにされて大丈夫ですよ」

「――っぷはぁっ! はぁ……はぁ……」


 口調を元に戻したマティアスが、一声かけた途端、フリントは思いっきりむせ返した。


「そ、そういってくれて助かったよ……。あれからずっとこのノリが止められなくて……違和感で自分が自分じゃなくなりそうだった……」

「礼節が染みついたようで何よりです」


 マティアスが許可をしてようやく、フリントは普段通りの口調で喋れるようになった。

 フリントは肩で息をしながら『染みついたというより、もはや洗脳術の類だよねコレ』という言葉をかろうじて飲み込む。

 何かの拍子に失言すれば、マティアスは再び指導を行う事もやぶさかではないだろう、それだけは絶対に避けたかったのだ。


「……それで、僕に用事って言うのは何かな?」

「はい、お爺さんのフラットさんと話がしたいので、僕をフリントさんの家に連れて行ってもらえませんか?」

「爺ちゃんに話? あれっ、もう間引きが参加しなくても、代わりのサブマッチを開催するんじゃないのかい?」


 フリントは首を傾げる。

 間引きの件について祖父を説得したいのかと早とちりし、しかしサブマッチ実行装置から代替となるサブマッチを開催する事も聞いていたので、混乱したのだった。


「あ、いえ、話というのは。間引きの事じゃなくてですね」


 もちろん、マティアスもいまさら間引きとのサブマッチを実現させたい訳ではない

 

「フラットさんに、僕とデスティさんのサブマッチを観に来て欲しいってお願いしたいんです」


 ただ、自分が心置きなく戦うために、心配事は残らず解消しておきたかったのだ。

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