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45話:先行体験

「正真正銘の……一対一……」


 マティアスはデスティの言葉を呑み込むのに、数秒ほど時間をかかった。

 言葉はちゃんと聞こえている、しかし、あまりにも現実離れした内容に理解がついてこれなかったのだ。


「いっ!? 一対一の直接対決ですか!? ターゲットを倒して競う、いつものサブマッチじゃ……」

「ターゲットは使わねぇ。相手を倒した方が勝者となる実にシンプルなルールだ」


 時間をかけてようやく意味を理解し、マティアスは動揺しながらデスティに聞き間違いではないかと真意を確かめる。

 しかしデスティは、一対一の直接対決とは言葉通りの意味だと語る。


 つまり次のサブマッチは、マティアスとデスティがお互いの命を賭けて、一対一の決闘を行うのである。


「その、デスティさん、本気ですか? 僕、それで人を殺さない自信が全くないんですけど……」


 千変万化流の技は全て、魔物の軍勢を葬るための力だ。

 それを一対一の状況で人間1人に向けて技を使うなど前代未聞、どれだけ手加減をしても人間であれば簡単に殺害してしまうだろう。

 マティアスは、デスティが『サバイブ・マッチは安心安全の競技である』というポリシーを根底からひっくり返してしまうつもりなのかと、混乱するのだった。


「安心しな、手加減しまくれなんざ言わねーむしろ全力を出せ。このサブマッチで死人は一切出さねーからな。観客のみならず、選手も死なねえ、絶対だ」

「えっ、い、一体どうやって……?」

「それを可能にする魔法を、俺は使える」


 ポリシーを捨てる気は更々ないとばかりに、デスティは短くそう言い切る。


「ズゥ・ハークの深淵、歴代当主でも俺ぐれーしか使える奴がいない、歴史の闇に葬られた秘術中の秘術だ」

「そんなすごい魔法があるんですね……」


 そういえば、とマティアスは両親がズゥ・ハーク家に対し、死霊魔法を極めすぎて不老不死の魔法を生み出したとか、そんな噂があると言っていたことを思い出した。

 おそらく噂の原因となった魔法を、デスティは実際に使えるのだろう。


「あれ、でも、それならどうして、今まで一対一のサブマッチをしなかったんですか? そうしたら、もっと人気が出たかもしれないのに……」


 そうなってくると、マティアスには次なる疑問が浮かんでくる。

 元からそんな魔法を使えるなら、もっと早くから直接対決を目玉にすれば良いはずである。

 しかし、デスティは「それが厄介なもんでな」と頭を掻く。


「使える事は隠してた、じゃねーとこの魔法欲しさに俺を狙う奴らが増える。ただでさえ使えるっつー疑惑だけでも狙われてんのに、ホントに使えるって知られたら激増して面倒この上ねーからな」

「えっそれって僕に話して……っていうか、僕とのサブマッチで使っていいんですか!?」

「くっくくくっ。今こそ使うべきだと、オメーは俺に思わせたんだ」

「!」


 どうやらあまりにも珍しい魔法故に、相応のリスクが付いて回るらしい。

 しかしそのリスクを踏まえてなお、デスティはマティアスとの決戦に、一対一の晴れ舞台を用意することを選んだのである。


「ただし、俺が秘術を使うことを誰にもいうんじゃねーぞ、ガーネットやジュンコにもだ。下手すっとオメーらまで狙われる。喋っていいのは俺と一対一のサブマッチを行う事だけだ」

「わ、わかりました……」

「まあ。明日には一対一ってことを喧伝するし、サブマッチ当日には秘術の存在も明かす。それまで黙ってりゃいい」


 誰かにしつこく追求されるとボロが出てしまいそうだったので、今日は何も聞かなかったことにしよう、そうマティアスは固く決意する。


「つーわけで、俺からの話は終わりだ。なんか質問でもあるか? 秘術に関しては教えられねーが」

「あ、えっと……とくにはありません」

「そうか、じゃそろそろ帰るか。決戦まであと2ヶ月と少し、それまでせいぜい鍛錬と情報収集を忘れねーこったな。こっちは今までのサブマッチでオメーの手の内が分かってんだ、油断してっと瞬殺するぞ」

「千変万化流に油断の二文字はありません、相手に失礼ですから」

「くっくくく。確かに油断も一種の無礼か。――じゃあな」


 そうして、話す事を話し終えたデスティはマティアスに軽く手を振りつつ踵を返し、屋上から地上へとそのまま飛び降りていった。


「ってデスティさん!? そんなごく自然に飛び降りて――!!?」

「ん? こっちの方が速ぇだろ? オメーも乗るか?」

「――だい、じょうぶ……そうですね……。あ、いいです自分の足で帰ります。はぁ……」


 慌てて下を見るマティアス、そこには死霊魔法で造ったらしいヒポグリフに跨り、地上へと下降していくデスティの姿。

 心配して損したとばかりに、マティアスはため息をつくのであった。




 ……時同じくして、屋上に通ずる扉から、一部始終をこっそり覗く視線が3つあった。


「ガーネットちゃん、セネっち、今の聞いた?」

「聞いたわ聞いたわ聞いちゃったワ!」

「聞きマシタ……マティアスと一対一なんて……デスティナサン、ズルいデス!」

「そう! ズルい、ズルすぎる! アタシもマティアス君と直接殴り合いたい!」

「えっ、そこ重要? 死なないようにする魔法のほうがあてくし凄いと思ったんだけど」

「魔法はどうでもいいでしょ、死霊魔法なんてアタシらには使えないし」

「アルマ、コーなったら、デスティナさんに……ゴニョゴニョ……」

「! なるほど、それはナイスアイディア。早速デスティさん追いかけよう」


 やる気に満ち溢れた者は、何もマティアスだけではない。

 マティアスが、デスティの想像を超えて体験会を自ら開いたように。

 ガーネットとアルマもまた、やる気に突き動かされ、デスティの想像を超えようとしていた。


====


 そして、その日の夜。

 マティアスとの会話を終えたデスティが、帰路についた時のことである。


「…………」


 デスティは、自らを尾行している存在を背後に感じとっていた。

 ズゥ・ハーク家という特殊な家庭に生まれた彼は、死霊魔法の特殊性故に、幼い頃から他者の悪意に晒され、危機に陥る事が多々あった。

 故に気配には人一倍敏感であり、武闘学校を後にしてから尾行されていたことも、とっくの昔に気付いている。


 普段であれば撒いて見失わせた上で、デスティの方から奇襲を仕掛けるのだが、今回はそうしなかった。

 なぜなら……。


「尾行してんのは分かってる。おら出てこい、ガーネット、アルマ、セネート」


 後をつけているのが、知り合いだと分かっていたからである。

 人気ひとけのない公園に足を運んだデスティが、背後へ呼びかけると、名前を呼んだ3人が姿を現した。


「オゥ、バレてましたカ」

「いやー、流石に全身ピンクのセネっちを連れて尾行は無理筋かー」

「えっあてくしのせい? あてくし、バレないように目から下全部地面に埋めてたんですけど?」

「却って目立ってたってばー、地面から目と頭がニョッキリ生えてるんだから」


「……オメーら素人の尾行じゃまずバレる。で、なんの用事だ?」


 普段尾行してくるような人種とは全く違って、悪意の欠片もない3人組にデスティは呆れ果てる。

 とはいえ、完全に気を抜きはしない。

 武闘学校からこの3人が後をつけてきたということは、彼女たちの要件はおそらく……。


「モチロン、マティアスとの一対一のサブマッチ、ワタシタチに代わってクダサイ、トユーお話をしにキマシタ」

「屋上での話がぐーぜん(・・・・)聞こえちゃってさー。マティアスくんと一対一でれるって聞いたら、居ても立ってもいられなくなっちゃった♩」

「ごめんなさいねえデスティちゃん。尾行してたのは秘密の話だから、誰にも聞かれないタイミングを伺ってたのヨ」

「はー……聞いちまってたか……」


 デスティの予感は的中し、ため息をついた。

 やはりマティアスとの会話を聞かれていたのだ、それも一部始終を。


「聞いてたなら分かってるだろーが、戦勝記念日までサブマッチの事は黙ってろよ。あぶねーからな」

「「「はーい」」」

「返事だけは素直だなオメーら……」


 マティアスを攫った際、帰るように軽く言い聞かせるだけでは甘かったかと思いながら、デスティは他言するなと釘を刺しておく。

 秘術の事を知ってしまった人物が増えてしまったのは痛手だが、この3人ならほぼ身内のようなものなのでまず問題ない、誰かに言いふらさなければマティアスと同様に危険が及ぶことはないだろう。


「そんで、マティアスの相手を代わってほしいって話だったな。当然却下だ。マティアスと代わるならともかく、このサブマッチは俺が出るから客が集まるんだぞ。つまり、俺の代わりは誰にも出来ねー」


 ただ、それはそれとして、彼女らの要求はキッチリと断った。

 理由はデスティの言った通り、いくら彼女達がマティアスと戦いたくとも、サブマッチを広めるためにはデスティが出るしかないからである。


「いいや、そうでもないと思うよん?」

「なに?」

「ようはサブマッチのキャッチコピーにデスティさんの名前があれば良いって話でしょ? ならさ……」


 しかし、アルマはその理屈に対し、待ったをかけた。

 デスティの名を餌に人を集めるなら、必ずしも本人が出る必要はないと、彼女は。



「『あのデスティナ・ズゥ・ハークをボコボコに負かしたサブマッチャーが、ダルコ最強のサブマッチャー、マティアス・リーヴィングに挑む!』って宣伝しても、国外からお客さんは来るんじゃないかなぁ?」

「…………ほう?」


 アルマは挑発的な笑みを浮かべた。

 一方のデスティは、言葉の意味をすぐさま理解し、獰猛な笑みで返す。

 公園に漂う空気がぞあっ、と重くなり、セネートはハラハラした様子で二人を見ている。


「ソレニ、デスティナさんとマティアスのサブマッチと言うノモ、問題があると私は思いマス」

「……参考までに、その問題とやらを聞かせてもらおーか」


 今度はガーネットが対戦カードについて物申してくる。

 無論、デスティは何も問題はないと思っている。

 仕込みに仕込んだ準備は万全、そこに秘術を使った一対一を開催することで、マティアスとのサブマッチは最高のものになるという自負があった、が。


「デスティナさんが瞬殺されたら、サブマッチがゼンゼン盛り上がりマセン。ワタシ達はマティアスの実力は知ってマスから言えますケド――正直ショージキ言って、デスティナさんじゃマティアスの相手にならないと思ってマス」

「…………くっ、くくくっ、くくくく……!」

 

 シンプルに2人から喧嘩を売られている。

 そう認識したデスティは、笑い声が抑えられなかった。


「なるほどなぁ、確かにアルマの言う通り、そんなキャッチコピーにしても人は寄ってくるだろうなぁ。ガーネットの言う通り、俺の相手は『千変万化シェイプシフター』マティアスだもんなぁ?」


 それと同時に、納得もする。

 なるほど確かに、彼女達から見れば自分は実力も知れない死霊魔法使いに過ぎず、あの(・・)マティアスを相手にするには荷が重いと取られても仕方のないことではある。



「――だったら俺は、今からオメーらに実力を見せりゃ良いわけだな?」

「「「――――っ!」」」


 デスティから迸る重圧プレッシャーで、空間がミシミシと悲鳴を上げ、歪んでいく。

 おぞましい数の髑髏、骸骨、幾種類の魔物の死体、それらが群がり、自分達を呑みこもうとする光景が一瞬だけ、彼女たちには見えていた。

 もちろん全て幻覚、気のせいである。

 ガーネット達は本能でデスティの強さを察知した、と言い換えてもいいだろう。


「……さすがデスティさん、話が早い」

「……ドチラがマティアスの相手に相応しいか、サブマッチでケリを付けマショウ」


 無論、彼女たちは、先ほどの言葉を本気で言った訳ではない。

 デスティが恐るべき実力者であることは、戦わずとも肌で感じ取っている。

 しかし、心無い言葉を使ってでも、ガーネットとアルマはマティアスとの一対一の勝負がしたくてたまらなかったのだ。

 だからこうして、勝ち取りに行くことにしたのである。


「オメーらがどんだけマティアスと戦いてーかは分かった。が、加減はしねえ、ぶちのめしてやる」


 デスティもまた、言わずとも彼女達の心情を理解していた。

 だが理解はしていても、譲ることは決してしない。

 マティアスと一対一で戦いたいのは、デスティだって同じだからだ。

 言葉の意図を理解していても、もはや彼らは、本気でぶつかり合うしかない。



「最終的に勝った人がマティアスくんの相手ってことでいいよね?」

「んじゃオメーらが負けたら、サブマッチの宣伝にこき使ってやる、覚悟しな」

「良いデスネ、負けマセンケド。……ソレデ、どのサブマッチで戦いマスカ? デスティナさんに選ばせてあげマス」


 一応、デスティの実力を疑っているというてい(・・)であるためか、ガーネットは種目の選択権をデスティに一任した。

 もちろんそれが不利となることをガーネットとアルマも理解していたが、それくらいやって勝たなければ、デスティを納得させられないだろうと思っていた。


「そうだな、種目は……」


 一方のデスティは、少し違う事を考えていた。

 自分に有利な種目を選ぶだとか、そういうことは全く考えず――ただ、丁度いいと思っていた。



「『ノー・デス・サブマッチ』。その先行体験版といこうじゃねーか」


 秘術の試運転も兼ねた、最高の前哨戦ができる、と。


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